別チームの蘇枋の話

久々にチームに帰ってきた蘇枋は、先輩の部屋の扉をノックした。
「蘇枋です」
「入れ」
「失礼します」
一か月ぶりに顔を合わせる先輩は、変わらず優しい笑顔をしており、俺はほっとして緊張が解けた。
「元気にしてたか?」
「はい」
「大きな喧嘩が終わったみたいだな。棪堂から聞いたぞ」
先輩と棪堂さんは知り合いで、それもかなり仲良しみたいだから、たぶん国崩大火の件は先輩も詳しく聞いているのだろう。
「無事に街を守れてよかったです」
「お前が気にかけてた桜って奴も、守れて良かったな」
言いながら先輩は意味ありげな視線を向けてくる。
「棪堂さんは桜君のこと、何か言ってましたか?」
「あぁ、かなわねえって。笑って言ってたな」
「そうですか…」
先輩の言葉につい笑みをこぼしてしまう。
「なにが可笑しい?」
「いえ…あの棪堂さんでもそう思うのかって。桜君って、本当に強い人なんだなと改めて思いました」
「ん〜‥‥」
なぜか苦笑いを浮かべる先輩を、不思議に思って見つめると「なんでもない」と言って話が戻る。
「蘇枋はそいつと喧嘩したことないだろ?」
「喧嘩はありませんが、そばで見てたら強いことはわかります。棪堂さんを倒してしまうくらいですから。それに‥‥‥」
口をつぐむ俺に、先輩がニヤッと笑って言葉を続ける。
「仲間に対する想いってやつだな」
「はい‥‥‥」
「お前はこのままでいいのか?」
さっきとは違う鋭い視線に、つい目を逸らしてしまう。
俺が桜君に特別な思いを寄せていることを先輩は知ってる。
たぶん俺が今考えていることもお見通しなのだろう。
「俺の気持ちは、桜君にとって重荷になるだけですから。これ以上、彼に負担をかけたくない。だからいいんです」
自分に言い聞かせるようにそう言う蘇枋に、先輩は深いため息を吐く。
「お前って、そういうところ不器用だよな。俺からすると、逃げてるようにしか見えねえぞ」
痛いところを突かれて俺は何も言えない。

先輩の言うとおり、俺は自分の気持ちから逃げてると思う。
本音を言えば、桜君の特別になりたい。
彼が笑顔を向けるのは自分であってほしいし、彼の安心できるよりどころが自分であったらいい。
桜君と一緒に過ごすうちに、俺の中でそういう独占欲が日々募っていく。
今まで一人だった彼の世界が広がることは良いことなのに、俺はそれを面白くないとすら感じてる。
こんな自分の醜い心が嫌でたまらない。
苦しい…
こんな気持ち、本当にあってはダメだ。
だから気持ちに蓋をした。
無かったものにしてしまいたい。

「お前ら両想いなのに…」
扉を開けて出ていく蘇枋に、小さく呟かれた声が彼に届いたのかはわからない。

モブ先輩side
先日、俺のシマに棪堂が遊びに来た。
「よお!棪堂。って、顔ボロボロだな」
「あーこれな。喧嘩でやられたんだわ、桜って奴に」
笑って言う棪堂を俺はマジマジと見る。
「桜って…」
「あ?知ってるのか?」
「あー、蘇枋が好きな奴だ」
「は?蘇枋ってあの眼帯の奴か?」
「そうだけど…って、やべ!言っちゃった」
焦った俺を棪堂はニヤニヤして見ている。
「マジか……面白いこと聞いちゃったわ。蘇枋って風鈴にいるけど、ここのチームだったのか。しかも桜のこと好きって…はは、おもしろ〜」
嬉しそうな顔をする棪堂に俺は焦ってお願いする。
「今のは聞かなかったことにしてくれ。頼む」
「ん〜どうしよっかな」
「マジで何も言うなよ」
「いやさ、これほんと面白い話でさ。俺が桜の首絞めて、桜が意識飛びかけたとき、アイツなんて言ったと思う? 『すおう…』って呼んだんだぜ。アイツら両想いだわ。ははは」
「え、マジで?!」
「あぁ…オレは確かに聞いたぜ。その瞬間、オレは諦めたけどな。桜には想い人がいるんだって。かなわねえな」
声は笑っているけど、どこか切ない表情を見せる棪堂を見て俺は気まずくなる。
「なんか…‥…‥すまんな」
「あ?哀れみの目で見るなよ。別にもう吹っ切れたし」
「そ、そうか」


隣で、桜君に対する思いを語るにれ君。
この時点で俺の心は苦い気持ちでいっぱいだった。
苦しい‥‥‥
クラスメイト全員から愛されてる桜君。
俺なんかが独り占めしていいはずがなく、無理なことだ。
許されない。
桜君はみんなにとって大切な存在だから。
その事実を、クラスメイトの言葉を聞いてはっきりと思い知らされた。
この気持ちは、早く消そう。
一人になりたくて、賑やかになった教室をそっと抜け出す。

逃げるように廊下を走っていく蘇枋を見たのは、杉下だけだった。








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