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《PSYCHO-PASS》 二次創作小説『DARK RIVER』第一章(その3)

2:過去事件

 
「捜査記録の隠滅ですか……」
 翌日、宜野座の報告を聞いた常守が呟いた。
「それを征陸さんがやった、という証拠は無いんですよね?」
 宜野座は頷く。
「該当事件の捜査を父がしていた事と、父が書いていた捜査日誌が途中から不自然に削除されているだけだ」
「その日誌、征陸さん以外の誰かが削除したという可能性はありませんか?」
「日誌はあくまでプライベートなものだ、父以外に存在を知る者はいなかっただろう。それにもし第三者が削除したのなら、途中からではなく全文を削除していると思う」
 常守は腕を組む──
「でも、何のために過去の捜査記録を?」
「記録は【未解決】に分類されていた。もしかしたら後から参照されると不都合な事実、例えば何らかの不正行為を証明するような記述があったのかもしれない……」
「征陸さんは刑事の鏡みたいな人でした。そんな人が不正を行って隠蔽のためにその記録を消すなんて……絶対ありえませんよ!」
 まるで自身が疑われたかのように須郷は声を荒げる。
 須郷はかつて軍人だった頃、ある事件の捜査で征陸と行動を共にした事があり、その時の経験から征陸に対して強い尊敬の念を抱いていた。
「絶対にって事はないでしょ? どんな人だったかは知らないけど、所詮は潜在犯……人間なんだし!」
 霜月は宜野座や六合塚の手前、最後の言葉を言い直す。
「だいたい息子である宜野座さんが可能性は否定できないって言っているのに、他人のアンタに何がわかるのよ⁉」
「…………」
 霜月の言葉は須郷と同時に宜野座をも押し黙らせる──はたして自分は、須郷よりも父の事を知っているだろうか、と。
「って言うか、昔の捜査データが壊されていたからって私達が動くようなことなんですか? セキュリティ室に報告して終了でしょ?」
「でも、破壊されたデータに安蒜の名前が……」
 まさにそれがディスプレイに浮かび上がった瞬間を宜野座と一緒に見ていた雛川が言った。
「ただの偶然」
 そう吐き捨てる霜月。
「俺も普段ならそう思っただろう……」
 宜野座は慎重に言葉を続ける。
「加盟店のトラブルが偶然に重なって利益を得ている安蒜が、偶然二台のトレーラーの故障が重なって起きた事故で死亡し、その調査中に浮かび上がった人物が関わっていると思しき事件の記録が二つとも偶然に消されていた……ここまで偶然が重なれば、それらに何らかの因果関係があるとしか思えん」
「私も、これらはただの偶然ではないと思います」
 二人のやりとりを見守っていた常守が言った。
「先輩まで……なんでそんな風に言い切れるんですか?」
「それは宜野座さんの『勘』を信じているからです」
「勘って……私をからかってるんですか⁉」
 先輩監視官から発せられたおよそ非科学的な単語に、霜月は目を剥く。
「からかってなんかいない」
 常守は静かに教え諭すように言葉を続けた。
「私はこれまで何度も、経験に裏付けられたベテラン刑事たちの直感が、事件に隠された真実を明らかにするのを見て来たわ」
 宜野座は常守の信頼に感謝しつつも、かつて自分が『刑事の堪』という言葉を何よりも嫌っていた事を思い出し心の中で苦笑する。
「……付き合ってられませんよ。じゃあどうぞ、先輩たちの好きにしてください」
 霜月はこれ見よがしに大きな溜息をつくと「唐之杜さんと打ち合わせがありますので」と言い残して部屋から出て行く。
 宜野座に肩を竦めてみせる常守。
「霜月さんの言うとおり、常識的に考えればこれ以上この件に拘るべきではないのかもしれませんね。長からも早く次の案件に取り掛かるよう急かされていますし……」
「厚生省官僚の夫人が行方不明になっていると聞いたが?」
 昨日、常守が赴いたのがその官僚宅であった。
「愛人との駆け落ちらしいのですが、それを外務省が嗅ぎつけてしまって」
「それは面倒だな……」
 爆弾テロの件で外務省は厚生省に大きな借りを作ってしまった。厚生省の一部で、これを足掛かりに外務省を蹴落としてしまおうという動きがあり、それを察知した外務省側がそうはさせまいと反発している状況であったから、厚生省官僚のスキャンダル情報などがあれば、外務省としては喉から手がでるほど欲しいに違いない。
「そんな状況ではあるんですが、今回の安蒜亮二が関わった一連の事柄、その背後に何か不穏なものがあるように感じられて……」
「不穏なもの?」
「私たちはこれまで何度か、社会システムの根幹を揺るがすような犯罪と戦って来ましたけれど、どこかそれらの事件と似ているような気がするんです……これは私の『勘』ですけど」
「…………」
 常守の言葉に宜野座は槙島聖護や鹿矛桐斗を思い起こす。シビュラが作り出した秩序と平和を揺るがそうとした者たち。彼らの企みは狡噛や常守らの働きによって防がれたが、一介の執行官である宜野座にとって彼らの正体や真の目的は未だ謎めいたベールに包まれたままだ。
「それに、このまま征陸さんに疑惑がかかったままにしたくありませんし」
「感謝する。しかしこれ以上捜査を継続することを局長は認めてくれるだろうか?」
「幸運と言ってはいけませんけれど、厚生省高官の捜査に関しては対象のプライベート情報のガードが固くて予備調査に来週一杯はかかりそうなんです。ですからその間に班を分けて捜査を行えば」
「捜査に費やせるのは、準備日数を引いて5日というところか……」
 宜野座は考える──15年前に準日本人地区で起きた未解決殺人事件。その詳細を再び捜査し、今回の一件との接点を突きとめねばならない。限られた人数で一般地区とは勝手の異なる準日本人地区の捜査となれば、それは決して容易いものでは無い……
 せめて捜査メンバーに父のようなベテランが居てくれれば──そう考えた宜野座の脳裏にある人物の姿が浮かぶ。
「常守、捜査に助っ人を呼びたい。準日本人社会や親父のことをよく知っている人物だ」
「そんな人が刑事課に?」
「いや、いまは精神色相(サイコ=パス)矯正施設に収容されているはずだ」
 
