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恋に落ちれば (短編集)

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キリストと恋に落ちれば、というテーマの短編集。
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#オリジナル

揺らぐことない都 (短編)

揺らぐことない都 (短編)

*この小説は作り話であり、実際の団体や
人物とは関係がありません*

↓あずさの車中で

 「まつもとぉ、まつもとぉ」

 というノスタルジックなアナウンスとともに、鷲尾夫人はまあたらしい桔梗色の列車を降りた。やっぱり寒いわ、と灰色のコートの襟を正して、どこか寂しげな、味気ないホームを見回す。いいえ、まだだわ、雪をまとった常念岳を見なくては、わたし、故郷に帰ってきたという気がしないの。

 改札を

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ひとが恋に落ちる瞬間 (短編)

ひとが恋に落ちる瞬間 (短編)

*このお話は作り話であり、実在の団体や人物とはなんら関係がありません*

 《I saw the moment you fall in love》

 
 白い病室のなかは静かで、後ろで祈っている牧師の呟き声と、夫の絶えゆくかすかな息遣いだけが、そこを満たしていた。

 枕元に映しだされた心拍は、次第に弱くなっていった。すぐに止まるわけでもなく、沈んでいく夕陽のようにゆっくりと、でも確実に、真木の

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水晶の夜 (短編)

水晶の夜 (短編)

 

*この小説は作り話であって、実際の団体や人物とはなんら関わりはありません*

 
 
 《the night of broken glass》

 
 あの夜に漂っていたのはなあに。なにかがはじける前の、ガラスみたいな緊張感。遠くにいても感じていた。なにかが起こるに違いない、って。

 淡い闇が街を覆いはじめた。ひとだかりのする方角から、夏祭りのうたが聴こえてくる。ぼんぼん、ぼんぼんぼん、と

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