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異界・サウダージ 便概

ボサノヴァ・ギタリスト中村善郎初の小説集

あてもなく彷徨った思い出の風景は異界へと

少し怖くて切ない…4つの旅


サウダージ・ダ・バイア

ブラジル滞在も残り僅か、印象に残った街を再訪すべく訪れたバイア
偶然通り掛かった酒場で繰り広げられる強烈なリズムに引き寄せられふらりと入った僕
アフリカ文化の影響の強いバイア、客のほとんどは黒人
ギターを弾けた僕は恐る恐るギターを弾かせてくれと頼んだ
見も知らぬ東洋人の出現にみんな驚いたようだったが
一曲演奏したところで、圧倒的な歓迎を受ける
そしてそこから刺激的な音楽体験

夜中まで強烈なリズムに飲み込まれ楽しんだ後
酔っ払った僕はふらつく足でホテルに帰ろうとして
僕は完全に道に迷っていた
人影もなく僅かな街灯の照らす街角
微かに聞こえてきた打楽器の音や人の声
誰かに道を聞きたくて…そこを目指して…怪しげな蝋燭の光揺れる場所に…

帰国後もそのバイアの思い出は追いかけてくる…

エル・ドラード

インカ帝国…今なおミステリアスで謎の多い文明都市
そんな物語の中で必ず聞かせれるのが
インカの街は黄金で覆われていた…ということ
その黄金を手にいれるべくスペイン人は侵略したが
黄金を手にいれることはなかった
そこで生まれたのが、どこかに黄金都市(エル・ドラード)が存在するという噂

クスコで出会ったカメラマンのジョンと彼の恋人ジェーン
アメリカ人カップルと僕はそのエル・ドラードを目指して小さな旅に
三人とも冗談のつもりだった
しかしジョンはエル・ドラードの一端に触れたのかも知れない
そのことで彼の性格は変わり…
ジョンとジェーンは別れ…僕らは別々に
ジョンはエル・ドラードに消えた

それから遥かな時間が流れた後
僕はジェーンと再会…
偶然なのか…そのまたすぐ後にジョンからの手紙を受け取る
それはまるで青春時代に経験した物語に終止符を打つような出来事だった

秘湯幻想

山間の温泉宿…閑散期の平日ということもあって客は僕だけ
夕食前にもう一度風呂に

風呂から上がると、女将から食事の用意ができていると
僕しか客がいないので、酒をサービスしてくれる
恐縮する僕に女将自身のお酌
そこで聞かされた滝のそばの露天風呂

案内に立ってくれたのは女将の妹・奈美
神社のある山の向こう側の滝
月明かりだけが頼り…慣れた奈美の案内
滝壺の手前に作られた味気ない露天風呂

ゆっくりと湯の感触を味わっていると
驚いたことに奈美もそこに入ってきて…
子供の頃を思い出す…という彼女
滝の方を見ながら、さらに僕を秘密の洞窟へと誘う

あなたと二人で来た丘

子供時代、長い休みがあるといつも預けられた親戚の家
空と海、都会とは違う時間が流れる小さな田舎町
本当の意味では違うがそこが僕の「故郷」

2歳年上の従姉妹のエミ
運動神経が良く、何をやっても叶わない姉
可愛がってくれたり、邪険の扱われたり、いじめられたり…
その家にいる時はいつも一緒だった

エミと訪れた墓地裏の山の向こう側
目の前に広がる空と海
だけど二人が感じたのはその広い世界に閉じ込められたような
二人だけの孤独…二人だけの時間
そこでエミが口ずさむ…あなたと二人で来た丘…
それは彼女の叔父がくれた蓄音機で聞いた歌だった

台風の夜…さまざまなアクシデントが重なり
二人だけで過ごした夜
僕はエミが自分とは違う脆さを持った存在であることに気づく
自分が男の子であり、エミが女の子であることを理解した夜

時が経ち、僕は東京へ…エミの住む「故郷」さらに遠く
エミとは電話だけで話す仲に
時間の経過を感じさせない自然に始まる会話
でもお互いに孤独であることは感じとっていた

蓄音機で再生するレコードの空気感
そのノイズにある秘密
折にふれエミが口ずさむ…あなたと二人で来た丘…


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