信頼がもたらすもの 〜鹿島アントラーズvsアビスパ福岡
93分、ふらふらになった身体で収めたボールを、左足でそっと送り出した。
スペースへ流されたパスは、不調に喘ぐ同胞の独走と、歓喜の爆発を導いた。
これまではベンチに座っていた時間に、ディエゴ・ピトゥカはピッチで。
序盤から、最近すっかり見なくなった光景が広がる。
ボランチが最終ラインに落ち、相手の2トップに対して3枚でビルドアップを開始する。そこから、間に顔を出す聖真や優磨にグラウンダーのパスが入り、彼らが動いたスペースに仲間やカイキが雪崩こむ。警戒した福岡が圧縮すると、今度はロングボールで裏や逆サイドを陥れる。先制点はそれが基点だった。
解き放たれた選手たちが躍動した序盤に得点できたことは大きかった。
福岡がトップの重量感とクルークスの空襲で押し込むようになると、岩政監督が動いた。
前線にいた聖真を2列目に下げ、代わりにカイキを前へ、さらに右にいた仲間を左に。試合後に語られたように、クルークス対策とカイキのスピードをいかす狙いだった。
僕は、聖真を攻撃の中継地点としてより機能させ攻撃の時間を増やすことと、優磨が幅広く動くことで薄れがちなゴール前での迫力をカイキに求めた采配だと解釈していたが、いずれにしても、選手の個性を試合に落とし込もうとした。
出色だったのはボランチの二人だ。
ひたむきな労働ではなくクリエイティブな創造。もちろん労働もいとわない。
終盤、運動量が落ちるとベンチで舩橋、中村、エヴェラウドが準備する。
監督がレネだったら、おそらくピトゥカは代えられていただろう。疲労の色は濃かったし、ボランチの運動量が落ちたのは攻守にわたって悪影響だった。
しかし岩政監督はピトゥカを2列目に動かしてでも残した。
さらに、優磨は聖真から預かった腕章をピトゥカに託した。彼が副キャプテンを外されたのはレネの意向が強く働いていたことを示唆する場面だったが、優磨も副キャプテンなので自分で巻いてもよかったはずだ。
それをあえて、ピトゥカに託した。
必要だったのは信頼だと優磨は言った。
仲間たちからの信頼にピトゥカは応えた。
試合が流れるなかで、ストーリーを描くことができた。序盤に先制し、押し返されたら対策し、運動量が落ちたら補い、最後は5バックで締める。
疲れたから変えましょうではなく、それぞれが明確な役割を与えられてピッチに立った。
どこか控えめだったスタッフたちも能動的に動き、時にピッチサイドで声を張り上げた。
レネのすべてが悪かったとは思わない。しかしピッチに表現されたものよりも、表に見えない場所でのマネジメントに失敗したことは想像に難くない。
蘭童さんの声が響かないなんて、そこはカシマではない。
試合前のアップでは、CBに向かってボールを蹴る阿部敏之さんの姿が見えた。
スタッフになったのか、一時的なヘルプなのかは分からないが、クラブの緊急事態に駆けつけてくれるOBがいる。去年の奥野さんや里内さんもそうだ。
鹿島が残すべき鹿島らしさは、戦術よりも何よりも、クラブがファミリーとなって互いに助け合うことだと思う。
そのための懐の深さやあたたかさ、そして信頼。
恥ずかしげもなく愛を口にする岩政大樹のもと、ひとりひとりの躍動がはじまった。
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