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FIFA規則(TPO規制)のEU法適合性に関するCAS仲裁判断の拘束力-①CJEU法務官意見
1. はじめに
2025年1月16日、欧州司法裁判所(CJEU)は、国際サッカー連盟(FIFA)の規則が欧州連合(EU)の法令に適合しているかを争う事件(C-600/23)に関して、法務官意見を公表した(本意見)。
本意見は、スポーツ仲裁裁判所(CAS)でFIFA規則がEU法に照らして有効と判断され、その判断が確定したとしても、EU加盟国の国内裁判所が改めてその有効性を審査できるべきであるとした。
CJEUが本意見を採用した場合、FIFAをはじめとする国際競技連盟(IF)とクラブや選手等の間の(CAS仲裁手続を通じた)紛争解決の枠組みに重大な影響を与える可能性がある。
2. 紛争の背景
(1) FIFAのTPO規制
本事件の当事者(原告)は、ベルギーのサッカークラブであるRoyal Football Club Seraing(RFCスラン)と、マルタを拠点とし欧州のサッカークラブへの財政支援を行う会社であるDoyen Sports Investment Limited(Doyen)である。
2015年、RFCスランは、Doyenとの間で、①RFCスランがDoyenに複数名の選手に関する経済的権利の一部(25-30%)を有償で譲渡する契約を締結した(本契約)。そして、本契約は、②RFCスランが当該選手の経済的権利の持分をDoyenの許可なく第三者に譲渡することを制限した。
このスキームは、Third Party Ownership(TPO)と呼ばれており、クラブは選手獲得の資金調達を目的とし、資金を提供する第三者は将来的に生じ得る選手の移籍金等の収入による投資回収を目的としている。しかし、投資回収を急ぐ第三者がクラブや選手等の意向を無視した移籍を要求するケースがあり、スポーツ・インテグリティ(高潔性)の観点から問題視されていた。
そこで、2015年、FIFAは、選手の地位と移籍に関する規則(RSTP)第18条の2と第18条の3を制定し、第三者が選手雇用・移籍におけるクラブの独立性に影響を与えること(Third Party Influence)や、第三者が選手の経済的権利を保有すること(Third Party Ownership)を禁止した(TPO規制・別途解説予定)。
(2) FIFAの紛争解決手続
2015年9月4日、FIFAの懲戒委員会(Disciplinary Committee)は、本契約がTPO規制に違反したとして、RFCスランに対し、約2年間にわたり選手登録を禁止し、15万スイスフランの罰金を支払うよう命じた。
RFCスランは、FIFA規則に従い、FIFAの上訴委員会(Appeal Committee)に上訴したが棄却されたため、CASに上訴した。CASは、FIFAのTPO規制がEU法に照らして有効であると判断した。その後、RFCスランはスイス連邦最高裁判所にCASの仲裁判断の取消しを申し立てたが、これも棄却された。
(3) ベルギー国内裁判所の紛争解決手続
他方、DoyenとRFCスランは、FIFA規則に従った紛争解決手続と並行して、FIFA・UEFA・URBSFAを被告としてベルギーのブリュッセル商事裁判所に提訴し、FIFAのTPO規制がEU法における①資本の自由な移動の権利、②サービス提供の自由の権利、③労働者の自由な移動の権利及び④競争法に違反すると主張した。
しかし、同裁判所は本事件を審理する管轄を有しないと判断し、ブリュッセル控訴院も、控訴手続中に行われていたCASの仲裁判断及びスイス連邦最高裁判所の申立棄却を受け、CASの仲裁判断が確定した(既判力を獲得した)とし、控訴を棄却した。
そこで、RFCスランがベルギー破毀院(最高裁判所)に上告すると、ベルギー破毀院は、訴訟を一時停止し、先決裁定を求めて CJEU に付託することを決定した。
なお、ベルギーのようなEU加盟国の国内裁判所は、EU法の解釈が問題となる場合、訴訟手続を停止して、CJEUにその問題に関する統一的な判断を求めることができ、これを先決裁定(Preliminary Ruling)の付託という。CJEUが判断すると、国内裁判所は訴訟手続を再開してその判断に従って判決を下すこととなる。
3. 争点(CJEUが判断する問題)
