面倒くさい桜君
今日は桜も楡井と蘇枋の特訓について来た。
放課後することがなくて、俺も一緒に行っていいか?と聞いたら二人は快くOKしてくれた。
桜は河辺のベンチに座って二人の特訓を眺めることにした。
一段落ついて、楡井と蘇枋が桜の元にやって来た。
「お疲れ」
「どうでしたか?俺の動き」
楡井にタオルを渡すと、すかさず質問が飛んできた。
「…まあまあいいんじゃねえの」
「っふ、何で桜君が赤くなってるの?」
蘇枋に笑われて桜はそっぽを向く。
「うるせえ!こんなに動けると思ってなかったし…」
正直、楡井の成長ぶりに桜は驚いていた。
「よかったねにれ君。って大丈夫?」
蘇枋の声で桜も楡井を見る。
俯いていた楡井が急に桜に抱きついてきた。
「桜さ〜ん!オレ嬉しいです」
「ちょっ、おい!くっつくな」
なんとか楡井を引き離して桜は立ち上がった。
「ったく、何なんだよ」
「あはは」
慌てる桜と顔を輝かせる楡井を、蘇枋は楽しそうに見つめていた。
「あの…桜さん」
楡井がおずおずと桜に話しかける。
「なんだ?」
「俺がさっきやってたダンゴムシ戦法、桜さんもやってくれませんか?」
「は?何でだよ」
「いや…お手本を見たいというか…」
楡井はチラリと蘇枋を見る。
「蘇枋さんもいいですか?」
「え、俺?にれ君と桜君でやってよ」
蘇枋は逃げるように一歩下がる。
「‥‥蘇枋さんと桜さんのが見たいです」
楡井が蘇枋に顔を近づけてお願いする。
「いゃ…俺は遠慮しとくよ。桜君面倒くさそうだし…」
「あ?面倒くさそうってなんだ?俺はいいぜ。せっかくだし組手しようぜ」
「えぇ〜何でそうなるの?嫌なんだけど」
分かりやすく嫌そうな顔をする蘇枋と反対に、桜はやる気が出ていた。
結局、蘇枋は桜の勢いに負けて、仕方なく桜と向かい合う。
「はは、こんなふうにお前と正面で構えるのは初めてだな」
「ずいぶん楽しそうだね」
いつになく興奮している桜を蘇枋は呆れて見つめる。
「お前、本気でやれよ」
「はいはい」
蘇枋は諦めて構えを取る。
それを合図に桜が突っ走ってきた。
桜の一方的な攻撃を蘇枋がいなすこと…
「ねぇ、もう終わりにしよう。オレもう体力的に限界だから」
その言葉とは裏腹に、蘇枋は桜の飛び蹴りを軽々しく躱した。
「そんだけ動けるならまだ余裕だろ。終わりにしたけりゃ俺に勝たせろ」
言いながら再び桜の蹴りが飛んでくる。
桜はまだ続けるつもりのようだ。
蘇枋はやれやれと受け身の体勢をとる。
「あ?何でやり返さねえんだよ」
桜の蹴りを蘇枋は受けるつもりでいたら、桜が蘇枋に触れる寸前で脚を引っ込めた。
「いや、何となく?こういう状況で桜君はどうするのかなと思って…でもやっぱり君は優しいね。おかげで俺は傷つかずにすんだよ」
蘇枋は呆然とする桜の肩に手を置いて笑いかけ、楡井のところに避難した。
「蘇枋さん!お疲れ様です。凄かったです。やっぱり俺と特訓してる時とは動きが違いますね。なんか楽しそうでした」
楡井は蘇枋にタオルを渡して言う。
「えぇ〜そう見えた?俺は内心ヒヤヒヤしてたよ。桜君の脚が当たりそうで怖かったから」
「嘘つけ!あんな簡単に躱してたじゃねえか」
いつの間にか桜は蘇枋の隣に立っていた。
「そんなことはないんだけどな。でもやっぱり君は面倒くさいよ。桜君が味方でよかったなと思うよ」
そう言ってチラッと横を見ると、桜と目が合う。
「…んだよ」
蘇枋が見つけ続けると、桜の顔がみるみる赤くなっていく。
「ふはは」
それが可笑しくて、蘇枋は思わず吹き出してしまう。
「す、蘇枋さん!抑えてくださいよ」
楡井があわてて桜と蘇枋の間に滑り込んだ。
「蘇枋、てめえ。笑ってんじゃねえ!もう一回やんのか!」
「嫌だね」
「桜さん!落ち着いてください」
気づけば、楡井と桜は特訓を始めていた。
楡井の体を気遣ってか、桜はいくらか力加減を抑えて動いているように見えた。
反対に、楡井は桜にひっきりなしに倒されながらも、必死に食い下がっていた。
そしてついに、楡井が桜を芝生に押し倒していた。
楡井は驚きと嬉しさを含んだ表情を蘇枋に向ける。
蘇枋は優しい微笑みを浮かべて弟子に応えた。
楡井の下で桜も小さく微笑んでいたのを蘇枋は知っている。