ちゃんと見てるよ

「おはよう桜」   
「…はよ」
朝食を食べにポトスにきた桜は、いつものカウンターの席に座った。
すっかり定位置になっている。
「あ、それ」 
ことはがフライパンで焼いているものを見て桜が声を上げる。
「焼きおにぎり、食べたかったんでしょ?」
「おう。これが…」
前にポトスの焼きおにぎりが美味しいと、柿内が教えてくれた。
それでことはに今度食べたいって言ったんだった。
「覚えててくれたのか…」
「まあね。桜はオムライスばっかりだから、たまには違うのもいいわね。はいどうぞ」
焼きおにぎりを二つのせたお皿をことはが差し出す。
香ばしい味噌の香りがした。
焼き立てでまだ熱いから、味噌がのった所を小さく一口かじった。
「うま!」
「ゆっくり食べなさいよ」
ことはも嬉しそうに桜を見つめた。
そのとき扉のベルが鳴り、桜が振り向くと楡井がいた。
目が合うと楡井は嬉しそうに笑うので、桜はギクっと視線を逸らした。
ここ最近、桜は楡井の顔を直視できないでいた。

そんな桜を気にもせず、楡井は桜の隣に座った。
「はい、にれの分」
ことはが楡井にも焼きおにぎりを差し出す。
桜ほどではないが、楡井も時々ポトスで朝食をとっていた。
「わー!今日は焼きおにぎりなんですね。ありがとうございます」
いただきまーすと言って楡井はもぐもぐ食べ進める。
桜は食べ終わってしまったので、しれっと隣で食べてる楡井を眺めることにした。
小さい口に頬張る楡井がなんだか小動物みたいで……
「えっ…なんすか?」
視線に気づいた楡井が目を丸くして桜を見る。
「いやなんか…」
「えぇ!?何で顔赤いんすか?」
「はあー?赤くねえし」
「赤いわよ」
ことはにも指摘され、桜はそっぽを向く。
一瞬頭に浮かんだ言葉を桜は口にすることができなかった。
訳がわからない楡井は、これ以上聞いてはいけない雰囲気なのでとりあえず食べることに集中した。
その間も桜の視線を感じていたが気づかないふりをして、最後の一口を食べ終えたところで思い切って振り向いてみた。
「え」
「な、何だよ」
楡井をじっと見つめていた桜は、急に振り向かれて焦ってしまう。
「桜さん、あの‥‥‥その表情はどういった意味で‥‥」
「はぁ?な、何だよ。俺がどんな顔してるってんだよ」
「いや、自覚がないならいいです」
楡井は今まで見たことのない桜の温かい眼差しに驚いていた。
「別にいいだろ。見てるくらい。お前の食べてる姿がなんか‥‥‥面白いだけだ」
「えっ!面白いって…失礼すよ」
「だー!もういい行くぞ」
正直に言えない桜はじっとしてられず立ち上がる。
「にれ、ちょっと…」
「はい?」
去り際にことはが楡井になにか耳打ちしていたが、桜には聞こえない。
「さっきの桜はね、にれのこと可愛いなぁって思って見てる目」
「え」
ニヤニヤ笑うことはと、目をぱちくりさせる楡井が桜を見る。
「な、何だよ!」
桜はそのまま出て行ってしまうから、楡井も慌てて追いかける。
「待ってくださいよー桜さん」

ことはも外に出て二人を見送った。
気まずいのか、桜と楡井は距離をとって歩いていた。
「はあ‥‥眩しいなあ」
「分かるよ、その気持ち」
「わっ」
突然降ってきた声にのけぞって顔をあげると、蘇枋が横に立っていた。
「そんなに驚かなくてもいいじゃないか」
「いや、だってあんた気配ないんだもん」
心臓のあたりをさすることはを、蘇枋は「あはは」と可笑しそうに笑っている。
「あれは、手を繋いでいるつもりなのかな」
勇気を出したのか楡井は桜の制服の裾をちょこっと掴んでいる。
桜が顔を赤くしているのは容易に想像できた。
「ほんとピュアな二人だよね」
「学校でもあんな感じなの?」
「ん〜桜君は自覚ないみたいだけど、たまにすごく優しい表情でにれ君を見てるよ」
「あぁ‥‥理解した」
ことははさっき見たアレかと、笑う。
「全く……俺もいるのになあ。二人の世界入っちゃって」
「え」
珍しく拗ねたような声に驚いて、ことはは蘇枋を見た。
「ん?」
「いや、意外だなと思って。蘇枋はそんなこと気にしないでズカズカ割り込んでいくと思ってた」
「ええ〜心外だなあ。俺だってそういう時は空気を読むよ」
「ふうん。でも、あの二人は蘇枋を呼んでるみたいよ」
蘇枋がいることに気づいたようで、桜と楡井は振り向いてこちらに手を振っている。
「そうみたいね」
「行ってらっしゃい」

遠慮なんていらないと思う。
桜とにれの世界に、蘇枋はもういるんだから。
三人が見えなくなったところで、ことははふっと笑ってポトスに戻った。














いいなと思ったら応援しよう!