もうしないから、ごめんね‥‥
「すおちゃん、大丈夫だから」
蘇枋の震える手に、りんごを刺したフォークを握らせる。
手に力が入らないようで、桐生は蘇枋の手に自分の手を重ねた。
「ほら持てたじゃん。今度は食べてみよ」
ゆっくりとりんごを蘇枋の口元に持っていくけど、蘇枋は口を固く閉じたままだ。
「…い、やだ。怖い」
「どうして?」
「吐いちゃうかも」
「そっか〜それじゃ仕方ないかあ」
すおちゃんが頑張って食べてみるって言うから準備してみたけど、やっぱり無理そうかな。
なんだか泣き出してしまいそうでこれ以上無理をさせたくない。
だから「もういいよ」と蘇枋の手からりんごを取ろうとしたが、蘇枋はフォークを握ったまま離さない。
「すおちゃん?」
「桐生君……怒ってる?」
「何で?怒ってなんかないよ」
「オレまた食べれなかったから…」
オレに呆れられたとでも思ったのだろうか。
蘇枋は哀しそうに俯いている。
「ゆっくりでいいんだよ」
安心させたくて、蘇枋の髪を優しく撫でた。
顔を上げた蘇枋の目には涙がたまって今にも溢れそうだ。
「大丈夫だよ、すおちゃん」
哀しい表情なのに、どこか美しさもあって。
思わず蘇枋を自分の方へ寄せてぎゅっと抱きしめる。
すおちゃんは人前でものを食べられない。
二人のときに、ふとそんなことを漏らした。
理由は教えてくれなかったけど、人前で食べるのがとにかく怖いみたい。
それがどういう恐怖なのかオレには全く想像がつかないけど、すおちゃんが怖いと言うなら怖いのだ。
でも、本人は克服したいみたいだから「協力するよ」と言ったら、嬉しそうに「ありがとう」と言われた。
休日家に呼んで、特訓が始まった。
フルーツが好きみたいだからこれまで色んな果物を試したが全部食べられなかった。
今日のりんごもダメみたいだ。
お皿にのった手のつけられてない林檎が二人の目の前に置いてある。
もったいないから食べようと、俺はりんごを一切れかじる。
美味しいのになあ…
視線を感じて蘇枋を見ると、やっぱり俺のことをじっと見ているから、つい笑ってしまう。
「そんなに見つめられたら恥ずかしいよ」
「怖くないの?」
「…ん?怖くはないよ?」
何で怖いなんて思うのだろう?
俺が不思議そうにすおちゃんを見ると、また寂しそうな目をする。
「すおちゃんは食べてるところ見られるのが怖いの?」
「うん」
「なんで?」
「…」
やっぱり教えてくれないか。
まあいいけど。
自分でもなんでこんなことしてしまったのか分からない。
でも、すおちゃんは俺なら許してくれる気がして。
オレはすおちゃんの口に食べかけのリンゴを無理やり押し込んだ。
「ん!」
「ほら、すおちゃん大丈夫だから。噛んでみて」
涙目になりながら頬を膨らませる蘇枋は、吐き出したいけどできないらしい。
俺が見てるからかな?
立ち上がろうとする蘇枋の手をつかんで座らせる。
蘇枋も吐けないことがわかったみたいで、しだいに小さな口がモゴモゴ動かされた。
俺がじっと見続けても、蘇枋は俺と目を合わせることはなくただひたすら咀嚼していた。
それがあまりにも苦しげで、自分でしておきながら申し訳ない気持ちになった。
口の動きが止まったのを見て、俺はすおちゃんを抱きしめる。
「すおちゃん、ごめんね」
「桐生君、何のつもり?」
「ごめんやり過ぎた。怒っちゃった?」
「当たり前でしょ」
顔を離すと、むすっとした顔をした蘇枋が自分を見上げている。
不機嫌だけど、敵にだけ向けるあの冷たい目をしていなかったから少しほっとした。
もう一度、ごめんねと蘇枋を包み込むと、くぐもった声がした。
「桐生君のばか……」
俺の腕の中で震えはじめてしまったすおちゃん。
たぶん、泣いてる‥‥
本当に怖がらせてしまったみたいだ。
はあ‥‥‥
何でこんなことしちゃったんだろう
今になって後悔が押し寄せてきた。
大事な人を傷つけてしまった
その悲しみで胸が苦しくなる。
「本当にもうしないから、ね」
きっと今、顔を見られたくないだろうから。
俺はただすおちゃんの背中をそっとさすり続けた。