
プレシーズンマッチからみるスロットリヴァプール
昨季9年にわたるクロップ政権が幕を閉じたリヴァプール。元フェイエノールトの監督のアルネ・スロットが新しくヘッドコーチに就任した。スロットリヴァプールの初戦であるレアル・ベティス戦、それに続くアーセナル戦、マンチェスターユナイテッド戦、セビージャ戦を分析し、スロットが志向するフットボールについて紐解いていきたい。
レアル・ベティス戦
まずはレアル・ベティス戦。メンバーが揃ってないと言うこともあり違和感のあるフォーメーションとなっていた。昨季ハル・シティへレンタルしていたファビオ・カルバーリョがLSHとしてスタメン起用され、同じくマインツへレンタルしていたセップ・ファン・デン・ベルグも左CBでスタメン起用となった。SBは基本的にツィミカスが低い位置をとり、ブラッドリーはサラーが中に入った時は高い位置で幅をとり、サラーが幅をとったときは若干内側にポジショニングした。中盤はソボスライ、ジョーンズ、遠藤のうち2人がビルドアップに絡む。基本はソボスライは高い位置を取り、エリオットと2トップを形成した。フォーメーションは[4-2-3-1]又は遠藤がアンカーとなる[4-3-3]といったところで、ソボスライが高いポジションをとっていることが多いので基本攻撃時は[3-2-5]といったところだ。
相手の[4-4-2]のプレスに対して、中盤のジョーンズや遠藤が降りることで2CB+下がっているSB+ジョーンズ、遠藤によって数的有利を形成することでビルドアップを図った。

この試合で目立ったのはいつもと違いトップで起用されたハーヴィー・エリオット、昨季右SBとして台頭したコナー・ブラッドリーと、そして昨季から若干姿を見せていた17歳トレイ・ナイオニだ。いずれも下部組織出身の3人である。前半30分にジョーンズが負傷交代して入ったナイオニはそのままジョーンズの位置に入り17歳とは思えないはたらきを見せた。
この試合では右サイドからの崩しが多く、右SBのブラッドリーがオーバーラップしそこにボールが出され、サラーが内側に走り込んでいく形が何度か見られ、チャンスを作り出していた。得点のシーンでは、ソボスライがナイオニからのパスを相手DFとMFのライン間で受け、サラーへと渡り、最後ゴール前に走り込んだソボスライがゴールへと流し込んだ。一方で左サイドでは、ナイオニが出したパスに対してエリオットが良い位置でボールを受け、中に侵入していくシーンが多く見られた。
エリオット、ブラッドリー、ナイオニの3人はいずれも適切なポジションにいてくれ、周りとの連動に長けた選手であり、まだ戦術が浸透しているとは言えないスロットリヴァプールにおいて素晴らしい役割を果たしている。
アーセナル戦
昨季シティと共に熾烈な優勝争いを繰り広げ、アウェイ戦では3-1と敗北を喫したアーセナルとの一戦。ベティス戦に続いて、主力がユーロやコパアメリカから戻ってきていない状況での試合となった。DFラインはベティス戦と同じ面々で、中盤はエリオット、ジョーンズ、ソボスライの3人。ジョーンズとソボスライがベティス戦でのジョーンズ、遠藤の役割で、エリオットはベティス戦でのソボスライの役割となった。前線は右からサラー、ジョタ、カルバーリョの3人である。

序盤、リヴァプールはなかなか守備が噛み合わずアーセナルに崩されるシーンが相次いだ。原因として考えられるのは、守備的MFの不在である。この試合はソボスライがそのポジションだったが、やはりもう一列前で輝く選手であり、中盤のフィルターかつ配球役としての役割では遠藤に劣るところがある。また、ミドルブロックの局面では、[4-2-4]の陣形を採用し、前半はエリオットが高いポジションでプレスをかけ、後半にジョーンズとジョタに変わって遠藤、ナイオニが入った時には、中でプレイしたいカルバーリョが前に出てナイオニが左SHのような配置となっていた。
攻撃時は、中盤の2人が降りて相手も前がかりになってきたところに対してGKやCBから前線へのロングパスを通し、そこから一気に崩すという展開が多く見られた。これはベティス戦でもしばしば見られたことで、スロットの特徴と言えるだろうし、途中過程を飛ばしてピッチ上で最も価値の高い最終ラインの奥のスペースを狙うという点では、クロップリヴァプールの大きな特徴でもある。前半13分の得点もケレハーからのロングボールをジョタがエリオットに落とし、サラーが抜け出して決めた。DFが付いてきている中でそれを振り切って決めた、流石サラーといったゴールだった。
ベティス戦に続いて左WGとしての起用となったカルバーリョは、やはりサイドでの違いが作れるわけではなく、もっと中央で使いたい選手だ。33分の得点は、ジョタが左WGのようなポジションにいて、中でカルバーリョがボールを受けてサラーへと展開し、中でのタッチ数の少ないプレーで崩した結果の得点だった。
マンチェスターユナイテッド戦
続いて昨季クロップリヴァプールのタイトル獲得に最も影響を及ぼしたと言えるユナイテッドとの一戦。リーグ戦では2度引き分けとなり、何といってもFAカップ決勝で延長の末敗れた相手である。ベティス戦、アーセナル戦と同様の配置で、前線はアーセナル戦と全く同じ面々。DFラインはセップに代わってEUROから戻ったコナテが入った。前線は中盤はエリオット、ジョーンズ、フラーフェンベルフ。注目はフラーフェンベルフのいわゆる"6番”としての起用である。

