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『凸凹息子の父になる』33 親父の部活

 小学校では、毎年2月に全校マラソン大会がある。
 マラソンコースは小学校の校庭から旧校舎のグランドを巡り、そこから坂道を駆け下りて国道沿いを走る。途中からターンして小学校に戻り、正門をくぐって心臓破りの坂を駆け上がり、学年ごとに校庭を周回するというものだ。

 マラソン大会の前日、このコースの整備のために学校の職員だけでは手が足りないので、『親父倶楽部』のメンバーが招集された。
 と言うより、私たちは何かと理由をつけては集まりたかったのだ。よその学校のことは知らないが、この学校の職員と父兄は本当に仲が良かった。

 『親父倶楽部』といっても誰でも参加可能で、子どもたちや母親たちも集まっていた。
 我が家は家族全員で参加し、修平君はお父さんと兄ちゃんと一緒に来ている。

 先生たちと父親たちは手分けをして、作業にあたる。草刈機で草を刈り、一輪車で刈った草を運ぶ。
 グランドに落ちている石を取り除いたり、欠けた石段をセメントで補修したりする。皆、手馴れたものだ。

 また母親たちは教頭先生の指揮の下、家庭科室でおにぎりと豚汁を作ることになっていた。

 私は、皆が暖をとれるようにグランドに焚き火を起こした。
集められた落ち葉や、枯れ草を小山にして、火をつける。
 子ども達が周りに集まって来たのでウチワを渡し、火が消えないように扇がせる。翔太は修平君と一緒に、面白がって扇いでいた。
 この「扇ぎ」は、強すぎても弱すぎてもいけない。炎の様子を注意深く見守りながら、丁寧に風を送る。

 風を送りながら、これは子育てにも共通するなと思った。
 親は子どもの様子を見守りながら、やる気が出るように適度に煽ってやらなければいけない。しかし煽りすぎると、反対にやる気を失ってしまうものだ。

 炎がいい感じに燃え始めると、そこへ農業を営む父兄が段ボールの箱を抱えて来た。

「これを焚き火で焼いてんね」

 箱の中には、サツマイモがぎっしりと籾殻に埋まっていた。これは、ご馳走だ。
 私たちはサツマイモを一本一本、濡らした新聞紙とアルミホイルで包み、燃えている落ち葉の中に埋めた。こうすると焦げずに、ふっくらと美味しく焼きあがる。

 小雪が散らつく中、みんなで作業をするのは楽しかった。途中で火の番を交代して、私もコース整備に加わった。
 夏の間に草刈りをしているので、それほど草は伸びていなかったが、子どもたちの足元が悪くないように、鎌で石段の間の草を取り除いていった。

 草刈り作業に目処がついた頃、作業終了の声がかかかる。みんながグランドに集まり、外の手洗い場で手を洗っていると、おにぎりと大鍋が運ばれてきた。お待ちかねの昼食タイムだ。
 教頭先生が言った。

「実は地元の猟友会からイノシシの肉が届いたので、豚汁の予定を変更してシシ鍋になりました。みなさん、今日はスタミナつきますよ」

 一同から歓声が、あがった。教頭先生自らが器によそったシシ鍋を、みんなで食べる。
 イノシシは豚肉よりも高タンパク低脂肪で、あっさりしている。生姜の風味が利いており、体の芯から温まる美味しさだった。
 教頭先生は、子どもたちに言った。

「さあ、これを食べたらイノシシみたいに足が速くなるけんね。みんな、お代わりせんね」

 それを聞くと子どもたちは急いで汁をかき込み、お代わりの列に並んだ。美味かったので、私も列に並んだ。なんだか、小学生に戻った気分だ。

 そのうちに焚き火の方から、焼き芋のいい匂いがしてくる。

「どれ、そろそろ、よかろう」

 サツマイモを提供した父兄が次々と焼き芋を取り出し、アルミのお盆に並べた。これも、最高に美味かった。
 熱いので軍手をはめて半分に分けると、湯気と共に黄金色に透き通った芋が顔を出す。甘みが強く、きんとんのようにねっとりとした食感だった。

「どない?美味かやろ。安納芋やけんね」

 ご自慢の芋らしかった。みんな、自然の恵みに感謝しながら舌鼓をうった。


 マラソン大会の当日、子どもたちの様子を見に妻と共に学校に向かう。保護者は、小学校の校庭に集まっていた。

 学年ごとに走り出し、先ずは一年生だ。
 翔太は少しも焦らず、修平君と一緒に楽しそうにマイペースで走っている。
 翔太にとって順位やタイムは、それほど大事ではなく、ただ走るということが楽しいようだ。

 子ども達を送り出した後、保護者は最後の心臓破りの坂の両側に並んだ。すると。思っていたよりも早く、先頭集団の姿が見えてきた。  
 翔太は本気で走れば足が速いのだが、先頭集団の中にはいなかった。まあ、そのうち来るだろう。

 子どもたちは、最後の坂を一気に駆け上がる。保護者も、大声で声援を送った。

「頑張れー、頑張れー、あともう少し」

 しばらくすると、修平君と翔太の姿が見えた。修平君は顔を真っ赤にし、ハアハア言いながらを上って来る。
 その横で翔太は顔色一つ変えず、伴走者のように修平君の顔を見ながら走っている。

「おーい、翔太、修平君、頑張れー!」

 我々の声援に気付いたのか、翔太はニコニコと楽しげに手を振った。息子はあまり力を出していないので、ちっとも疲れていない。
 でも楽しそうなので、何よりだった。

 その後の学年の娘たちも、まずまずの順位でゴールした。
 マラソンが嫌いな娘達も、「シシ鍋をお代わりしたら足が早くなる」と言った教頭先生の言葉を、本気で信じて結果を出した。
 子ども達は、イノシシからパワーをもらった様だ。

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