蘇枋さんと弟の話
「兄ちゃん何作ってるの?」
目覚めた弟がキッチンに入ってきた。
「クッキーだよ」
「また?今度は誰にあげるの?」
「クラスメイトの杉下君。11月が誕生日なんだ」
「まだ先じゃん?」
「ん〜まあそうなんだけど……練習しときたくて。一応ね」
「へぇ〜気合い入ってるね」
弟はニヤニヤしている。
「……そうかもね。彼の喜ぶ顔、見たいんだよねぇ」
珍しく素直に認めた俺に驚いたのか、弟は目をぱちくりさせた。
「好きなの?」
「は?」
「だってそうじゃん!自分のお菓子で喜んでほしいって、もう好きってことじゃん」
なぜか弟が顔を赤くしている。
桜君みたいだ
「何で笑ってるの?」
にやけが止まらない俺を、弟がむっとして見上げてくる。
「ん〜?面白いなと思って」
「何でよ!兄ちゃんこそ、そいつのこと好きなくせに」
「あはは。そういうじゃないんだけどなぁ。好奇心っていうのかな、普段あまり笑わない人が笑ってくれたら嬉しいでしょ?杉下君の反応が楽しみなだけだよ」
ちょうど焼き上がったようで、オーブンが鳴った。
「わぁ〜いい匂い。味見していい?」
「いいよ」
弟は嬉しそうに鉄板から焼きたてのクッキーを一つとった。
「あっつ〜」
弟は口をハフハフさせながらクッキーをちょっとずつかじった。
「おいひぃよ」
俺が静かに見つめていると、ちゃんとそう言葉にしてくれる。
「よかったぁ」
俺も一つつまんだ。
「ねえ、兄ちゃんって本当に好きな人いないの?」
さっきの話を思い出したのか、弟がまた聞いてくる。
「気になるの?俺の好きな人?」
ちょっと悪戯っぽく揶揄ってみると、弟の顔が赤くなる。
「ち、違うし!」
可愛いな。
やっぱり桜君みたいだ
「俺の好きな人はね、素直で、可愛くて、すぐ顔を赤くしちゃうんだ」
「え?」
自分のことを言われていると思ったのか、弟は目を丸くしてオレを見た。
オレはふんわり笑って見つめ返した。
俺の可愛い弟
もちろん大好きだよ。
頭をくしゃっと撫でると、弟は照れた顔でプイッと目を背けた。
「兄ちゃんってずるいよね」
「何で?」
「わかってるのに、そうやって聞いてくるんだもん」
弟はクッキーをもう一つとって、顔を赤くしてキッチンを出て行った。
確かに、ずるいのかもしれない。
桜君や弟みたいな人の前では特に。
可愛いからつい意地悪してしまう。
まぁ仕方ないよね。
オレはクッキーをもう一つ齧って、残りはラッピングした。
これは桜君たちにあげよう。
ふと杉下君の顔が頭に浮かんだ。
彼、笑ってくれるのかなぁ。
来月が楽しみだ。