悪霊と戦う蘇枋が、棪堂と柊、十亀、に助けられる話

柊と十亀は棪堂の家に来ていた。
「凄い広いねぇ」
「テレビでかいな」
あまりの豪邸に家中を見渡した。
「こんな広い家に一人で住んでるんだよねぇ。寂しくないの?」
「あ?寂しいに決まってんだろ。だからお前らを呼んだんだ。今日は泊まってけ」
「「はあ?」」
「本気で言ってるの?」
まさかの告白に十亀は目を丸くする。
「悪いかよ。お前らしか呼べねえし。ほんとは焚石と桜がよかったけど……」
「「…けど?」」
棪堂はそっぽを向いて何も言わない。
「変なこと考えないでねえ」
「あ?ちげえよ。あの二人と一緒にいたらオレの心臓がもたねえ」
「好きすぎて?」
「黙っとけ」
棪堂はキッチンの奥へ行ってしまった。

「俺たちほんとにここに泊まるの〜?」
高級そうな革のソファに座る十亀は何だか居心地が悪い。
「まあ、棪堂がそう言うならいいんじゃねえの?」
「そっか‥‥‥」
少しして飲み物を持った棪堂が戻ってきた。
「で、俺たちは何で家に呼ばれたんだ?まさか寂しいだけが理由じゃないだろ?」
柊が聞くと、棪堂は短く笑った。
「はは、話が早くて助かるな」
「えぇ、どういうこと?」
状況が理解できない十亀は二人を見る。
どうやら本題があるみたい。
「単刀直入にいうと、眼帯君の話だ」
「「え?」」
「眼帯って‥‥‥蘇枋のことか?」
「あいつ蘇枋って言うのか」
まさか棪堂の口から蘇枋の名前が出るなんて。
流石に柊も驚いていた。
「蘇枋はさ‥‥‥誰かに狙われてるのか?」
「「は?」」

棪堂の話はこうだ。
一昨日の夜、棪堂はベランダで月を見ながら絵を描いていた。
静まり返った中で聞こえるのは、彼が動かしている鉛筆の音だけ。
だったのに、しばらくすると人の足音が邪魔してきた。
こんな時間に誰だよ、苛立ちながらベランダの下を見た。
街頭に照らされた通りを少年が駆け足で去って行く。
目を凝らしてみたら風鈴の制服、しかも片目に眼帯をつけた奴だった。
危なっかっしい足取りで、チラチラ後ろを振り返っている。
後ろには誰もいないのに。
次の日、つまり昨日もそいつは同じ頃に現れた。
棪堂には見えない何かに追われているのか、蘇枋は怯えているようだった。
ほっとけなくて、棪堂は直ぐに信頼できる二人に連絡した。
桜には言えなかった。


棪堂の話を聞いたその夜、柊と十亀は通りで蘇枋を待ち構えた。
「来たぞ」
2階のベランダから棪堂の声がした。
本当に蘇枋だった。
息を切らして今まで見たことがない顔をして近づいてくる。
「蘇枋‥‥‥‥」
名前を呼んでも蘇枋の目に柊たちの姿は映らない。
柊たちには見えないものが見えているのか、蘇枋は怯えたように後ろを何度も振り返る。
「もう‥‥‥やだ‥‥来ないで」
ふらふらと倒れかけた蘇枋を十亀が受け止めた。
蘇枋は追ってくる何かに襲われたと思ったのだろう。
「嫌だ 離して 離せ」
蘇枋が十亀の手から逃げようと暴れる。
「蘇枋」
柊の大きな声で、夢から覚めたようにようやく蘇枋と視線が合う。
「え…」
「とりあえず中入ろうか」
状況を飲み込めない蘇枋を抱きかかえて、十亀たちは棪堂の家に戻った。

ソファに降ろされた蘇枋はそのまま眠ってしまった。
棪堂は丸くうずくまる蘇枋に布団を被せた。
三人で蘇枋の周りに座る。
最初に口を開いたのは十亀だった。
「つまりさぁ、蘇枋は幻覚が見えるってこと?」
「だろうな。しかも相当酷いもんだろ」
「柊は、桜たちから蘇枋のこと何か聞いてないの?」
蘇枋のことは本当に何も知らなかった。
きっと梅宮も桜も、風鈴の仲間は誰も知らないと思う。
肩をすくめる柊に十亀は「困ったねえ」と眉をひそめた。
その後十亀と柊は風呂に入り、リビングに戻っても蘇枋は眠ったままなので二人も隣で寝ることにした。
棪堂だけは起きていた。
蘇枋が目を覚ました時に気づいてやりたかった。


目を覚ますと見慣れない天井が目に入った。
どこだここ?‥‥‥俺、さっきまで‥‥
「起きたか」
声の主を見て反射的に体を起こした。
「棪堂さん‥‥‥何で」
「まあ落ち着け。俺の家だ。俺が二人を呼んだ」
隣のソファには柊と十亀が寝ていた。
そうか‥‥俺、二人に助けられたんだ
あの時俺は悪霊に食われそうになっていたんだ。
「ほれお茶だ」
棪堂がお茶を入れて持って来てくれた。
「ありがとうございます」
俺が飲み終わるのを待って、棪堂が口を開いた。
「で、お前は何を見てたんだ」
「‥‥‥」
言ったところでどうせ信じてもらえない。
今までずっとそうだった。
クラスメイトにもホラ吹きと言われるくらいだ。
「古代中国の悪霊と戦ってました」
自分で言っても笑えてくる。
なのに棪堂は笑わなかった。
無言でオレを見つめるだけ。
「信じられないですよね。嘘みたいな話ですから」
「まあ‥‥‥信じられないけど、お前の状況見てたらマジで見えるんだなとは思った」
蘇枋の怖がる顔が棪堂の頭に焼きついていた。
「……満月の夜、その前後の日だけ見えるんです。突然現れて襲いかかってくる‥‥」
棪堂が初めて蘇枋を目撃した日は確かに満月だった。
本当なのだろう。
「あぁ‥‥」
言葉が見つからない。
「すみません、迷惑かけて‥‥‥」
寂しい声だった。
「お前、頼れる人いねえの?」
つい聞いていた。
なんとなく蘇枋がひとりぼっちに見えた。
「身内はいません。一人で暮らしてます。桜君たちにも‥‥‥こんなこと言えない……だから‥‥‥」
「大丈夫だ。安心しろ。お前のことは誰にも言わねえよ」
顔をしかめる蘇枋をこれ以上怖がらせたくない。
「そういうことねぇ」
途中から目覚めていた十亀と柊が蘇枋の側による。
「蘇枋‥‥安心していい。俺らがお前のこと守ってやる」
「大丈夫だよぉ」
固く握りしめた蘇枋の手に十亀が自分の手を添えた。
「オレ…」
震える声とともに、蘇枋の目から涙が溢れた。
ずっと一人だった。
誰にも頼れなかった。
信じてもらえなかった。
満月の夜は、ずっと怖くて、逃げて、眠れなかった。
「大丈夫だ」
棪堂の大きな手が頭に触れた。
そのまま体ごと抱きしめられた。
誰でもいい。
俺を受け入れてくれるなら、ずっとこうしていたい。
離さないでほしい。

棪堂と柊、十亀の3人は蘇枋がまた眠りにつくまで寄り添った。









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