サッカー界にとっての大きな一歩 『プレー経験ゼロでもできる 実践的ゲームモデルの作り方』(脇真一郎)書評【フットボリスタ・ラボ発】
【書いた人】
六(Twitter:@frontale_foot6, note:note.mu/6_culture)
北海道出身なのに川崎フロンターレサポ。
はじめに
かつての私と同じように「どうやってゲームモデルを作成し、どうやって活用すれば良いのか?」に悩んでいるのではないでしょうか。これについては、まさにそこにヒントを提示することこそが本書の目的でもあります。(p.17)
この本の目的はまさに上のとおり「ゲームモデルを用いてチームを作ろうとする」指導者に向けられた本だ。ゲームモデルの持つ意味や作り方だけでなく、チームと向き合い試行錯誤してきた著者だからこそわかる、実際に活用する際のポイントまで惜しげもなく公開している。
同時に、観戦力を上げたいサッカー観戦者にもお勧めしたい。「ゲームモデル」という言葉が話題となっているが、観戦者は試合結果やピッチ内での事象しか見ることができないので、結果からゲームモデルを予測することしかできない。それについてもどかしさを感じているひともいるのではないか。本書を読むことが予測の答え合わせになるわけではないが、制作過程を知ることで予測の精度は上げることは可能だろう。
プレー経験ゼロの高校サッカーの先生
著者はフットボリスタ・ラボメンバーの脇真一郎さん、通称わっきーさん。リラックマがトレードマークのキュートな先生だ(Twiiter@kumaWacky)。和歌山県ビリヤード協会理事長を務めているのは初耳だった。かくいう私はまだお会いしたことはなく、いつご対面できるかは人生の楽しみの一つだ。
赴任してすぐ他の先生に尋ねると、部員は1人しかいないとのことでした。(p.6-7)
わっきーさんを紹介する上で、現場の指導者というだけでなく、実はサッカー未経験というのは外せない。サッカー版『Rookies』の体現者で、未経験ながらサッカー部に関わり始めたことがこの本の始まりだ。ドラマ化もそう遠くはないだろう。
まずは「最初はグー」を作ろう
さて、本書の最大の特徴は「ゲームモデルを作る過程を公開していること」だ。その前段では著者が考えてきたゲームモデルを作る意味や、後段ではゲームモデルを現場に落とし込む上でのポイントなど、現役の指導者にしか書けない内容になっている。
中でもゲームモデルを作る意味の部分は、ゲームモデルは選手を縛ってしまうのではと考えていた私にとって興味深かった。
ジャンケンにたとえるなら、「グー」だけしか出せないようなものです。こちらが「グー」とわかれば、普通なら相手は「パー」を出してくるはずです。ではどうするのか?「チョキ」を作成していくのです。(p.17-18)
著者は上の例を用いて次のように続ける。
あくまでも「グー」が軸であるなら、「チョキ」や「パー」はそのアレンジ程度のもので大丈夫ということです。まずはその「最初はグー」をしっかり磨き上げることが大切です。(p.18)
著者もメリットにあげているが、ゲームモデルはイメージの共有に大きく役立つものだろう。そのためゲームモデルがひとまず「存在すること」が大切で、だからこそ「最初はグー」を作る必要があるのだという。
著者曰く、ゲームモデルは更新していくもので、今のゲームモデルはver.5とのこと。そのためはじめから縛るものとして否定したり正解を求めて考えすぎるのではなく、ひとまず作ってみるのが良いのだろう。「最初はグー」と言った後に何を出すかは自由なのだから。
オープンイノベーションを加速する可能性
誤解を恐れずに言えば、本書はたった1人の指導者の話であり壮大なストーリーではない。しかし、社会の大きな流れのなかで重要な本として位置づけることができ、壮大なストーリーの序章になりうる。
産業界をはじめ、サッカー界でもオープンイノベーションの流れが強まっていると感じる。オープンイノベーションとは大雑把に言えば「みんな知識を抱え込まないで、公開しあって新しい何かを生み出そうよ!」という考え方だ。ゲームモデルの制作過程のみならず、実際に作成したゲームモデルを巻末に載せているのはこの思想の象徴といえよう。
ゲームモデルのような抽象的な話は抽象的に広まって抽象的に実践されていく。それゆえ実践が異なっていてもなんとなくお互いがわかった気になってしまう。そのような事態を避けるためには抽象的な次元ではなく、より具体的な次元で知識を公開する必要がある。そのため具体的な資料として知識を参照可能な状態にしているこの本は、サッカー界のオープンイノベーションの先駆けである。プロチーム所属ではないからこそできたという面もあるが、将来の資料的な価値を内包した貴重な一冊だ。
おわりに
本書には他にも、奈良クラブのGMを務める林舞輝との対談や、フットボリスタ・ラボの指導者との座談会も収録されており、ゲームモデルについての様々な視点を得ることができる。
最後に、本書は著者のサッカーへの探究心と行動力の結晶だ。とはいえ『Rookies』並に熱量が高いことを除けば、特殊な事例ではない。「わっきーさんみたいにはなれない」なんて思わず、読んでみてください。貴方もきっとなれます。