蘇枋のことが気になる桜
ぼーっとしていたらふと窓際でジャージに着替えていた蘇枋と目が合う。
蘇枋の表情が変わらないうちに、オレは顔を隠すようにジャージを頭から被った。
「ねえ、さっきオレのこと見てたよね」
楡井と3人で体育館に向かっている途中、蘇枋がオレの手を引いて囁く。
「…見てねえ」
「でも目があったよ。何見てたの?」
腹がチラッと見えた。
なんて言えるわけない。
「なんでもねえよ」
「ふぅん」
「なんだよその顔」
「別に〜」
蘇枋は見透かしたような笑顔で俺を置いて楡井の方へ歩いて行く。
なんだよ…
今日の体育はドッジボールだ。
蘇枋は相手チーム。
またしても蘇枋を目で追っていたオレはボールが飛んできたのに気づかなかった。
ゴンと鈍い音を立てて、ボールがオレの頭に激突した。
「さ、桜さん!大丈夫ですか!?」
「珍しいね。桜ちゃんがボール落とすなんて」
楡井と桐生が駆け寄って来る。
「杉下、笑ってるぞ」
「いつになく嬉しそうだな」
向こうのコートからドヤ顔を向ける杉下。
俺は仕方なく外野に出た。
何となく参加する気が起きなくて、しれっと壁側に座った。
オレの様子を見ていたようで、蘇枋もこっそり抜けてオレの隣に座る。
「珍しいね桜君が当たるなんて」
桐生にも言われたな‥‥
「ぼーっとしてただけだ」
「ほんとに?」
蘇枋が俺の顔を覗き込む。
いっそのこと、言ってしまおうか。
「お前のこと見てた」
「やっぱりね」
「気づいてたのか?」
「うん、ずっと視線を感じてたよ。今日だけじゃなくて、最近オレのことよく見てるなあ〜ってね」
「なっ!」
顔が一気に熱くなる。
全部バレてた‥‥
「あはは、気づいてないと思った?」
「お前がなんも言わねえから」
「言うと桜君、逃げちゃいそうだからね」
「んぐ…」
「オレのこと気になるの?」
気になる?
そうなのだろうか…
「なんか勝手に蘇枋に目がいく」
正直に言葉が出た。
蘇枋は黙っている。
「いゃ‥‥だった?」
不安になって聞いた。
「嫌なわけないよ?でも、意識はしちゃうかな」
「意識?」
「もしオレが桜君のことばかり見てたらどう思う?」
「‥‥‥恥ずかしい」
「そうでしょ?オレも恥ずかしいんだよね」
蘇枋はちょっと眉を下げて微笑む。
「そんなふうに見えない」
蘇枋はいつだって余裕そうに見えた。
「ふふ、そんなことないんだけどなあ」
蘇枋の顔がうっすら赤く染まって見えるのは気のせいだろうか?
その時、速いボールが飛んできて蘇枋の頭に激突する。
「イッ〜」
「だ、大丈夫か?」
頭の横をさすっている蘇枋に近づいて聞く。
「わるい蘇枋!ごめんな」
慌てて柘浦が駆け寄ってくる。
「大丈夫だよ。こんな所で話してる俺が悪いから」
蘇枋は何でもないと言うように、へらりと笑って言う。
一時中断したドッジボールがまた再開された。
「さっきすごい音したぞ」
なぜか顔を背ける蘇枋をオレは無理やり覗き込む。
「だ、大丈夫だよ」
そうは言うけど、蘇枋は俺と顔を合わせようとしない。
「なあ、何でこっち向かねえの?」
「…え〜とね、今はちょっと無理かな」
「だから何でだよ?!」
「なんでもだよ」
「はあ?」
よくわからないけど、蘇枋が嫌がるから俺は見ないであげた。
少しして、蘇枋の顔が元に戻る。
「もういいのかよ」
俺がチラッと見ると蘇枋と目が合う。
いつもの蘇枋だった。
「うん、もう大丈夫だよ。ありがとね」
何がありがとうなのかよく分からない。
「…変なやつ」
吹き出すようにボソッとつぶやいた。
「笑わないでよ。俺だって急に君に見つめられるとちょっとびっくりしちゃうよ」
そう言って蘇枋はそっぽを向く。
えぇ〜!?
そ、そうなのか?
「お前でもそんな事あるんだな」
俺は感心して蘇枋を見つめた。
「見ないでよ」
小さくそう呟く蘇枋がなんだか可愛く見えた。