焚石の部屋
今日は棪堂と焚石が出かけている。よって家にはオレ一人だ。何もすることもなく、ソファでだらだらとテレビを見ていた。二人がいないとこんなにもリラックスできるのか。二人との生活に慣れてきたとはいえ、やはり一緒にいると緊張する。だから今、この広い部屋で一人のんびり過ごせるのは、とても快適だ。
CMに入ったところで、トイレに行こうと立ち上がった。リビングを出ると自分の足音が人気のない家に響く。
焚石の部屋の前を通り過ぎようとしたとき、扉が開いていることに気づいた。珍しい。ほんの僅かしか開いていないが、扉の隙間から部屋の中の光が漏れる。
オレは立ち止まってその隙間を覗く。ざっと見た感じ、何の変哲もない部屋だった。特に目立ったものが見当たらない。それが、逆にオレの好奇心をくすぐる。ありふれた部屋なら見られても大丈夫。別に問題はないだろう。そう思って、オレはゆっくりと扉を開けていた。
ぎー……。
静かな家に扉の音が妙に響いた。
正面に勉強机がある。向かって右側にはベッドがあり、その上に布団がきれいに敷かれている。向かって左側には本棚があった。ざっと30冊くらいか。全ての本にブックカバーがかけられている。
(どんだけ秘密主義なんだよ!)
机には教科書とノートが広げてある。勉強していたことは見てわかる。
ふと机の上に目を移すと、写真立てがあった。そこには二人の人物、焚石と梅宮が映っていた。高校の入学式の写真だろうか。焚石は相変わらず無表情で、反対に梅宮は満面の笑みを浮かべて楽しそうにピースしていた。
こんなにも正反対な二人が一緒にいるのは何だか可笑しくて、フッと笑ってしまう。
部屋の中をもう一度ゆっくり見渡す。
(ふつうの部屋だな……。)
別に何か特別なことを期待したわけではない。が、部屋を見たら焚石のことが何かわかるかもと、ちょっと期待していた。でも、あまりにもふつうの部屋だから良い意味で裏切られた。
気になる点を強いて挙げるなら、やはり本棚だ。あいつの読んでる本が気になる。ブックカバーを外してみたいという衝動に駆られる。
(いゃ〜さすがにダメだよな。
勝手に人の部屋入ってる時点でダメだよな。
他人に本棚を見られるのはオレだって嫌だし。
自分の心を見られている感じがするから……)
冷静になって考えていると、
ガサガサガサ……
外から物音がした。
(ヤバい!?焚石たち帰ってきたかも。)
オレは息を殺して扉へと向かう。
部屋から出ようとした瞬間、人影がぬっと現れた。
(しまった)
そう思った途端、オレ前に焚石が立っていた。相変わらずの無表情で何も読み取れないが、たぶん怒っている?
(謝らないと……)
オレが口を広かより先に、焚石が言う。
「何してる」
(何って、その……。いやここは謝らねば)
「焚石、ご、ごめん。その…扉が開いてたから勝手に入っちゃって……。」
おそるおそる焚石の顔を見上げる。目が合ったと思った瞬間、焚石がオレの方に歩み寄ってくる。
(ヤバい!殴られるぅー)
思わず目を瞑ったら、オレは腕を掴まれベッドに押し倒されていた。上から焚石が覆い被さってくる。
(なんだなんだ、どういう状況…?)
「た、たきいし?お、重いよ」
オレは焚石の重さに押しつぶされそうになる。反応がないので、体をグッと持ち上げる。ちょっと軽くなり、頭を捻ると焚石のぐったりした顔が見えた。
目を瞑って寝息まで立てている。
(こいつ、まさか寝ているのか!?
この状況で……?
やっぱり意味不明だわ、おまえ)
よく見ると、目の下に薄ら隈ができていた。
(寝不足なのか……)
オレは巻き付かれた焚石の腕を解いて、体を持ち上げる。オレの膝に頭をのせて寝ている焚石。スースーと寝息を立てているのもあって、何だか幼く見えた。思わず手で髪を撫でる。この可笑しな状況にオレはフッと笑った。
何はともあれ、殴られなくてよかった。内心ほっとして、大きく一呼吸した。
膝枕で身動きがとれない桜だったが、焚石の貴重な寝顔を見られて悪くないと思った。
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