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[警察無法地帯]=1 何も知らない警官 警視庁蒲田署の”不手際だらけ”職務質問 異例の顔写真・指紋抹消に

 全国各地で警察の不祥事が止まらない。容疑者を百四十四時間にわたって拘束し殺害した愛知県警岡崎署事件、埼玉県警上尾署の現職刑事が起こした強盗致傷事件、そして今年に入ってからは鹿児島県警で発覚した捜査隠蔽事件をめぐり、警察庁が異例の監査を実施するなど、警察の統制がおかしくなっている。そんな最中、明るい警察を実現する全国ネットワーク(清水勉代表)に掲載された、警視庁蒲田署による職務質問の内容は極めて異例づくめのもので、不手際だらけと糾弾せざるを得ないものだった。


◇ 職務質問、長時間に

 二〇二三年九月十八日午後九時ごろ、東京都大田区の警視庁蒲田署管内のコンビニエンスストアの駐車場に車を停めて、仕事終わりの打ち合わせを携帯電話でしていたフリーカメラマンの男性が同署の二人の警官から職務質問を受けた。男性が運転免許証を提示し応じると、警官のうち一名が、「コンビニの駐車場で薬物の取引が行われている」と言い、車内の捜索を行い始めた。
 男性が運転席、助手席、ダッシュボードを開けると警官は探索を行い、勝手にアームレスト(肘掛け)を開けて中を見るなどした。
 時間の長さに男性が「なんでそんなに細かく調べているんですか」と聞くと、先程の薬物の話から逸れ、「軽乗用車は公道を走っていて煽られることがある。煽られると怒って凶器で煽った車を襲う危険がある」と告げ、今度は後部座席の捜索に着手した。
 フリーカメラマンの仕事柄、男性はレンズケース、ストロボ、バッテリーなどを入れたベルトを後部座席に置いていたが、警官はこのベルトに入っていたミニシースナイフ(刃渡り六センチ以下)を見つけた。

◇ 「軽犯罪法違反だ!」、始まった事情聴取

 警官が「なんのために持っているのか」と男性に聞き、男性は趣味のアウトドアで使う旨を説明。さらに職業を聞き、警官は「軽犯罪法違反だ!」と叫んだ。男性は蒲田署まで来るよう求められ、車でパトカーの後ろをついて同署へ同行すると、そのまま取調室へ入れられた。
 取り調べは軽犯罪法違反を前提にしたかのように行われた。供述調書が作成され、男性は趣味のアウトドアと仕事で使う旨を説明した。ところが取り調べを行った警官は執拗に「護身用ではないのか」と質問し、そのたびに男性は「護身用ではありません」とはっきり述べた。
 さらに同署はミニシースナイフの任意提出を求めた。護身用ではないと繰り返し述べたが聞き入れられなかった。男性は不本意ながら提出に同意し、「所有権放棄同意書」に署名押印し、ナイフを渡した。

◇ 指紋採取、顔写真撮影、自宅への同行

 取り調べは終わったが、同署はさらに男性の指紋と顔写真を採取した。そのうえ、DNA採取まで行おうとしたが、任意である旨の記載があったため、断った。
 調べが終わったあと、男性が神奈川県内の自宅に帰宅するのをパトカーが追ってきた。午前三時半ごろ、男性が自宅の玄関の鍵を開ける姿や、郵便物などを同署員は勝手に撮影し、引き上げていった。男性はこのことが強いショックだったという。しかし話はこれだけでは終わらない。

◇ 蒲田署からの執拗な電話、さらがら容疑者扱い

 三週間後の十月十二日午後二時、男性の携帯電話に再び蒲田署から電話が架かってきた。男性は電話が取れず放っておいたところ、十三日午前九時に再び着信があった。十八日に応対した警官と同じ声で、「もう一度蒲田署に来てもらえませんか」と男性に告げた。男性が「行きたくありません」と断ると、警官は「ナイフを集めるのが趣味だと言ってなかったっけ」と言ってきたので、男性ははっきり「言っていません」と答える。すると警官は「上司と相談する」と告げ、電話を切ってしまった。 
 さながら容疑者扱いで、男性は「逮捕されるのではないか」という不安にかられ、ここで弁護士に相談し、後のやり取りを一任した。男性の判断が功を奏し、後の「異例」ともいえる顔写真などのデータ消去へと繋がる。

◇ 異例尽くしの対応、ナイフ返還からデータの消去へ

 男性の代理人となった弁護士は同署に、男性が逮捕されることはないかを確認した。この時点から警官の上席に事件が引き取られ、以後弁護士との交渉窓口となる。逮捕自体、実際の運用はともかく法律上は「住居若しくは氏名が明らかでない場合又は犯人が逃亡するおそれがある場合」(刑事訴訟法第二百十七条)と定められていて、男性の場合はどう考えてもどちらにも該当しない。
 上席も捜査記録の早期完成を考えていたが、完成が男性の犯罪成立を認める内容であれば弁護士として協力しない考えを持っていた。しかし上席は犯罪不成立で良いと早々に告げたため、①検察に送致しないこと、②ミニシースナイフの返還、③指紋と顔写真の削除。の三項目を要求した。
 同年末になり、弁護士宛に蒲田署から、「事件性はないため送検しない。ミニシースナイフを返還する」と連絡が入った。弁護人は男性の代理人としてナイフを受け取り、さらに指紋と顔写真の消去を要求した。指紋と顔写真は警察庁のデータベースに保管されていて、収集・保管・利用・廃棄に関わる手続きが法制化されていないため、今年の四月に「データを廃棄した」という口頭回答に行き着いた。通常、警察庁のデータベースから削除されることはなく、極めて異例の対応がなされた。