今回、ベルギー破毀院が付託した問題は、EU条約第19条第1項の解釈に関する問題である。
同項は、EU加盟国にEU法に関する効果的な法的保護を確保することを求めている。すなわち、EU加盟国は、EU法に基づく権利侵害を主張する個人がCJEUに付託する権限を有する裁判所にアクセスできるようにしなければならない。
他方、ベルギーの国内法は、CASの仲裁判断に関してベルギー国内における既判力(拘束力)を認めている。
しかし、FIFA規則及びスイス国際私法において、CASの仲裁判断の取消しの可否は、EUに加盟していない(CJEUに付託する権限を有しない)スイス連邦最高裁判所において、公序良俗に反するかどうかのみが審査されることとなっている。そのため、その限定的な審査のみを経た(EU法に関する)CASの仲裁判断にベルギー国内における拘束力を認めることは(EU条約第19条第1項が求める)EU法に関する効果的な法的保護を確保していないのではないか、ということが問題となった。
4. 法務官意見の結論・理由
今回の法務官意見は、以下の2点を主な理由として、FIFA規則がEU法に適合しているかについて、(CJEUに付託する権限を有する)EU加盟国の国内裁判所は、CASの仲裁判断に拘束力を認めて審査しないのではなく、改めてEU法のあらゆる規則に照らして審査できるべきであると意見した。
(1) CAS仲裁手続開始の自発性の欠如
通常の商事仲裁は、当事者が自発的に仲裁手続による紛争解決を希望することにより開始する。そのため、ニューヨーク条約の適用により、商事仲裁判断に対する裁判所の司法審査は、公序良俗に反するかなどの観点から限定的に行われる。
しかし、通常の商事仲裁と異なり、FIFAの紛争解決制度におけるCASの仲裁手続について、クラブや選手等に諾否の自由はない。すなわち、CASの専属管轄権を定めるFIFA規則の受入れは、FIFA及びFIFAに加盟する国内サッカー連盟が主催する大会に参加し、クラブや選手等が職業を遂行するための必須条件となっている。
そのため、本事件は、通常の商事仲裁の判断に拘束力を認めることと同様に取り扱うべきではなく、(ニューヨーク条約は適用されないと整理し)EU加盟国の国内裁判所は、EU法のあらゆる規則に照らしてFIFA規則の司法審査を行えるべきである。
(2) FIFAによる独立した執行手続
通常の商事仲裁は、その判断を執行するためには執行許可手続を経なければならず、この手続を経ることで、仲裁判断は通常裁判所の審査対象となる。
しかし、通常の商事仲裁と異なり、FIFA規則に基づく制裁は、CASの仲裁判断が(CJEUに付託する権限を有しない)スイスの連邦最高裁判所に認められると、クラブや選手等に直接的に執行され、EU加盟国の国内裁判所の審査対象とならない。
そのため、CASの仲裁判断にEU加盟国の国内拘束力を認めてしまうと、その仲裁判断がEU法に関するものであるにもかかわらず、EU加盟国の国内裁判所や(先決裁定等を通じた)CJEUによる審査対象となり得ない。
5. まとめ
CJEUの法務官意見は、CJEUが判断を下す際に参考とするものであり、CJEUが本意見に従う義務はない。しかし、仮にCJEUが本意見を採用した判断を下した場合、FIFA規則のEU法適合性に関するCAS仲裁判断のEU加盟国国内における拘束力が否定される結果、EU加盟国の国内裁判所がFIFA規則のEU法適合性を審査できることが確認される。
これは、国際スポーツ仲裁による紛争解決制度と司法(裁判所)による紛争解決制度のバランスに大きな変化をもたらす。また、主要な国際競技連盟(IF)の規則が、FIFA規則同様、スイス連邦最高裁判所による審査のみを伴うCASの専属管轄権を定めていることに照らすと、FIFAをはじめとする国際競技連盟(IF)・CAS・各国の裁判所の関係を再構築する可能性がある。
さらに、TPO規則のEU法適合性が、改めてベルギーの国内裁判所やCJEUで審理されることとなり、その結果次第では、同ルールの有効性に重大な影響をもたらす。FIFAは、昨年のディアラ選手に関するCJEUの判決(別途解説予定)を受けてFIFA規則を暫定的に改正する措置を採っているため、今回も同様に、判断結果に合わせた改正を行う可能性もある。そのため、今後のCJEUの判断、それに基づくベルギー破毀院の判断、そしてその後に続く可能性のあるTPO規制のEU法適合性の審査経過が注目される。