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『凸凹息子の父になる』30 大事な大事な巻物
翔太は、小さい頃から信号機が大好きだった。
そこで、いろんな種類の信号や道路標識のマークの絵本を買ってやった。すると、それを真似て描き写すようになる。
面白いことに翔太にとっては文字も模様の一部に見えているらしく、でたらめの書き順で『止まれ』や『歩行者専用』などと書き込んでいた。
そのうちカレンダーの裏紙をセロテープで縦に繋ぎ、家の中の端から端まで長く広げる。
彼は、その長い紙を道路に見立て、中央分離帯や横断歩道、道路標識や信号機を描き込んでいく。
その観察力と集中力は、かなりのものだった。克明に描き記された道路地図は、どんどん長くなっていく。
そして翔太は、大事な自作の地図をまるめて巻物にし、肌身離さず持っていた。
ある日、翔太が泥だらけで帰宅した。下校時に、何かあったらしい。
翔太は、怒っている。
「2年生の奴めー」
一緒にいた修平君が説明してくれる。
「帰る時、2年生に田んぼに落とされたの」
「そうなの?」
妻が聞いた。
「それからね、翔君の絵が破れた」
「ああ、それで怒ってるのね」
詳しいことは分からないが、下校中に上級生と喧嘩したようだ。しかし、子ども同士のことだ。喧嘩をすることぐらい、あるだろう。怪我もしていないし、騒ぐこともあるまい。
私たちは、静観することにした。
しばらくして、電話がかかってきた。若い男性の声だ。
「2年2組の担任の窪田といいます。今日、うちのクラスの児童と翔太君とトラブルがあったそうで、今から謝りに行かせようと思いますが、よろしいでしょうか」
わざわざ、学校の先生から連絡が来るとは思わなかった。
「いや、怪我もないし、そこまでされなくても大丈夫ですよ」
そう言うと
「お父さん、謝りに行かせるのは翔太君の為だけじゃなく、うちのクラスの児童の為でもあるんです。お忙しいでしょうが、お時間を頂けませんか」
と言われた。些細なことでも、子どもにきちんと対処させる先生の姿勢に感心した。
「そういうことでしたら、わかりました。どうぞ、おいで下さい」
しばらくして、玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けると、窪田先生と三人の2年生と、その親御さん達が立っていた。
みな顔馴染みの親子だった。それに彼らは、そんなに悪いことをするような子どもたちではない。逆にこちらの方が、申し訳なくなった。
「わざわざ、すみません。本人を呼んできますね」
私は、翔太を連れてきた。すると、全員が頭を下げた。
「今日は、本当に済みませんでした」
その姿に、ちょっとやりすぎじゃないかと思った。そして当の本人の翔太は、事態が飲み込めずにポカンとしている。
私もどうも、きまりが悪い。
「きっと、うちの息子も生意気なところがあったんでしょう」
私が言うと、窪田先生が話しはじめた。先生の話は、こうだった。
今日も翔太は、カレンダーの裏紙に描いた道路地図の巻物を携帯していた。
それを2年生に見せろと言われて見せたところ、少し破れてしまいったそうだ。それで逆上した翔太が2年生に飛び掛り、その拍子に田んぼに落ちたということだ。
「じゃあ、翔太が自分で田んぼに落ちたんだから、仕方ないですよね」
私が言うと、窪田先生は言った。
「問題は彼ら三人が、その後翔太君を放置して帰宅してしまったことです。私としては上級生なんだから、手を差し伸べるなり何なりして欲しかったんです」
「ああ、そういう事ですか」
「結局、翔太君を助けたのは修平君で、このことも彼のお母さんの連絡で知ったんですよ」
なおも先生は続ける。
「彼らが悪気がないのは分かりますが、困っている人を見て見ぬふりするような人間になって欲しくないんです」
「それは、そうですね」
「そして、小さなことでもうやむやにしてはいけないと感じて欲しいんです。もう二度とこんな事はさせないので、どうぞお許し下さい」
先生がそう言うと、みんながまた頭を下げられるので困った。そこで私は、親御さんたちに向かって言った。
「どうぞ、頭をお上げ下さい。うちの息子も思いの伝え方や行動が突飛で、いつも皆さんにご迷惑をかけているんだと思います。それでも皆さんは理解して助けてくれているので、私は感謝しているんですよ。だから息子さんたちを、責めないで下さい」
そして2年生の子どもたちにも言った。
「これからも、よろしく頼むな。何か困ったことがあったら、おじさんにも遠慮せずに言ってくれよな。」
「そう言って下さると、有難いです。では、そろそろ失礼しましょうか」
みんなは帰っていった。それにしても学校の先生は、こんなにも細やかに指導されるのかと驚いた。
そして翔太が、大事にされていることが、有難かった。
息子は機嫌を直して、破れた地図をセロテープで修復していた。