炊き立てのお米
「桜さーん!お邪魔します」
ウキウキした気分で桜の家の扉を開けて中に入る。
「おう来たか。つかそれ、めっちゃ重そうだな」
桜は楡井が両腕に抱えている炊飯器を見て言う。
「へへ、さすがに家からここまで運ぶのはちょっと疲れました」
楡井がヘラっと笑って言う。
「お米は買ってくれました?」
「おう」
楡井に代わって桜が炊飯器を部屋まで運ぶ。
「じゃあ、早速お米の準備しましょう」
楡井は両手を合わせて言う。
「何すればいいんだ?」
「まずはお米を研ぎましょう」
台所にはすでにボールとお米が用意されていた。
「あ、あきたこまちだ。オレこの品種好きなんすよ。小粒で食べやすくて」
「ふーん」
わからない顔をする桜に、「食べたらわかります」と答える。
お米は桜に研いでもらった。
ひと通り準備が終わり、炊飯器にセットする。
「それでは桜さん、スタートボタン押してください」
リビングに戻って、楡井は桜の布団の上に座った。
桜もお茶を手渡しながら隣に腰を下ろす。
桜と二人っきりになるのは久しぶりだった。
別に気まずいわけではないけど、何となく話すことが見当たらないのでお茶を飲んだ。
「なんか言えよ」
「え」
桜を見ると真顔でお茶を飲んでいるところだった。
楡井と同じく桜も話すことがないらしい。
「いやあ、なんかボケッとしちゃって。桜さんは最近いいことありました?」
とりあえずパッと思いついたことを聞いてみた。
「いいこと…」
桜はしばらく考えてから
「蘇枋の弱点がわかったこと」と答える。
「蘇枋さんの弱点?何ですか」
意外な答えに楡井は驚いて聞く。
「耳だ。アイツは耳が弱い。前に、蘇枋のピアスが綺麗だったからちょっと触れようとしたら、アイツ耳を覆ってさ。嫌とかそういうんじゃなくて、顔を赤くしてたんだ」
「へぇ〜意外ですね。ていうか、桜さんもなかなか大胆ですね」
「そうか?」
「蘇枋さんって、近づきすぎると距離とられそうじゃないすか」
桜は何で?というように
「お前にならそんなことないだろ」と言う。
当たり前のように言う桜のその一言が、楡井はとても嬉しく感じた。
「お前はなんか良いことあったのか?」
「オレは桜さんといま二人で話せているのが嬉しいです」
楡井は思ったことをそのまま伝えた。
チラッと桜を見たら恥ずかしそうに首元に手をおく。
「お前、よくそんなストレートに言えるな。蘇枋に似てきてないか?」
「え、蘇枋さん?」
まさかまた蘇枋の話が出てくるとは思わなかった。
「お前ら師弟関係だから影響受けてるんだろ」
しかもそこと結びつけてくるなんて、なんだか可笑しくてつい揶揄ってしまう。
「桜さんこそ、蘇枋さんのこと好きすぎでしょ」
「はあ?何でそうなる」
桜は顔を赤くして大声を出す。そのときちょうど炊飯器がピピッーと鳴った。
桜が炊飯器の蓋を開ける。
お米特有のあまい香りが一気に立ち込める。
桜はスンと湯気の中に顔を突き出して匂いを嗅いでいた。
「やっぱり炊き立ての匂いは良いですね」
「ああ。いいな」
楡井はしゃもじで炊き上がったお米を軽く混ぜる。
一口分くらいすくって桜にわたす。
「炊き立て美味しいので、食べてみてください」
桜は熱々のお米にふっーと息をはき口に入れた。
「んまっ」
もぐもぐ食べる桜は本当に美味しそうで、楡井は嬉しくなった。
「炊き立てこんな美味いのな」
桜はもう一度しゃもじでお米をすくって食べる。
「よかったあ、喜んでくれて」
お米が冷めたら、楡井は塩おにぎりを作った。
桜も手伝ってくれた。
初めてなのに綺麗な三角おむすびで、器用だなと楡井は感心した。
ちょうどお昼の時間になったので、二人はにぎった塩むすびを食べることにした。
「冷めても美味いな」
「ですね」
桜とふたり並んでおむすびを頬張りながら楡井の心は幸せでほっこりしていた。
「幸せだな」
ポツリと口に出ていた。
「だな」
桜もポツリとつぶやき、
「楡井と食べるからより美味い」とボソッと続けた。
楡井は嬉しさが込み上げてきて隣の桜を見て言う。
「桜さん、オレもです」
「そうかよ」
桜は恥ずかしそうにおにぎりを一口かじった。