スロットは自身が求める"6番"像に、守備職人というよりもビルドアップと配球役を求めているのでこのプレシーズンマッチではソボスライなどが使われたりしてきた。フラーフェンベルフは推進力のあるドリブルと前を向く能力が持ち味であり、昨季から見られていた。クロップリヴァプールで求められた守備のタスクよりもアンカー1人にかかる負担は少なく、ビルドアップでの能力はフラーフェンベルフの方が上ということを考えると、昨季マクアリスターとの2ボランチで素晴らしい連携を見せた遠藤がいきなり取って代わられてしまう可能性もなくはない。
結果的に0-3でリヴァプールの勝利となったこの試合だが、どの得点もサイドからの崩しであった。2点目は中央から前進した後にブラッドリー、サラーがサイドを駆け上がり、その後サラーからのクロスに中から上がってきたジョーンズが見事合わせた。3点目も、ブラッドリーとサラーの連携からブラッドリーが最後クロスを上げ、ジョタがシュートを打ち相手GKがこぼしたのをツィミカスが押し込みゴールとなった。1点目に関しても、サイドへ流れたジョタからエリア内のカルバーリョにパスが入りそれを見事な個人技で決め切った。やはりカルバーリョはサイドではなく中央の選手である。クロスに合わせる2、3点目は勿論のこと、1点目に関してもしっかりとブラッドリーがゴールまで詰めており、リヴァプールの選手たちの得点意識の高さが伺える。
おそらくスロットはこのようなサイドからの崩しのパターンをいくつか持っているようで、フェイエノールトでのゴールなどを見てみると、似たような形がある。
セビージャ戦
最後に4-1で快勝を収めたセビージャ戦。ユーロやコパアメリカから戻ってきた主力の面々が揃った初めての試合である。そして、アルネ・スロットが初めてアンフィールドで指揮する試合だ。スロットが現時点で考えているスタメンはこの試合のメンバーであるのだろう。今までの試合とシステムはほぼ同じで、右サイドバックにはアーノルドが入り、アンカーの位置に再びフラーフェンベルフが起用された。

この試合も保持では[4-2-3-1]、非保持では[4-4-2]もしくは[4-2-4]という形で、今までの試合と変わらない。しかし、圧倒的な個の質を見せつける結果となった。1点目はセットプレーのこぼれからアーノルドがクロスをあげ、ジョタが美しいボレーシュートを決めた。2点目は、若干相手が前に来たところでアリソンからのロングボールをジョタが前線で落とし、ディアスにつながり、DFがいたものの剥がして1人で決め切った。3点目は、またしてもアリソンからのロングボールで、それをサラーが収め、ジョタが駆け上がるソボスライにパスを出し、グラウンダーのクロスをディアスが冷静に流し込み前半で3-0となった。後半66分、アーノルドとフラーフェンベルフの守備対応が悪く失点してしまうものの、すぐさま後半から入ったトレイ・ナイオニが見事なボレーシュートを決め4-1とし、そのまま試合終了となった。2、3点目は、どちらも相手を引きつけて前のスペースへロングボールを供給し相手を崩すというこのプレシーズンマッチで何度も見られた形のゴールであり、再現性のあるゴールと言えるだろう。
プレシーズンマッチ総括
ここまでで見てきたスロットリヴァプールの特徴についてまとめようと思う。基本の配置は[4-2-3-1]だが、相手があまりプレスに来ないのであれば[4-3-3]使い分けたり、押し込んでいるときはクロップリヴァプールの時と同様に片方のSBが高い位置をとる[3-2-5]のような形になる。非保持では、[4-4-2]又は[4-2-4]のような配置であり、即時奪還を目指すという点でクロップリヴァプールと同じではあるが、クロップリヴァプールの[4-3-3]のゲーゲンプレスとは異なり、相手に認知負荷をかけるというよりはあくまでポゼッション回復を目的とする。後方からのビルドアップでは、GKもビルドアップに積極的に参加し、相手のプレスを回避しながら、中盤や前線にボールを供給する。プレシーズンマッチで何度も見られた、中盤も下がり低い位置で相手を引きつけ、最終ラインから一気に前線へとボールを送り一気に崩す形は、中間目的地を設定せず最終ラインの裏の一番価値の高いスペースを目指すというクロップリヴァプールでの原則に合致するもので、現状のスカッドとの親和性が高いと言えるだろう。
9年監督を務めたクロップがいなくなりスロットによる新体制となったリヴァプールだが、今のところ滑り出しは順調に思える。夏の補強に関しては、そもそも噂が少なく、スビメンディとの交渉も破談となるなどだいぶ厳しい結果となった。怪我で数人は離脱し、過密日程での疲労を考えると勿論新戦力は欲しいが、クロップ就任時のリヴァプールより格段に充実した選手たちが揃っており、プレシーズンマッチを見る限りチームは好調で、十分戦える戦力ではある。主力の大量離脱さえなければCLも見えるのではないだろうか。クロップの後任という非常に難しい立場であることから、リーグ戦で不調などとなれば解任などが騒がれることは容易に想像できるが、新ヘッドコーチ、アルネ・スロットの手腕には期待したい。