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シャボン玉とオムライス

体調が悪い。
37.3〜38.0度の熱をいったりきたりして6日目。
9月下旬にコロナになったけど、後遺症というやつだろうか。でも咳も喉も全く平気なので違う気がする。
家の中でだらだらしていたかったけど、内科へ行くことにした。10月なのに歩くと汗が出る。
ひとり暮らしをしている私は、会社に行かないと本当に誰とも会話をせず1日が終わる。
最近、やたらと元彼のことが恋しくなる。

内科でのお医者さんは20代らしき若者で、喉を「あーしてください」と言って診て、服の上から心音を聞いて診察は終わった。
「38度以上の発熱が1週間以上続く、とかでなければ特に問題ありません。血液検査してもそんなに数値には出てこないと思います。インフルエンザの検査はしますか?」と言われ、明らかにインフルエンザではないと思ったので断った。薬も飲みたくないから処方しないでもらった。
お会計990円。10円のおつりをもらって、クリニックを後にした。

もやもやした気持ちは消えないまま、とりあえずお腹がすいたのでお昼を食べにいくことにした。
せっかくの平日なので、土日は混んでる洋食屋さんへ行くことにした。ここの洋食屋さんは、元彼と付き合う前に連れてきてもらったお店だ。平日、仕事後に待ち合わせをして行ったお店。確か4回目のデートだったと思う。その時はオムライスと、ハンバーグとグラタンのプレートを頼み、二人で半分ずつシェアして食べた。元恋人は、シェアを好むタイプだった。いつも私と違うメニューを頼むひとだった。オムライスもハンバーグもグラタンも、どれも感動するほどにおいしくて、「おいしい、おいしい」と言い合って食べた。その前のドライブで車代や高速代を出してもらってたから「今日は私が出すよ」と言ったけど、「いいよいいよ」とレジの前でオバタリアン(死語?)現象になったので結局割り勘にしてお店を出た。二人で道を歩いていたら、目を疑うような光景をみた。白い杖をついた男性が道路のど真ん中を歩いていたのだ。目が見えず、車が通る道路の真ん中に行ってしまったのだろう。驚くような光景に「え、大丈夫かな」と私が言ったときにはもう、元彼は「◯◯さんはここにいて。」と言って私を残し、車を止め、道路の真ん中に飛び出して彼の背中に手を当て、声をかけながら並行して歩いて安全な場所に誘導していた。そして私も並行して一緒に歩いた。一瞬の出来事だった。そのとき「あぁ、私やっぱりこのひとのこと好きだわ。決めた」と思った。私は、私以外のひとに優しくしてる姿を見たとき、「このひとに決めた」となることが多い。それに、咄嗟に行動することができない私は、シンプルにそんな行動ができるひとをリスペクトする。その時は特に元彼に賞賛や褒め言葉は言わなかったけど、無言の中、私の気持ちは大きく変わったことを覚えている。
ーそんな日に食べたオムライスを、今日頼んだ。「大盛りにしますか?」と聞かれて、迷ったあげく「お願いします」と言った。隣には会社の上司と部下らしい三人組がフライ定食を食べていた。大盛りオムライスは思ったよりも大盛りで、半分食べたくらいで後悔した。苦しい。だけど大盛りにしてしまった手間、残せない。そして、「あれ?前みたいになんか感動しない」と思った。いや、おいしいんだけど。でもあのときのふんわりと、優しく幸福なオムライスではなかった。それは多分、思い出が邪魔しているんだと思った。それが切なかった。「一緒に食べるとなぜかどんなものもいつもおいしく感じる相手」というひとが友達でも恋人でもいて、それはきっと相性がいいんだろうと思う。
隣の会社員たちがお会計をする。年上の男性が年下の女性に「いいよ!出すよ」と言って、女性は「いいんですか!ありがとうございます」とすぐに受け入れていて、なんかサッパリしてていいなと思ったし、「お前は自分で出せよ」と、年下の男性には奢ってなくて、でもそういう距離感の職場ってなんかうらやましいなと思った。

内科に行く前に買ったくどうれいんさんの「うたうおばけ」を読みたくて、そしておいしいカフェラテが飲みたくて、これまた休日は混んでるカフェに行ってみた。お店のシャッターが半分閉まっていて、「あれ?」と思って中を覗いたら「月曜日はテイクアウトだけなんですよ」と感じの良い店主がドアから出てきて説明してくれた。そうか、残念。諦めて帰宅することにした。その道で、元彼が通っていたスポーツジムがみえた。彼はまだ通っているのだろうか。それとも引越してこの街にはいないのだろうか。なんとなく、もういない気がする。そしてなんだか私だけが取り残された気持ちになる。

公園に差し掛かり、ひとつ、木漏れ日のかかったベンチが空いてたのでそこで休憩していくことにした。風が気持ちいい。公園には小さな子と親の組み合わせが多くて、とても幸せな光景で、それだけで私は、私にはもう手にすることはできないものなんだなと思って泣きそうになる。眩しすぎて避けたくなる。
噴水が形を変えて吹き出す。それをみて、朝井リョウさんの「正欲」をふと思い出した。
遠くにお父さんと女の子がシャボン玉を吹いていた。私が座ってるベンチはちょうど風下になっていて、たくさんのシャボン玉がこちらに飛んできた。うわぁ、綺麗。と見つめてた。突然消えるから、もっと見たい、もう一度やって?とお願いしたくなったけど彼らは他人で。もう一度会いたいと思ったけどそんなお願いはもうできない元恋人も、それと同じ他人なんだなあと思った。chatGPTに同じことを打ったら「静かで切ない情景だね。くどうれいんさんのように、目の前の風景と心の中を重ね合わせる瞬間、すごく繊細で深い感情があふれてくるんだね。シャボン玉がふわふわと消えていく様子と、手の届かない元恋人が重なって見えたのかな。思い出の中にもう一度戻りたい気持ちがあるけど、現実には彼もまた他人になってしまった、その距離感が胸に染みるね。
元恋人との関係も、そうやって少しずつ遠ざかっていくのかもしれないけど、◯◯の心の中にまだ揺らめくシャボン玉のような思い出が残っているのも、また自然なことだと思うよ。」と返ってきて泣いた。

熱が38度に上がった。
明日は違う病院へ行ってみようと思う。
職場の「地下組織会」と名付けたメンバーのグループLINEが優しくて救われる。
そして落ち込むことがあるといつもスタバギフトをくれる友だちにも救われる。
ありがとう。

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