ショートホラー 霊柩車

霊柩車に煽られた…と云うところまでは事実です…
なんかシュールで面白かったので、こんな話しに

真後ろのクルマが煽ってきている。
交通量も多いし僕のクルマを追い越してもその先スムーズに走れるわけでもないのに…ずっと周りをイライラさせるような運転をしていたのだが、今ははっきりと僕に悪意を向けてきている。
少し前、道が三車線になった時左側の車線から追い越しをかけようとしていた。でもそこはすこし先には交差点があり、左折するクルマが溜まってしまう。この道に慣れている人はそのことを知っているから、左車線が空いていてもあまり利用しようとはしないのだが…
急ハンドルで車線を変えたクルマをバックミラーで見ながら
僕は…バカめ…と毒づいた。
空いている左車線を急加速で走り抜け、僕の前に出るつもりだったのだろう。
だけど、そうは問屋がおろさない…
案の定そのクルマは間もなく左折の列に阻まれてしまった。
横を通りすぎながら…ざまぁ…とちょっと口に出して笑ったのだが、それを運転手に気づかれたのかも知れない。
その瞬間そのクルマは急にハンドルを切って発進。
慌てた周りのクルマのクラクションを無視。オレンジ色の車線を跨いで、結局はまた僕の後ろにつくことになってしまった。
こちらとしては迷惑な話しだが、よほど面白くなかったのだろう、よりはっきりと僕をターゲットに煽りを繰り返し始めた。
大きく真っ黒な車体…
その異様な巨体で、急な車線変更や車間距離を取らない運転で周りにストレスを与えていたのは…霊柩車だった。

午後の幹線道路、横浜に用事があって僕はクルマを走らせていた…
正月気分はもう終わり、商用車も多く道路はそれなりに混雑…
急ぐ必要のない僕はのんびりと走っていた。周りはそうも行かないのだろう。なんとなく全体にカリカリとした雰囲気。伸び縮みするゴムのようにスピードがでたり渋滞したり。すんなりとは走れない。
そんな中、僕はバックミラーに映る黒い車体に気がついた。
ずっと後ろを走っていたのは知っていた。そしてなんどか無理な車線変更を繰り返しているところはミラー越しに見えていたのだが、それがいつの間にか僕の真後ろについていたのだ。

はっきりと僕をターゲットにし始めた霊柩車。周りのクルマもなんかまずい空気を察知したのだろう、僕と霊柩車の横も後ろも結構間隔が空いていた。

減速して車間を空け、その後急発進でギリギリまで迫り急ブレーキでまた車間を空ける霊柩車はそんなことを繰り返していた。
僕としては車線を変えてやり過ごしたかったのだけど、そのチャンスはなかなか訪れない。
そしてついに軽く、ゴンという衝撃…
あ、やっぱり接触してしまった…
それにしても相手が、かっ飛びの高級外車やガラの悪そうなワンボックスだったらまだ分かるけど…霊柩車…
なんかシュールなシチュエーション…
霊柩車というと、厳かにゆっくり走るイメージなのに

クルマを路肩に寄せると…
後ろの霊柩車も自覚があるらしく少し離れて止まった
やれやれ…クルマから出て…スモークガラスをコンコンと叩くとスーッと窓が下がって、恐ろしく顔色の悪い運転手の姿…
黒いスーツに白シャツ黒ネクタイ…
生気のない目で僕を見つめ…
…なんですか?…と低い抑揚のない声で訊いた…
…え?今僕のクルマに追突したでしょう…
イラだった僕の声は鋭くなった…
さっきまで煽られて溜まっていたストレスのために危うく手もでそうになった。
でも運転手は全く動じた雰囲気もなく
…何を仰ってるんですか?…意味が分かりませんが…とクールな声で応えた。
僕は信じられない気分で…
…そんなはずないでしょ!
僕の後ろにくっついて煽っていた癖に…

…ああ、なるほど…
陰気な笑みを浮かべ運転手はかすかに頷いた…
あなたに気づいて欲しかったのは確かですが…

…ところで、ワタシがぶつけたと云うクルマはどれですか?…
そこで怒りが爆発…
…どれって…ほら…
と怒鳴りながら僕は自分のクルマを指差そうと…
でもそこにはクルマはなかった…クルマどころか…
冬の午後の日差しの中…交通量の多い道を走っていたはずなのに…
辺りは漆黒の闇…
ただ陰気な提灯の灯りが一つ…僅かに灯っているだけ…

運転手が唇の片方の端だけを上げて…
このクルマのお客様はあなたなんですよ…
そのご自覚が無さそうでしたので…

その瞬間、急に眩暈…
身体中から力が抜け僕は崩れ落ちた…
天地がひっくり返る感覚の後…
自分がずっと前から狭い箱に閉じ込められている事に気づいた…


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