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「月夜」の影 〜埼玉・入間市3人心中〜 ネットと自殺

 二〇〇三年二月十一日、埼玉県入間市のアパートで、男女計三人が死んでいるのを、栃木県内の女子高校生=当時(一七)=が発見した。折しもその年の自殺者は、三万人を超えて戦後最多を記録した。三人はいずれもインターネットの掲示板を通じて知り合った、面識のない人たちだった。


◇ 「本気の方お待ちしております」

 現場は西武池袋線武蔵藤沢駅から南西の住宅街で、入間市下藤沢五の八の三のアパートだった。住民は住んでおらず、部屋はいずれも施錠されていなかった。自殺したのは、同市内の無職の男性(二六)と、神奈川県川崎市高津区、無職の女性(二四)、千葉県船橋市東船橋、無職の女性(二四)=いずれも当時、ら三人で、男性と連絡が取れなくなった女子生徒が現地を訪れ、三人の死体を発見して一一〇番通報した。発見されたとき、部屋にはしちりんに入った練炭が四つ置いてあり、窓や扉の隙間などは粘着テープで目張りがされており、三人は川の字になり、目にゴーグルをつけていた。周辺には睡眠薬、女性の化粧道具、チョコレートなどが落ちていたという。
 埼玉県警狭山署の調べによると、三人の死因は一酸化炭素中毒によるもの。生徒を含めた四人はインターネットの自殺掲示板を通じて知り合っていて、同年一月には東京都渋谷区のJR渋谷駅近くの喫茶店で初めて出会い、各々の境遇やいま置かれている現状、自殺を考え始めた理由などを話し合った。

◇ 「月夜」を名乗った男性と、3人の共通点

三人が自殺した入間市下藤沢のアパート(現存せず)


 このうち、自殺した同市内の男性は、前年まで東京都内の雑誌編集社に勤務していたが退職していた。男性によれば、同年五月に首になったという。その後は再就職に向けて就職活動を重ねたが、成果はなかった。折しも〇二年は平成不況の最中。日経平均株価がバブル後はじめて九千円割れするなど、先行きが見えない社会情勢で、手応えはなかった。
 男性のものとみられる最初の書き込みは〇二年十月二十一日。次のようなものだった。

本気の方お待ちしております

朝日新聞クロスサーチ、週刊朝日などより

 一方、一緒に死んでいた女性らのうち、船橋市の女性と男性はなんらかの関わりがあったのか、同年十二月九日、「月夜」と「美夕」の二人の連名で次のような書き込みをしていた。

心中相手を探しております。方法は、練炭による一酸化炭素中毒死です。(中略)練炭・コンロ・睡眠薬・密封できる部屋。全て揃え終わりました。参加したい人には、睡眠薬などを差し上げます。ただし、女性に限ります。男性だと、トラブルや犯罪に巻き込まれる恐れもありますので。年齢は問いません。やっぱり、独りだと寂しいですからね。場所は埼玉県です。時期は、1月〜2月中を計画しています。本気の方お待ちしております

朝日新聞クロスサーチ、産経新聞ほかより

 相手の募集が終わったことを告げたのは、そのわずか五日後のことだった。短い書き込みだった。

募集終了 志願された方、ありがとうございました

 当時、「月夜」が男性で、「美夕」が船橋か川崎のどちらかの女性とみられていた。月夜は雑誌編集社を退職後、就職先が見つからずに自殺を考えていたことを書き込んでいて、その後の同署の調べでも合致し断定した。美夕もまた、就職先が見つからないことでふさぎがちだったらしい。
 美夕は次のような書き込みをしていた。

今年4月に首になり、それいらい、80社位就職活動をしてきました。成果はなく無職の状態です。おかげで、日に日に精神的苦痛が強くなっていきました。就活がやになり、毎日ぼんやりとした日々です。私は、なにがなんでも、今年の冬中に自殺を決行することを決めています。6月から準備を開始しています。第一手段は、睡眠薬を使った一酸化炭素中毒死、失敗したら首吊りになるでしょう。一酸化炭素中毒死は安楽死ができることで、研究を続けています。(医者も安楽死できると認めている)今までは、両手首を切った未遂でしたが今度は確実にしたいと思っています。問題は、誰もいない廃墟や車を探していることです。そこで、締め切って木炭や練炭による中毒死を狙っています。また、真冬だと凍死の可能性もあるので期待しています。正直、死ぬのは怖いですが、生きていく方がもっと辛いので、絶対成功しなければならないと思っています。もし、心中相手募集をしている方がいるのなら誘ってもらえないでしょうか。複数人いると、色々と便利で、意見交換や、決行の時も、観光客のふりができるので、地元の人や警察の目をごまかすこともできると考えています。

 船橋の女性も同じく〇二年、それまで勤めていた生命保険会社を退職し、就職活動に専念していたが、八十社以上に応募しても成果はない状況だった。こうしたことから、美夕が船橋の女性であるとされた。

 川崎の女性は、東急田園都市線高津駅の近くに両親と住んでいた。女性は早稲田大学商学部を卒業した後、〇二年三月から、自殺する〇三年一月まで自宅近くのセブンイレブンでアルバイトをしていたが、自身が目指す進路とは違っていた。アパレル系の道へ進みたかったが、願いは叶わなかった。

