蘇枋と海辺を歩く
蘇枋と二人で海に来ていた。
波の音を聞きながら、好きな人と海辺を歩く。
それは桜の小さな夢でもあった。
そしてもう一つ、してみたいことがある。
蘇枋と手をつなぎたい
チラッと横を見ると蘇枋と目が合う。
柔らかく笑う蘇枋がとても綺麗だった。
「ちょっと座ろうか」
蘇枋がサラサラの砂の上に腰を下ろすので、俺も隣に座った。
「風が気持ちいいね」
蘇枋は両手を砂につけて、目を閉じて風を感じている。
あぁ…
俺は自然と蘇枋に顔を近づけていたみたいで
「どうしたの?」
目を開けた蘇枋が笑って俺の頬を突く。
「なんでもねえ」
俺はプイッと顔を離して前に向き直る。
夕日に照らされているせいか、蘇枋の顔がいつも以上に輝いて見えた。
「ねえ桜君」
蘇枋が起き上がって俺を見る。
「山作ろう」
「山?」
「砂山だよ」
そう言う蘇枋は手元の砂をあさって盛り上げていく。
「ちょっとやりたいことがあるから手伝ってよ」
不思議そうに見ている俺に、蘇枋がふんわり笑って言う。
「なんだよやりたいことって」
そう言いつつ、俺も砂を盛っていく。
「完成してからのお楽しみだよ」
蘇枋はなんだか楽しそうだ。
よくわからないけど、蘇枋の真似をして俺も黙って砂を運ぶ。
手ですくうとさらさらこぼれ落ちていく砂の感触が、けっこう気に入った。
「よし、これくらいでいいかな」
ちょうど俺らの目線くらいまで砂を積み終わったところだった。
「桜君、そっちから手入れて」
「は?」
「俺はこっちから伸ばすから」
蘇枋は砂山の真ん中くらいに手を突っ込んだ。
あぁ、そういうこと‥‥‥
俺も理解して、反対側から手を突っ込む。
砂の中は温かかった。
「もうちょっとで届きそうだね」
砂山を挟んで蘇枋が俺に笑いかける。
「これがやりたかったのか?」
「うん」
蘇枋が答えたタイミングで、俺の手は蘇枋の手に触れた。
「あっ…」
「繋がったね」
蘇枋は嬉しそうに笑う。
砂の中で感じる蘇枋の手。
俺より少し大きくて、砂のせいなのかやっぱり温かい。
「いつまでこうしてるんだ」
砂の中で互いの手を握ったまま見つめ合うのは恥ずかしかった。
「桜君が離すまでかな」
「は?お前が離せよ」
「嫌だよ。オレはずっと繋いでたいし」
笑いながらそう言う蘇枋はやっぱり綺麗な顔で
「お、俺もほんとは蘇枋と手、繋ぎたかった」
照れくさいけど素直に言葉がこぼれた。
俺の手を握る蘇枋の手に力がこもる。
そのままグイッと上に持ち上げられた。
「何すんだよ」
俺らの手は砂山を貫通し、山は一気に崩れてしまった。
「こっちの方がいいでしょ」
蘇枋は握っている俺の手を軽く振ってみせる。
「これじゃ握手と一緒じゃん」
膝立ちで互いの手を握る姿は、不格好に見えるだろう。
「あはは、それもそうか。じゃまた歩こう」
蘇枋は立ち上がって俺の手を引っ張る。
俺は蘇枋と手を繋いで砂浜を歩いた。
嬉しかった。
今まで自分で何かをしたいと思ったことはなかった。
なんとなく流されるように漠然と生きてきた。
でも、蘇枋と出会ってから俺は少しずつ変わった。
欲が出てきた。
初めて自分からしたいことができた。
たから今日、自ら蘇枋を誘って海に来た。
「蘇枋、ありがとな。一緒に来てくれて」
俺が立ち止まると、蘇枋は手を繋いだまま振り返って俺を見る。
蘇枋が一歩近づき、互いの距離が縮まる。
「こちらこそ嬉しかったよ、桜君が誘ってくれて」
目の前で蘇枋が微笑んでいる。
好きな人が俺だけを見ている。
あぁ…なんだろうこの感覚
恥ずかしくて逃げ出したいのに、もっと近づきたいとも思う。
胸のあたりがキュッと締まるようで少し苦しい。
「おゎっ!?」
いつの間にか蘇枋に抱きしめられていた。
「蘇枋?」
「好きだよ桜君」
耳元でそう囁かれた。
ゆっくりと腕をゆるめて俺を見た蘇枋の顔は、薄く染まっている。
あぁ‥‥‥
俺も自然と蘇枋を抱きしめていた。
「桜君?」
耳元で蘇枋の声がする。
「‥‥すきだ、蘇枋の全部が、すき‥‥」
普段言えないことも、そういう雰囲気になると口をついて出てくる。
「嬉しいなぁ」
蘇枋の優しい手が俺を包んでくれた。
顔を離した蘇枋が俺の頬に指を当てる。
「嬉し涙?」
言われて初めて自分が泣いていることに気づいた。
人前で涙を流すなんていつぶりだろう。
なんとなく恥ずかしくて頭を振って涙を乾かす。
「泣いてねえ」
「強がらなくていいのに」
強がる俺を蘇枋は目を細めて見ている。
「笑うなよ」
「嬉しいんだよ」
蘇枋が俺の手をとって歩き出すので、俺も蘇枋の手をそっと握り返した。
帰り道の砂浜はなんだか長く感じた。