どこまでも優しい君に、かなわない
「人に任せたり頼んだりするのは、最初は少し怖いかもね」
そう言ったことはは、何か思い出しているのか遠い目をして窓の外を見ていた。
お前もそういう経験あるのか?
そう言葉にする前にことはは立ち上がる。
「とにかくさ、桜はみんなの方を向くことね。あんたはそれができる、と私は思うから」
微笑みを向けることはは、「またね」と言って出て行ってしまった。
数時間前
「え!?桜風邪ひいたの?」
「そうなんですよー」
焦っている楡井の後ろで、蘇枋はどこか切なげな表情で立っている。
「二人は今お見舞いに行って来た感じ?」
「そうなんですが……」
楡井はちらりと蘇枋を見て言い淀む。
代わりに蘇枋が口を開いた。
「桜君は寝たら治ると言ってたよ。あんまり長居しない方がいいと思って俺たちは引き上げてきたんだ」
「そう…」
蘇枋の横で楡井は俯いたままだ。
「俺、今日はもう帰ります」
そう言って楡井は顔も上げずに走って行ってしまった。
「…何かあったの?」
蘇枋を見ると困ったような表情をしていた。
「うーん、俺とにれ君の考え方が違くてね。桜君の状況を見たら今日はそっとしておいてやるべきかなと俺は思ったけど…でもほんとはどうするのが正解なのか俺にもわからないんだよね」
珍しく真剣に悩んでいるようなので、ことはは蘇枋のことをじっと見つめていた。
「何かな?」
「あ…いや。桜の状況はよくわからないけど私もお見舞い行ってみようかな」
「君が?」
「だって、にれと蘇枋の様子見てたら気になるし…」
「あぁ……うんそうだよね。余計な心配かけちゃってごめん」
蘇枋はいつもの笑顔に戻ってそう言う。
「じゃあ、私行くわ」
「うん、任せるよ」
たぶん君なら、俺たちにはない視点で桜君を助けてあげられるんだろうな
少し悔しいような、寂しいような気持ちで蘇枋はことはを見送った。
その夜、蘇枋はなかなか寝つけなかった。
今頃、桜君はどうしてるんだろう。
熱だしてないかな…
ひとりで寂しい思いしてたらどうしよう。
にれ君にはあんなこと言ったのに、ほんとは心配だらけだ。
電話してみようかな。
でも寝てたら悪いし…
悶々とした気持ちでいると、スマホが鳴った。
見ると桜君からで、飛び起きて画面を見つめる。
たった今考えてた人から、こんなタイミングよく連絡がくるなんて‥‥
笑みをこぼしながら、通話に切り替える。
「もしもし、桜君‥‥?」
「すお………」
少し掠れた遠慮がちの声を聞いて、嬉しさが込み上げる。
「桜君、体調はもう大丈夫?」
「うん‥‥」
「そっかあ。よかった。心配してたんだ」
「すお‥‥あの、ごめん、こんな遅くに電話して」
「え?そんなことないよ。むしろ嬉しいよ」
「‥‥‥そうか」
電話越しに、桜がほっとしたように息を吐いたのがわかった。
「でもどうして電話くれたの?びっくりしたよ」
「‥‥‥」
寝付けなくて蘇枋の顔が浮かんで‥‥‥
「なんとなく‥‥じゃダメか?」
蘇枋は黙っている。
間違えたかもと、不安になっていると蘇枋がふっと笑ったのが聞こえた。
「桜君、全然ダメじゃないよ。すごく嬉しいよ」
蘇枋の声から本当に喜んでいるのが伝わる。
「なら‥‥よかった」
「うん。いつでも連絡していいからね」
「‥‥‥うん。ありがと、すお」
違う。
俺が蘇枋に電話した理由はちゃんとあるんだ。
言わなきゃ。
「すお‥‥あの‥‥」
「うん?」
「本当は嬉しかった。お前らが来てくれたの」
緊張で声が震えてしまう。
「でもオレ、誰かが見舞いに来るなんて初めてだから‥‥‥その‥‥態度悪くてごめん」
きっとものすごく勇気を出して言ってくれたんだと思う。
桜の震える声からそう伝わってきた。
「桜君、話してくれてありがとう。俺もね、本当は不安だったんだ。でも、桜君がそう思ってくれてたなら良かったよ」
「‥‥‥うん」
「明日はみんなで待ってるから。今日はゆっくり休んでね」
「うん」
電話を切った後、蘇枋は布団に倒れ込んだ。
はあ‥‥‥桜君、君って人は‥‥‥
幸せな気持ちで眠りに落ちた。