梶のポケットの中

川沿いを通って登校していた桜は、今、梶の後ろを歩いている。
当の本人は全く桜に気づいていないけれど。
このまま先に行ってしまってもよかったが、声をかけないのもなんとなく気まずい気がして、桜は梶の隣に並んだ。
梶の視界に入ったのか、梶は隣に立つ桜に気づいてようやくヘッドホンを外す。
「…はよ」
「おぉ…」
無愛想だけど挨拶を返してくれた梶は、ヘッドホンを下げたまま歩く。
梶とまだ話せると思った桜は、咄嗟に思いついたことを口にした。
「寒いな、今日」
言いながら吐き出された息は白い。
梶が桜の顔を覗き込む。
「な、なんだ?」
「鼻、赤いぞ」
そう言って梶は桜の鼻をつまんだ。
「なにすんだ!」
桜はびっくりして頭を振る。
「冷たいな」
梶は可笑しそうに小さく笑う。
「手…」
「ん?」
言われたままに手を出すと、ポケットに突っ込んでいた梶の手が重なる。
温かかった。
「手も冷えてるのか」
言いながら梶はパーカーのポケットから何か取り出して桜の手に渡す。
温かいそれはホッカイロだった。
「ポケット入れとけ。あったかいから」
梶の優しさと受け取った桜は、もらったカイロをズボンのポケットに入れ、手も突っ込んだ。
握った手のひらがじんわりと温かくなっていく。
ちらりと梶を見ると、鼻の先が赤い。
俺と同じじゃんと口を開こうとしたその時。
「くしゅん」
案外可愛らしいそのくしゃみはもちろん俺のものではなく。
「お前も寒いんじゃねえか」
なんとなく悪い気がしてきて、梶のパーカーのポケットにカイロを突っ込んだ。
「あ”?いらねーよ」
「いいよ。お前のだろ」
カイロを受け取ろうとしない桜に梶はチッと舌打ちする。
「お前も入れとけ」
梶は桜の手とカイロを自分のパーカーのポケットに突っ込む。
「は!?」
桜の手はもちろん梶の手と重なっているわけで。
恥ずかしいのに、梶がそうしてくれたことが嬉しくてこのままでいいか、なんて思ってしまう。
目線を上げると、梶も桜を見る。
「なんだ?」
「別に‥‥‥」
「外から見えてないからいいだろ」
何か言ったわけではない桜に、梶はそう言い、ポケットの中で桜の手をちょこっと突いた。
その後は、無言のまま二人でくっついて学校まで歩いた。






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