『凸凹息子の父になる』34 桜の樹の下の約束
早いもので翔太は、もうすぐニ年生になる。
春休み中のこと、『親父倶楽部』の面々は小学校に集まっていた。
去年の一年生がプレゼントされたのと同じ連凧を、新一年生のために作ろうということで集まった。他愛もない話をしながら作業をするのは楽しかったが、どちらかと言うと私は、その後の打ち上げで花見をするのを楽しみにしていた。
工作をするのは子どもの時以来だったが、みんなで作業をすると、お互いの得手、不得手が分かって面白い。
強面の怖そうな父兄が意外にも繊細な作業をしたり、その逆もあったりで、人の手先の器用さは見た目では分からないものだと思った。
障子紙に型紙で形を取ったり、裁断したり、竹ひごやタコ糸、アルミの管を、それぞれの長さに切ったりと、役割分担して流れ作業をする。
アルミの管に竹ひごを通した横骨と、縦骨を十字に組んで糸を結びつける。そこにダイヤ型の紙や尾を貼り付ける。
最後は、糸の先に凧同士を連結させるための金具を取り付ける。
そんな感じで、新入生76人分の凧が二時間程で完成した。
凧作りを終えて片づけが済むと、いよいよメインイベントの花見の準備だ。
旧校舎のグランドは、満開の桜の老木で囲まれている。
「あの見事な桜の下で、花見をしないという手はないだろう」
ということで、先生たちと父兄合同の花見が企画された。なにせ春休みなので、グランドは貸切りである。
私たちは桜の下にシートを広げ、仕出し屋に注文していた弁当を運び、飲み物を揃えた。
新学期の準備で忙しくしていた先生たちも、食べ物や飲み物を持って続々と集まって来る。
校長先生は出張中で留守だったが、教頭先生と安東先生が現れた。二人は仲のいい姉と弟のように、ふざけ合っている。
私の隣には窪田先生が座り、話しかけてきた。
「ところでお父さん、その後、うちのクラスの連中は翔太君に、ちょっかいかけていませんか?」
「お陰様で、あの一件以来、私や翔太に一目おいてくれているみたいですよ」
「そうですか。彼ら、根は素直な子たちなんですよ」
「分かります。分かります。この学校の子どもたちは、みんな素直ないい子たちですよね。私が子どもの頃なんかは、もっとひねくれていましたよ」
「アハハハ、そうですか。私たちも指導しながら、子どもから教えられることばかりですよ」
窪田先生は、笑いながら言った。
「それにしても翔太君、この一年で随分変わりましたね。表情が明るくなって、しっかりしてきましたよね」
すると他の先生たちも、頷いていた。
「ほんと、ほんと」
「すごく成長したよね」
それを聞いて、物凄く嬉しかった。
「それは、先生たちのお陰ですよ。本当に有難いです」
と私が言うと教頭先生が
「お父さんも、いろいろ大変だったけど、頑張りましたよね」
と言われるので、危うく涙腺が緩みそうになった。
「そう、そう。始めの頃、お父さんが翔太君を自転車で連れて来てましたもんね」
安東先生も、相づちをうった。
「息子は安東先生に可愛がっていただいて、本当に幸せですよ」
「僕、翔太君、大好きなんすよ。彼、いい物いっぱい持っているでしょう。翔太君がいると、みんなが優しい気持ちになって、おかげでクラスが一つになるんです」
嬉しいことを言ってくれる。教頭先生も、付け加えられた。
「そうねえ。クラスだけじゃなくて、学校全体が翔太君のために、優しさで溢れているわねえ。彼の存在は、お父さんが思ってる以上に大きいんですよ」
なんと有難い言葉だろう。こんなに、褒められていいのだろうか。
「それはやっぱり、安東先生のお陰ですよ」
「いえ、いえ、いえ」
私は、謙遜する安東先生にお願いした。
「ねえ、先生、来年も翔太の担任になって下さいよ」
「分かりました。希望を出しますね」
「もし担任にならなかったとしても、一生面倒見て下さいね」
「はい。イヤと言うほど、つきまといますよ」
安東先生は、悪戯っぽく笑った。先生は、小学生と同じくらい天真爛漫な笑顔を見せる。
その笑顔を見ていると、いろんな心配事や悩んでいることが吹き飛ばされていく。
先生や父兄たちと、心の底から笑って語り合った楽しい花見だった。
桜の花を眺めながら、私は翔太の入学式の時のことを思い出した。あの日も桜が咲いていて、ここでみんなと連凧を揚げた。あれから一年、息子は先生方も認めて下さるほど成長した。
そんな翔太を変えてくれた安東先生と全ての先生、父兄の皆さんに、言葉にならないほどの感謝の気持ちでいっぱいになった。
桜の木々が、そんな私の思いを全部分かってくれているかのように、優しく枝を広げてくれる。
この老木たちは、どれだけの子ども達や先生達、親たちのドラマを見て来たのだろう。
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