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短編 「恋に落ちれば」 シリーズのはなし


 イエス・キリストと恋に落ちることをテーマに、短編を連ねるようにして書いています。



 「恋に落ちれば」は、いろんなひとがてんでばらばらに語る短編集で、信州松本にある架空のちいさな教会のひとたちが、主たる登場人物である。

 ずっと主人公だった真木和泉さんが、ついにキリストの為に命を捨ててしまうところから始まって、あるひとは軽く、あるひとは深く、イエス・キリストに触れていく。



 「水晶の夜」と「ひとが恋に落ちる瞬間」はひとつながりになっていて、松本ぼんぼんの夜に殺された真木さんの話。この小説は虚構だが、何年か前、祭に殺害予告が書き込まれたことがあった。それが元になっている。


 「もし神さまがいるのなら」は、「母さん、宗教にハマってるんだよね」という台詞から生まれた、どちらかといえば軽めな一話。


 「見殺しにはできない」は、「暗闇の灯」の後日談。夫の前妻が残していった子どもを育てている灯ちゃんが、その前妻の写真展を訪れる。よくまあ、そんなことを、と思うけれど、灯ちゃんならする。


 真木さんが亡くなったあとの、残されたひとたち。「恋に落ちれば」というタイトルを唯一回収してくれそうな恋愛パート。久米さんも八枝ちゃんも、ふたりとも三十も後半にさしかかっているけれど。


 ダロウェイ夫人ならぬ鷲尾夫人が、その半生を振り返る。彼女がどうしてキリストを信じるようになったのか、彼女の通う教会について。


 「この存在のすべて」は、灯ちゃんのご主人の田口さんが、真木さんと常念岳に登ったときのはなし。田口さんについてもっと書きたいと思っている。



 教会でお皿を洗っていたときに、「イエスさまが帰って来られるまで働き続けるのよ」と言われた。すこし泣いてしまった。それは励ましの言葉だった。共に働いているひとからの。早く、早く帰ってきてくださればよいのに。




 「その先にあるもの」は、教会に幻滅していたり、戸惑っているひとに。ジーン・エドワーズの「砕かれた心の輝き」を思いながら。



(随時更新します)

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