桜とホールケーキを食べる佐狐君

見慣れない風鈴の商店街を佐狐は一人で歩いていた。
今日は無性に甘いものが食べたい気分でどこかのカフェに入る予定だった。
当てもなくぶらぶら歩いていたら、こんな所まで来てしまった。
のんびりと足を進めていると向こうから見覚えのある男が歩いて来る。
十亀さんとタイマンした風鈴の奴だ。
桜って言ったっけ?
向こうもオレに気づいたようで、驚いたのか少し立ち止まってから近づいて来た。
「珍しいなこんな所で会うなんて」
獅子頭連の檻で会った時はとげとげした雰囲気だったが、今はどこか柔らかい表情をしていた。
だからつい正直に聞いていた。
「あぁ……この辺にカフェとかあったりするのか?」
「カフェ?」
オレの言葉にびっくりしたのか桜は目を丸くした。
「オレ甘いものが好きなんだ。だから……」
自分で言ってて恥ずかしくなってきた。
笑われるかもしれない。
そうと思って顔を上げると、桜はただ意外そうな顔でオレを見つめるだけだった。
「カフェならオレも今から行くところだ。一緒に行くか?」
そんな偶然があるのか?
俺が黙っていると桜が言葉を続けた。
「オムライスがうまい店なんだ。俺はオムライスしか頼んだことないけど、甘いものもあると思う」

その後、俺は桜に案内されてポトスというカフェに入った。
桜は常連のようで店の若い女に親しげに俺を紹介してくれた。
オレは桜とともにカウンターの席に座った。
「なぁ、この店って甘いものあるのか?」
「甘いもの?パフェとかケーキはあるわよ」
そう言って女が桜にメニューを渡した。
「結構スイーツもあるんだな」
桜はスイーツがのったページを開きながら、俺にも見せてくれる。
「桜はオムライスばっかりだもんね。たまには違うものも冒険してみたら?」
ことはに言われて桜は少し黙ってから俺に聞いた。
「……お前はどれにするの?」
正直、一番気になってるのは苺のホールケーキだった。
でも一人で食べ切れる自信がない。
オレがホールケーキの写真をじっと見ていると、気づいた桜が言った。
「これ‥‥‥?デカいな」
「二人で食べたらちょうどいいんじゃない?」
ことはに言われて俺と桜は顔を見合わせる。
「一緒に食う?」
「…いいのか?」
「まあ、俺も見てたら甘いもの食べたい口になってきたし」
結局、俺たちは二人で苺のホールケーキを頼んで食べた。
「っんま!」
「美味しいな」
「オレ、人とこんな風にケーキ食べるの初めてだ」
「まあ確かに、男二人でホールケーキを直食いするのは私も初めて見たわ」
ことは呆れたように呟いた。

店を出て商店街の出口まで桜と一緒に歩いた。
桜も俺と同じで口下手なのか、お互い黙っていた。
でも、不思議と気まずい空気ではなかった。
美味しいものを食べた幸せと、それだけではない何かで俺の心は満たされていた。
ちらりと横を見ると、視線に気づいたのか桜も俺を見た。
「あのさ‥‥連絡先教えてくれない?」
とっさに口から出ていて自分でも驚いてしまう。
「いいけど‥‥‥」
桜は案外あっさりとスマホを取り出し画面を見せてきた。
「ど、どうすればいい?」
少し顔を赤くする桜はスマホの操作がわからないようで、俺は丁寧に教えてやった。
まだあまり登録されていない友達リストに、自分の名前が加わり俺は嬉しくなった。
「今日はありがとな」
「おぉ‥‥またな」

翌日、退屈な授業で窓の外をぼんやり見ていたらポケットのスマホが通知を知らせた。
机の下でこっそり確認すると桜からだった。
トーク画面を開くと、俺と桜が仲良くホールケーキを食べている写真が送られてきていた。
するとすぐにもう一つメッセージが届く。
「ことはに撮られてた」
「また行こうな」
俺は嬉しさでいっぱいで、すぐに「行く」とだけ返信しスマホを閉じた。

その授業中、オレはにやけが止まらないままチャイムが鳴るまでやり過ごした。





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