お前は誰なんだ

ずっとわからない。
目の前で眠っている眼帯をつけた青年。
「お前は兄と弟、どっちの蘇枋なんだ?」
答えはない。
こうなったら試すしかない。
兄の蘇枋にかつてされたように、桜は正体不明の青年の唇にキスをした。
狂っているのは俺もか‥‥‥

「オレは十亀。今日からよろしくねぇ桜」
しゃがんで手を差し出す男、この人が今日から俺の看護師らしい。
大きな手に触れると優しく握り返された。
緑色の優しげな瞳が自分を見つめている。
いつまでこうしてるのだろう。
温かい手の中でぴくっと指を動かすと、ゆっくり手が離れていく。
「さて、部屋に案内するよ」
手を引かれ桜は自分の部屋に案内される。
途中、広場みたいなスペースで桜と同じくらいの子たちを数人見かけた。
本を読んだり折り紙したり、各々自由に過ごしている。
「ここは基本的にご飯を食べる場所だけど、日中はこうやって遊び場に使ってるんだ。桜も慣れてきたら来てみたらいいよ」
桜の視線に気づいて十亀が教えてくれる。
その時ふと強い視線を感じたが、十亀が歩き出すので桜も振り返らずについて行った。

部屋は個室だから自分しかいない。
「夕飯までまだ時間あるからゆっくりしててね。また呼びにくるから」
一通り部屋の説明が終わり十亀は部屋を出て行く。
桜はベッドにごろんと寝転がった。
入院が決まったのはついさっきだ。
こんな事になるなんて、人生何があるかわからない。

先日行われた学校の身体測定。
桜は心臓の検査で引っかかった。
だから今日、要検査のため総合病院に来ていた。
よくわからない大きな機械の中で20分くらいじっとしていたら、ようやく医者の声がかかる。
心配はいらないとのこと。
身長の割に体重が低く、そのせいで心音が弱くなっているみたいだ。
しばらく安静にしてれば元に戻るから入院してねと言われ、最初は驚いた。
でも、学校の奴らに会わなくてすむし、ここにいれば温かいご飯も食べられる。
桜は素直にわかったと頷いた。

「ねえ」
人の声で目が覚める。
眠ってしまったらしい。
体を起こすと桜と同じくらいの身長の子が桜の顔を覗き込んでいる。
綺麗な子…
桜がぼーっと見ていると、その子は顔を近づけてくる。
「な、何?」
大きな赤い瞳がじっと桜の目を見つめる。
「一緒だね」
微笑みながらそう言われた。
「何が?」
「また今度ね」
桜の質問には答えず、不思議な言葉を残して離れていく。
意味がわからない。
桜の瞳は両目とも違う色だ。
そのせいで周りが変な目で見てくるのはもう慣れっこだ。
でも少年はどこか嬉しそうだった。
「変な奴」
ぽつりと本音を言うと、少年は満足そうにまた笑った。
同時に、十亀が部屋に入ってくる。
「蘇枋、勝手に他の部屋に入っちゃダメでしょ」
十亀は桜に蘇枋を紹介する。
どうやら桜と隣の部屋みたいだ。
十亀が話している間、蘇枋はさっきと違い無表情で、桜はただ驚いて蘇枋を見つめていた。

「なあ、ちょっと食べたら?」
食事中、蘇枋は一口も食べず、ずっと桜に向かって話しかけてきた。
好きなもの、嫌いなもの、初めは自己紹介だと思って聞いていたが、だんだん悪霊の話とかチャイナ服がどうとか意味のわからない話になり、桜は蘇枋の話を中断した。
「蘇枋?」
言い方が悪かったのかもしれない。
蘇枋はパタリと口を閉じ、目の前のご飯を見つめている。
「食べたくない」
悲しい声で呟く。
さっきまでの楽しい雰囲気はどこへ行ってしまったのだろう。
空気が急に重くなる。
「何で?これ美味しいよ」
自分のポテトを口に頬張りながら桜が言う。
「じゃあ食べさせて」
「え、」
「君の手なら食べれるかも」
よく分からないがその気になってくれたから、桜は蘇枋にあーんする。
「どう?」
「…うん。君なら大丈夫そう」
蘇枋は小さな口でポテトをもぐもぐ食べながら嬉しそうに笑う。
「不思議だね。僕、弟がいないとご飯食べられないんだけど」
言いながら蘇枋は桜の手についた塩を舐めた。
「やっぱり変な奴」
勢いよく蘇枋の口から指を引っこ抜いて言った。
怪訝な顔を向けても蘇枋は気にしてないようで、「次これ食べたい」と言う。
何だよこいつ。
俺より変だ…