 三人に共通したのは、いずれも「就職」という言葉だった。「月夜」と「美夕」は再就職で、川崎の女性は思い描いたものとは違う道でそれぞれ苦悶を抱えていた。

◇ 自身も自殺を考えた女子高生

 三人が自殺したのは、司法解剖などから二月五日夜とみられた。それを最初に発見したのが未成年の女生徒ということもあり、狭山署は関係などを詳しく調べた。その結果、女生徒自身も自殺することを考えていたことを明かした。
 女生徒自身も、自殺掲示板に書き込みをすることがあり、「月夜」と「美夕」、そして川崎の女性とともに渋谷で出会っていた。渋谷から副都心線に乗り、石神井公園から西武線に乗り換え、後に死体を発見するアパートを一緒に下見していた。男性は鍵がかかっておらず、一酸化炭素を発生させるには十分な間取りであることを力説していたという。
 男性と連絡がつかなくなった〇三年。二月十一日、現場のアパートを訪ねたとき、三人の死体を発見した。
 舞台となった「出会いと別れの掲示板改め 心中掲示板β」と掲示板は事件後、プロバイダーによって閉鎖された。

◇ 始まった”連鎖自殺”

 インターネット掲示板を舞台にした自殺は、当時報道で大きく扱われた。次の表は報道各社の初報の見出し。

報道各社の初報見出し

 ネットを舞台に知り合い、そのまま現実世界で出会って死んでいく。そうした自殺は報じれば報じるだけ増えていった。三月以降、一酸化炭素を発生させる自殺が相次いだ。

二月十一日以降の心中型自殺の事例

◇ 共通した「一酸化炭素中毒」

燃える練炭

 練炭を焚くと一酸化炭素中毒で死ね、またインターネットに自殺を呼びかける、自殺志願者と繋がれるサイトがあるという情報はテレビや新聞を通じ、全国的に知れ渡った。集団自殺に共通したのは、車や建物などに密室を作り、一酸化炭素を発生させて中毒死するというもの。
 理論上、目張りを施した密室などで練炭や木炭などを燃やすと、空気中の二酸化炭素が減り、不完全燃焼が発生して一酸化炭素が発生する。一酸化炭素は体内に取り込まれると、血液中のヘモグロビンとくっつき、身体中に運ばれる。結果、酸欠となり死に至る。当然、目にしみる上に苦しい思いをするため、睡眠薬などを飲んでから自殺に及ぶ事例が多かった。
 それ以降、生活の上での練炭、豆炭、木炭などに悪いイメージがつきまとうようになった。

◇ その後の「ネット自殺」

 ネット自殺はその後も続いた。〇七年以降は心中型の自殺は減ったものの、市販のトイレ用洗剤と入浴剤を混ぜて硫化水素を発生させることで死亡する硫化水自殺が相次ぎ、助けようとした家族が巻き添えで死亡したり、建物全体に硫化水素ガスが充満するおそれがあるなどとして避難を余儀なくされるなど社会問題化した。これもインターネットを通じて広く知れ渡った。

二〇一〇年以降の主な配信事例

 時代は飛び現代。最近もネットを舞台にした。あるいはネットで知り合った他人と自殺する事例がある。中には自分が死ぬ姿を配信したものさえある。
 一六年九月には千葉市中央区都町の無職の男性が生い立ちなどを記したウェブサイトを開設したあと、自宅で首つり自殺しそれが発見され、現場検証が始まるまでの音声が配信された。飛んで二〇年二月には横浜市瀬谷区瀬谷の相鉄線瀬谷駅で女子高生が電車に飛び込み、その様子が配信された。二一年一月には相模原市南区上鶴間の東林間駅で男子高校生が小田急線に飛び込む一部始終を配信。二二年十一月には精神科看護師の女性がツイッターに「今日中央線で人身事故が起きたらわたしが死んだんだなと思ってください」という書き込みと遺書を添付し国立駅で中央快速線に飛び込み自殺した。二三年四月には女子高生二人が千葉県松戸市松戸のマンション屋上から飛び降り自殺するそれが配信された。同年十月にもツイッターに遺書ととれる書き込みをした後、女性二人が茨城県土浦市有明町のJR常磐線に抱き合いながら飛び込み自殺した。

◇ ネット自殺の心理

 〇〇年代のネット自殺は、不況下の日本を象徴するかのように就職などの悩みが浮き彫りになることが多かった。自殺の傾向は社会情勢を如実に反映して変化するとされる。自殺者数が最初に三万人を超えた一九九八年は山一証券などの大手企業の経営破綻などが相次いでいた。〇〇年以降ではリストラ、非正規雇用、就職難などが理由に挙がった。
 では、現代の自殺の裏にある事情は何か。思いつくものだけ挙げるなら精神疾患。物価高騰などによる生活苦。いじめなどが出てくるが、ことにそれを研究する、あるいは解明することさえタブー視されてしまい、見えてこない。
 現代人と自殺。切っても切れないテーマに迫った報道を、寡聞にして知らない。自殺者の数こそ減ったが、それぞれの自殺の事情はなんだったのだろう。
 三人の自殺から二十一年。年間自殺者数は二万人台に落ち着いたが、その裏に深刻な社会問題が隠れているようにみえる。(終)

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