◇ 何が問題か〜職務質問から犯人扱いまで〜

 これらの一連の流れの中で、何が問題だったかを整理する。
 (一)運転免許証の提示要求
 車両の運転者が無免許、酒気帯び、過労、大型自動二輪の遵守義務や、運転制限に反する場合。また交通事故を起こした場合、運転者は警官に運転免許証を提示する必要がある(道路交通法第九十五条二項)。男性は交通事故を起こしたわけでもないし、道交法違反に問われているわけではない。警官はどのような法根拠に基づいて男性に免許証の提示を要求したのか不明。
 (二)職務質問の妥当性
 警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者を停止させて質問することができる(警察官職務執行法第二条一項)と規定している。男性は仕事終わりにコンビニに立ち寄り、仕事の打ち合わせなどを車内でしていただけで、そもそも質問の余地があったとはいえない。
 (三)あいまい過ぎる「薬物取引」の確認
 にも関わらず、同署員は「薬物の取引」を理由に男性の車内を捜索した。「コンビニで薬物の取引がされている」という理由はあまりにも抽象的で、客観性を欠いている。
 (四)そもそも軽犯罪法に反していたか
 同署員の「軽犯罪法違反だ!」という発言に基づき条文を照らし合わせると、正当な理由がなくて刃物、鉄棒その他人の生命を害し、又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具を隠して携帯していた者は、拘留又は科料に処すると規定されている(軽犯罪法第一条二項)。注意したいのは「正当な理由」だ。男性はフリーカメラマンとして活動していて、撮影時にちょっとしたものを切る必要があったり、アウトドアなどで使うという「正当な理由」を述べている。また、男性は弁護士を通じて「ナイフが入っていたポーチやレンズケースがついた一連のウエストバックは、仕事のうち屋外での撮影で主に使用しているものです。屋外の撮影ではいろいろな条件下で撮影することになります。撮影の必要からレフ板(撮影の被写体に光を反射させる板)となるスチレンボードや発泡スチロールを切ったり、背景となる紙を切ったり、撮影道具の作成にも使います。時にはレンズのホコリを飛ばすためにもっているエアーダスターのガス抜きに使うこともあります。十八日の撮影でもこのような用途に使用いたしました。それ以外に、撮影場所に辿り着く途中に薮があれば、そこにあるトゲがある植物があればナイフで切ることもあります。ナイフは野外で撮影を行う場合にはいろいろな場面で利用することを想定しています」と説明しており、軽犯罪法に反するとは解釈し難い。当然、銃刀法違反にも問えない。だからこそ警官は同署の取調室で「護身用として持っていたのか」と追及したと思われる。
 これらの点を整理すると、警官が男性に職務質問する合理的な理由は何一つないが、男性が同署員の職質に協力したことを良いことに、同署員は法条文をすべて無視したと言ってもよいほどの捜索を続け、さらに男性の持っていたナイフを軽犯罪法違反と責め立て、同署に連行して執拗な取り調べを行い、供述しなかったことに対して指紋採取と顔写真、自宅玄関や郵便受けなどの撮影に及んだ。
 (五)警察官の無知さ
 これらのことを並べると、警官はそもそも何も知らずに職務を執行していたのではないかと疑わざるを得ない。また、職務執行にあたって確認できる体制がそもそもあったのだろうか。
 男性は弁護士に相談し、自らの潔白性を証明した。また弁護士が適切に同署に対して説明、交渉を行ったことで男性は逮捕されることも、送検されることもなく、口約束とはいえ最終的に指紋と顔写真の削除を実現させたが、もし男性が同署に再び出頭し、再度の取り調べを受けていたらどうなっていたかー。

◇ 犯人視の叩き割り、未だ無くならず

 指摘したいのは、同署の職務質問や取り調べの問題点はもちろん、「犯人である」という先入観に基づいた捜査活動が一貫して行われていたことだ。調べにおいて警官は執拗に「護身用ではないか」と聞き続け、男性が口を割らなかったことに対し指紋を採って顔写真まで撮影し、自宅の玄関と郵便受けの撮影までしている。そのうえ、後日男性に対して「ナイフを集めるのが趣味じゃないか」と聞いている。
 これらの調べ方はかつて問題となった「(被疑者の)叩き割り」そのものだ。男性から「護身用では持っていました」とか「趣味で持っていました」という「正当性のない供述」さえ引き出してしまえれば、あとは形通りに検察庁へ送致してしまうつもりだったのだろう。
 しかし男性は何かの犯罪に関与したわけでもない。事実、男性は送検もされていないし起訴もされていない、被疑者ですらない。
 これらの職務質問や取り調べを野放しにしておけば、警察権力はますます暴走し、正当性のない職務質問や市民のプライバシーへの立ち入りを許すことにつながる。
 鹿児島県警の不祥事では、捜索差押許可状がないのに報道機関に対して強制捜査を行い、告発文を押収したことが問題視されたが、これは最たる例で、大きく取り沙汰されないほどの令状主義に則らない違法な捜査・差し押さえは相当数あるのではないか。

◇ 小谷・警視庁蒲田署警務課員のコメント

 筆者の電話取材に対し、小谷・警視庁蒲田署警務課員は「プライバシーに関わり、担当警官がわからないのでコメントできない」と話した。

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