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『凸凹息子の父になる』26 星を観る会に行ったら
夏休みの終わり、父兄の発案で『星を観る会』が小学校で催されることになった。
その日、役員をしている妻は、準備のために先に家を出る。その後私が、早めの夕飯を済ませた子供たちを連れて行く。
夜、暗くなってから学校に行くのは、それだけで特別感があり、ワクワクするものだ。
体育館には在校生の親子やその兄弟、地域住民など200人ほどが集まり、先生たちも集まっていた。
校長の挨拶が済むと照明が落とされ、ENYAの「Book of Days」が流れた。そして、夏の星座についてのスライドショーが始まる。我々は一気に、神秘的な世界に惹き込まれた。
その後、父兄の一人が星座について、面白おかしく解説をしてくれる。話が上手いなぁと思ったら、その父兄は高校の理科教師だそうだ。
そして、いよいよ外に出る。外は真っ暗だった。それぞれ手にした懐中電灯で足元を照らしながら歩くのだが、誰が誰だかさっぱりわからない。
迷子にならないように、私は息子と手をつないだ。娘たちは二人で手をつないで先に歩いて行く。妻は私の横に並んで歩いた。
今日は、廃校になった旧校舎のグランドで星を観る。普段は誰も入れない場所に夜になってから行くのは、なかなかスリルがあった。
グランドに全員が揃うのを確認すると、
「3、2、1」
の合図で、懐中電灯を消す。
周囲に明かりが全くない山の中で明かりを消すと、自分の手も見えないほど暗くなる。
目を閉じているのか、開けているのか分からなくなるほどだ。
けれど空を見上げると、今まで見たこともないほど沢山の星が見えた。降って来そうな満天の星空に、歓声が上がる。
「うわぁー」
「はあぁー」
「すごーい」
「いや、すごいなー」
「ほんと、綺麗だなー」
普段は、なかなか見えない天の川や夏の第三角形などが、くっきり見える。あとは何の星かよくわからなかったが、驚くほど沢山の星が見えた。
我々の頭上には、こんなにも沢山の星があるのか。
やがて翔太が飽きてきて、帰りたいと言い出した。二台の車で来ていたので、先に妻が息子を連れて帰った。
娘たちは、同級生たちとはしゃぎまわっていた。夏休み中なので、久しぶりに会えた喜びと、暗闇に懐中電灯という組み合わせが彼女たちのボルテージを上げている。
娘たちは、なかなか帰りたがらない。
「さあ、もう帰るぞー」
「お願ーい。もう少しだけー」
その「少し」は、永遠に続く。
「じゃ、うちの車でみんなで帰るか」
しびれをきらした私は、ついそう言ってしまった。
彼女たちは、
「はーい、お願いしますう」
と言う。そこで親御さん達には、うちの駐車場まで来てもらうことにして、彼女たちをまとめて車に乗せた。
車に乗っても娘たちは、何がそんなに嬉しいのか、ふざけて笑いっぱなしだ。
そして、やっとのことで我が家に帰りついた。
ところが、車から全員を降ろした時、私はとんでもないことに気がついた。
なんと、次女が車に乗っていない。
「えっ?、まさか」
長女に聞いた。
「ねえ、あんりは?一緒じゃなかったっけ?」
「えっ、ママと先に帰ったんじゃないの?」
背筋が凍った。次女を、あの暗闇の校庭に置きざりにしてしまったのだろうか。
するとその時、車のヘッドライトの明かりが近づき、クラクションの音が聞こえた。
振り向くと一台の車が止まり、窓が開いた。安東先生だ。
「お忘れものですよー」
そう笑いながら言うと、後部座席のドアが開いて、次女が降りて来た。
良かった。無事だった。
「どうも済みません。車に乗っているとばかり思っていたもので」
「ハハハー、気をつけて下さいね」
先生は笑った。
「ところで今から、今日の会を企画したお父さんたちと打ち上げがあるんですが、良かったら来ませんか」
嬉しいお誘いだった。
「わかりました。すぐ後で行きます」
私は娘たちを妻に託すと、待ち合わせの焼き鳥屋に向かった。店に着くと数人の父兄と安藤先生の他に、校長先生も来ており、すでに盛り上がっていた。
今の学校運営は昔と違い、問題が複雑多岐に渡り、先生たちは非常に忙しい。学校施設も老朽化していたが、教師だけではメンテナンスにも手が回らない状態だそうだ。
そこで心ある父兄が立ち上がり、先ずは老朽化した鶏小屋の修復工事を、複数の親子で敢行したそうだ。
「そいが皆んなでやったら、楽しかったけんね。で、『またやろうや』ってことになってね」
建設関係の仕事をしている杉村さんが話す。
それ以外にも、不定期に学校連携のイベントを企画して、実行しているそうだ。
それはPTAの様に、規約も縛りもない。気が向いた時に誰でも参加できるという、ゆるい集まりらしい。
「星さんも仲間にならんですか? 楽しかよ」
「は、はい」
そから私は、校長先生にビールを注ぎに行った。学校長と一緒に酒が飲める機会なんて、そうそうない。
「どうも、いつも子どもたちがお世話になっています」
「いやいや、こちらこそです。ここの皆さんは、教育熱心な方ばかりで、助けられてますよ」
校長先生が言うと、杉村さんが口を挟んだ。
「モンスターペアレントって言いたいとでしょう」
それに対して校長は、
「そうそう、おたくもモンスターやったね」
と笑った。すでに酔っているのだろうか。
「でもモンスターって言われている人は、真面目で正義感の強い人達でね。そういう人ほど、ハマると誰よりも一所懸命やって下さるんですよ」
杉村さんは苦笑し、校長先生は続ける。
「子どもは家庭の中だけで育てるよりも、沢山の人と触れ合って色んな価値観の中で育つ方が、逞しくなると思うんです」
「うちも色んな親子と活動する様になって、親も子も気付かされることばかりですよ」
他の父兄も言った。
子育てに向き合う父親や先生たちの話は、興味深かった。それから、真面目な話から他愛もない話までしながら、心地よい時間が流れた。
「それじゃまた、また何かやる時、連絡しますね」
「お願いします」
ほろ酔い気分で外に出ると、さっきほどではないが、ここの星も綺麗だ。歩くのに、気持ちがいい夜だった。