【主審と対話できるのはキャプテンのみルールがもたらす未来】EURO2024 準決勝 オランダ×イングランド ルール考察
みなさん、こんにちは。まっつんです。
EURO2024アーカイブ化計画にお声がけいただき、参加させてもらうことになりました。恐れ多くも担当国がイングランドになりまして、戦術分析記事などもう何年も書いておらず、頭の中はポジショナルプレーで時代が停まっている状態。という訳で、戦術分析は他の参加者に任せて別のアプローチでEURO2024を考察していきます。
EURO2024 特別ルール
通常、サッカーの大会はIFABが定める競技規則に基づいて実施されますが、EURO2024では競技規則では定められてない特別ルールが導入されました。それが「主審と対話できるのはキャプテンのみ」ルール。詳細は以下のとおりです。
審判に抗議できるのは各チームのキャプテンのみ
それ以外の選手が審判に近づき異議を唱えた場合は警告とする
キャプテンがGKの場合、事前に指名するフィールドプレイヤーが代理役として審判と対話可能
競技規則上の位置付け
そもそも、異議やキャプテンの権限について競技規則ではどう規定されているのでしょうか。競技規則を引用します。
建前としては選手の異議=警告となっており、そもそも異議は認められていません。ところが実際の運用としては即座に警告が出ることはあまりなく、コミュニケーションの一環として ある程度は認められているのが実情です。
冷静に会話できれば良いのですが、テンション上がった選手たちが主審を取り囲む姿もしばしば見受けられます。
次に、キャプテンについて。
つまり、選手の言動はサッカーのイメージそのものであるから、審判に対する行動はキャプテンが責任を持ってチームをコントロールすべき、と解釈できます。ここで重要なのは、サッカーのルールを作る側であるIFAB(FIFAを含む)が、この様に考えているという事です。
これまでは"異議"の境界線があいまいで選手が審判を取り囲むのは珍しくなかったですが、今回のEURO2024特別ルールは 選手による異議の規制にいよいよ動き始めた、と言えます。
準決勝 オランダ×イングランド 前半13分の判定
イングランドのサカがボールを持ち、カットインして左足でシュート。ディフレクションで空中に浮いたボールにいち早く反応したケインが右足でシュート。シュート自体は枠を外れますが、ケインの右足が遅れて反応したダンフリースの足裏にヒットします。主審の判定はノーファウル&ゴールキックで再開。
VARのチェックが入り、OFRを経て判定が「PK+警告」に変わります。通常、シュートを打った後のコンタクトは「厳密にはファウル」であっても、反則にはならないという暗黙の了解があります。ただし、今回のコンタクトは守備側のチャレンジが無謀(日本的に言うとラフ)であったため、VARは介入したと思われます。
そして、注目すべきは、主審がRRAを離れてPKのシグナルを行った後、PKが行われるまでの一連の流れです。みなさん、Jリーグで同じ場面があったらどうなるかを想像してみてください。オリジナルの判定がノーファウルだったものが、OFRによってPKに変更。更には警告付き。守備側のチームが納得しないのは当然でしょう。次から次へと守備側の選手が主審に話しかける(異議を行う)姿が容易に頭に浮かぶのではないでしょうか。
ところが、オランダ×イングランドのこの試合においては、主審と対話したのはキャプテンのファン・ダイクのみでした。YouTubeで映像を見てみましょう。
誰1人、執拗に抗議することなく、速やかにPKが行われました。特別ルールは事前にチームに通達されており、不必要な警告を避けるために選手は誰も文句を言わなかったのです。
特別ルールがもたらすメリット
特別ルールの導入によっていくつかのメリットがもたらされました。
審判団により試合運営の円滑化
アクチュアルプレーイングタイムの増加
サッカーという競技のイメージアップ
選手の異議減少がサッカーのイメージアップになるかは人によって意見が分かれそうですが、試合運営の円滑化とアクチュアルプレーイングタイムの増加は間違いないでしょう。選手の異議がなくなるわけですから、審判団は試合をコントロールしやすくなるし、ひいてはアクチュアルプレーイングタイムの増加にも繋がります。
特別ルールがもたらす影響
それ以外にどんな影響があるでしょうか。個人的には、ファン・サポーターから怒りの感情が取り除かれるのでは、と考えています。ファン・サポーターは文字どおり選手と共闘する生き物で、選手に自分の感情を乗せて戦います。自チームが得点を決めたら喜びを爆発させ、試合に負けたら嘆き悲しみ、納得いかない判定に対して審判に激しく詰め寄って怒りの感情をぶつける。ファン・サポーターは自分の感情を選手の行動にオーバーラップさせます。
ところが、特別ルールによって、選手は「納得いかない判定に対して審判に激しく詰め寄って」が出来なくなりました。こうなると、ファン・サポーターも今までと同じテンションで怒りをぶつける、という訳にはいきません。スタジアムから怒の感情が取り除かれたら、試合運営は円滑になり、インプレ―の時間が増え、IFABが言うところのイメージアップに繋がるかもしれません。ただ、本当に良い事ばかりでしょうか?
僕の持論として、サッカーを観戦すると"喜怒哀楽"(言うなれば、感情の4局面)が激しく刺激される事が、このスポーツが世界中で愛される理由の1つになっていると考えます。「怒」の根底を支える審判への敵対心が無くなったら、喜哀楽の3局面になってしまいます。特別ルールが浸透した未来は、ファン・サポーターが「何か…物足りなくない….?」と感じてしまうのではないか。長期的に見た場合、それによってサッカーに魅了される人が減ってしまうのではないか、と危惧しています。
だからと言って、特別ルールをやめよう、という単純な話ではありません。審判に対する執拗で過度な異議は無くすべき。だけど、一見 良い事ばかりのこのルールは必ずしもサッカーに望ましい未来をもたらすとは限らないんじゃないか。そんな事を感じます。
今後の展開
「主審と対話できるのはキャプテンのみ」は、あくまでEURO2024に限定された特別ルールでした。今後、どうなっていくでしょうか。そう遠くないうちに、競技規則本体に組み込まれるのではと予想します。すぐにJリーグに導入される事はありませんが、直近で行われるパリ五輪と2026年のW杯北中米大会でどうなるかは要注目でしょう。
主審と対峙できなくなる未来、あなたはどう考えますか?