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朝飯とわらび餅『#あざとごはん』

「おはよう琢也たくや。ちゃんと起きてるか?」

りょうが家にいる······そうか、自分の家じゃなかった。酒が残ってるな。

「ああ······誰もいないのか?」

「土曜は近所で朝市やっててさ、みんな出かけたよ。顔洗ってこい、朝飯準備するから。歯ブラシ、袋に入った新品があるから、それ使ってくれ」

頭も体も気だるいまま洗面台へ。
袋に入った新品、なんかこれ、小さいな。

幼なじみの遼が営むゲストハウスは、日本各地から様々な人が利用する人気のゲストハウス。昨夜来てみたら、遼と宿泊客たちが酒を飲みながら盛り上がっていた。盛り上がる気分ではなかったが、流れで乾杯し、そのまま飲み明かし、泊まっていった。
さすがに飲み過ぎたな。この歯ブラシ、磨きにくいな。


廊下の壁には無数の写真が貼ってある。様々な観光地の写真からゲストハウスで撮った宿泊客たちの写真。
あっ、この写真、懐かしいな。ゲストハウスのオープン日に三人で撮った写真だ。俺と遼と······。今日まだスマホ見てないな、まあいっか、なにもきてないだろ。


共用リビングに戻ると、予想外過ぎる朝飯が用意されていた。
卵焼き、豚汁、玄米ご飯に白菜の漬物。
すごいうまそうだけど、なんだ、違和感を感じる。

「顔洗ってシャキッとしたか?」

「ああ。これ、遼が作ったのか?」

「俺しかいないんだから、そりゃそうだろ?」

「そうだよな、朝飯ありがとう」

「おう、残すなよ。ちょっと片付けしてるからさ、食べたらそのまま置いといてくれ」

遼が作る朝飯だから、大雑把な料理かと······この器、この箸と箸置き、見覚えあるというか、この色味、間違いないよな。
ここにいるのか?

玲香れいか、来てるのか?」

どこからも反応はない。
寝ていた部屋に戻り、スマホを確認するとLINEが届いてる。


昨日はごめん
私も大人げなかった
朝ご飯、よかったら食べて


しばらく画面から目が離せなかった。スマホを握りしめながら共用リビングに戻る。
さっきと同じ朝飯がそのまま、玲香の姿は見当たらない。
台所にいるのか、もう帰ったのか、電話するか······まずは冷めないうちに食べよう。

「いただきます」

まずは豚汁を一口すする、うまい。具材も大きすぎず小さすぎず丁度いい。カボチャが入ってる、豚汁にカボチャは必須だよな。
次は卵焼きを一口、うまい、甘い。こげもなく白い部分もない、キレイな黄色に輝いている。
玄米ご飯も安定のうまさ、漬物は玲香が漬けた白菜が一番······ほんとに、なんでこんなうまい朝飯作れるんだよ、わざわざ器と箸と箸置きまで持ってきて、玲香のことだから食材も全部家から持ってきたんだろうしさ、どう考えても手間だろ、なんでこんなことしてくれるんだよ、俺が悪いのに······くそ、まだ酒が残ってるな、卵焼きがしょっぱい、甘いのが好きなのに。


「ごちそうさまでした」

うまかった。
帰ったらちゃんと謝ろう。

「食べ終わったか?」

玲香が来てたってことは、遼が連絡したのか?

「なあ、玲香来てたのか?」

「玲香ちゃん?いや、知らないぞ?あーでも、たぶん今頃、駅前にある和菓子屋のわらび餅と琢也の帰りを家で待ってるんじゃないか?」

「なんの予言だよ」

思わず吹き出した。遼も笑ってる。そういうことか、全部お見通しだよな。
俺ら三人長い付き合い、大抵のことはわかるよな。俺が家を飛び出して行くとしたら遼のゲストハウス、俺が連絡なしに急に来たら玲香絡みってすぐバレるか。

「今から向かえば開店に間に合うぞ。あそこの和菓子屋、大人気で並ぶみたいだし」

「わかった、行ってくるよ。あとで、器、取りに来るから」

「おう、あと調理器具もあるからな」

調理器具?まさか。

「玲香ちゃんのこだわりは健在だな。包丁、まな板、圧力鍋に炊飯器まで持ってきて。帰りはさすがに面倒だったんだな、琢也に任せるってさ」

玲香は大好きな料理に対するこだわりがとても強い。
昨日の晩飯に作ってくれたスパイスカレーが辛くて、勝手にハチミツをかけたらケンカになった。
一度は謝ったが、そのあともネチネチ言われ、さらには関係ないダメ出しまで言ってくるのでまたケンカになり、カッとなり家を飛び出し、今に至る。

「仲直りしたら二人でこいよ。三人で飲もうぜ」

「そうだな。その為にもわらび餅買ってくるわ」

天気は快晴、穏やかな空。玲香の機嫌も穏やかだといいけど。

しかし、今回の件は俺が全部悪いみたいだな······俺が悪いことにしよう。そのほうが平和だし、あんな朝飯食わされたら仕方ない、してやられた感はあるが。ただ、調理器具を持って帰ることは納得いかないな。


買ってくのはわらび餅だけでいいか?

いや、羊羮も買っておこう。




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