その日から、桜と蘇枋はすぐに仲良くなった。
安静にする必要がある桜は基本的にベッドの上で過ごしていたが、蘇枋が話し相手になってくれるから退屈にならない。
蘇枋は世界の童話や世界のお菓子について詳しく、桜は聞いてるだけだったけど自分の知らないことを知るのは楽しかった。
ご飯は桜が食べさせてあげた。
じゃないと蘇枋は本当に一切口にしない。
何故なのか。
それはまだ聞けてない。
でもきっと蘇枋がここにいる理由と関係があるのだろうと桜は思った。


ある夜、寝付けない桜はベッドでごろごろ寝返りを繰り返していた。
今日はなぜか目が冴えていて眠れない。
羊を30まで数えたところで、トントンと音がする。
耳を澄ますと隣の部屋の壁から誰かがノックしているようだ。
蘇枋か?
桜もトントンとノックを返す。
それきり音はなくなった。
しばらくして、カチャりと部屋の扉が開いた。
「蘇枋!」
「シー!」
蘇枋が桜のベッドに飛び込んでくる。
「バレたらやばいだろ」
そう思うが、蘇枋は桜に抱きついて離れない。
「お願い。一緒に寝て」
いつもと違う声で桜は驚く。
暗くて顔はよく見えないが、蘇枋は寂しそうだった。
二人で布団にくるまる。
「桜、ありがとね」
いつもの明るい声に戻っていて少しほっとした。
「眠れなかったの?」
「うん。桜も?」
「そう」
「一緒だね」
そう言われて思い出す。
初めて蘇枋が桜の目を見た時に嬉しそうに呟いた言葉。
「あれってどういう意味なの?」
聞くと蘇枋はヒソヒソ声で教えてくれた。
「僕の弟も桜と一緒のオッドアイなんだ」
そんなことあるのか。
自分と同じ目の奴がいるんだ。
桜は嬉しく思った。
「嬉しい?」
「うん、俺と同じ奴初めてだから」
「会いたい?」
会えるのか?
「桜と同じ年だよ、偶然だね」
「お前と似てるの?顔…」
「うん、そっくりだよ」
「へえ」
「僕ね、弟のことが世界一好きなんだ。桜はその次に好きだよ」
急に何だよと口を開くこうとするができなかった。
蘇枋に唇を塞がれていた。
「な、何する?!」
「弟によくキスしてたから、桜にもしただけ」
狂ってる…
俺はお前の弟じゃない。
「変な奴」
結局、蘇枋に対して思うのはこれだ。
その日は一緒にぐっすり眠ってしまった。


入院して2か月経つと、退院の許可が出た。
嬉しいとは思わなかった。
蘇枋と一緒にいるのが当たり前になってたから、退院したら蘇枋にもう会えないのかもしれない。
それは寂しい。
「蘇枋はまだ退院しないの?」
十亀に聞くと、その顔が曇る。
「蘇枋は……ごめんね言えないんだ」
「そっか」
桜がいなくなったら蘇枋はどうなるのだろう。
桜は心配だった。
蘇枋に食べさせてあげられるのは自分しかいない。



「ねえ蘇枋。一つ約束して」
布団の中で蘇枋の手をそっと握る。
蘇枋はなあにと桜をじっと見る。
「病院の外でまた絶対会おう」
言うと蘇枋は震え始めた。
「蘇枋?」 
体を丸める蘇枋に、桜は心配になる。
何か間違えたかも…
蘇枋がいつからここに居るのか知らない。
もしかしたら生まれた時からずっと…?
そんな考えが浮かび、しまったと思った。
なんて無神経なことを言ってしまったんだ。
「ごめん蘇枋……俺…」
それ以上言葉が見つからない。
ただ、泣いてしまった蘇枋の背中を優しくさすることしかできなかった。

その日を最後に、桜は蘇枋と会えなくなった。
なぜか蘇枋は病棟が変わってしまった。
桜はますます心配になったがついに退院の日が来てしまう。
3ヶ月ぶりに病院の外に出たら空気が美味しく感じた。
ふと視線を感じて病室を見上げると、カーテンが揺れてる部屋があった。
直感で蘇枋だと思った。
しばらく見上げていたが、蘇枋の顔が現れることはなかった。



顔を離すと青年は目を開けていた。
「わかった?」
記憶に残る唇の感触が違う。
「‥‥‥お前は弟の方だな」
聞くと、蘇枋は微笑む。
「そう、俺は弟の蘇枋」
言いながら眼帯を外す。










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