 その日の夕刻、宜野座と常守は都心から車で1時間ほどの場所にある精神色相矯正医療センターへと赴いた。
 センターはその名が示す通り、精神色相(サイコ=パス)に問題のある人間を矯正するための施設で、敷地の大半は極端に色相が濁った者たち、つまり潜在犯の隔離区画となっていた。同様の施設は都内だけでも複数個所存在しており、宜野座も執行官になる前の一時期、足立区の矯正医療センターに収容されていた事があった。 
 正面ゲートから入ってすぐにあるセンターの総合受付で名乗ると、すぐにスタッフがやって来て隔離エリアの待合室へ案内される。明るく開放的な雰囲気だった受付とは異なり、四方を窓の無い鉛色の壁に囲まれた待合室は、医療施設と言うよりも刑務所を連想させた。
『受付番号006の方、2番のドアからお進みください』
 スピーカーからのアナウンスに従って宜野座と常守は大きく数字が表示された白いドアを潜る、そして危険物探知機とサイマティックスキャナーが壁越しに設置されているのであろう廊下を進むと、その突当りが面会室の入口となっていた。
 待合室同様に四方を剥き出しのコンクリートで囲まれた面会室は、分厚い強化ガラスによって奥側と手前側に区切られ、ガラスを挟んで向かい合う形でテーブルと椅子が配置されていた。
 宜野座たちが床にボルトで固定された椅子へ腰かけて待っていると、やがてガラスで隔てられた奥の部屋のドアが開き、背の高い初老の男が姿を現した。
「常守監視官ですね? 平光です」
 男は軽く頭を下げると、品の良い微笑を浮かべながら言った。
 平光竜之介──
 もとは検察官であったが潜在犯へ堕ちて執行官となり、かつて征陸と共に働いた経験を持つ人物だ。数年前に体力の低下を理由に執行官を退いた後も、その豊富な経験を求められて何度か現場に復帰したこともあった。
「はじめまして、常守です。突然申し訳ありません」
「ここの暮らしは退屈ですから、いつでも大歓迎ですよ」
 平光は常守への挨拶を終えると、宜野座へ顔を向ける。
「久しぶりだね、伸元君。マサさんの事、残念だよ……」
 宜野座はまだ監視官だった頃、平光と何度か局で顔を合せていた。
「職務中に逝けたので、父も本望だったと思います」
「そうか……今は君も?」
「ええ、執行官です」
 無言で頷く平光。
「それで常守監視官、私にどういった御用で?」
「はい、じつは……」
 常守は平光へ、これまでの経緯を大まかに説明した。
「それで、準日本人地区での捜査にご協力いただければと……」
 そう切り出した常森であったが、平光の表情は硬かった。
「マサさんの事も含めて、捜査に協力したいのは山々だ……しかし申し訳ないが辞退させて欲しい」
 快諾を得られるとばかり思っていた宜野座は、平光の言葉に驚く。
「なぜです?」
「……伸元君は、10年ほど前に準日本人地区で犯罪組織の一斉摘発が行われたのは知っているかね?」
「ええ、準日本人マフィアが一般地域で事件を起こしたのがきっかけだったと聞いています」
「その際に、私が情報を得るために接触していたマフィアの構成員も死んでしまってね。おそらくマサさんの方も同様だろうが……」
 当時、公安局によって行われた準日本人マフィアへの大規模な取り締まりについては、宜野座も知識として知っていたが、そこまで熾烈なものとは理解していなかった。
「準日本人社会は極めて閉鎖的でね、情報収集などはマフィア構成員たちが持っていた裏のネットワークに頼らざるをえなかった。そんな彼らを失った現状の私では、まともな捜査は覚束ない。足手まといになるだけだよ」
 そう言って寂しげに笑う平光。
「いえ、地区の様子を知っている平光さんに同行してもらえるだけでも助かります。ぜひお願いします」
 なおも食い下がる宜野座に、平光は少し困ったような表情を浮かべていたが、やがて──
「伸元君、正直に言うが……地区は現在も純日本人マフィアたちが仕切っている。そして未だに彼らは公安局を激しく憎んでいるだろう。そんな場所で協力者もなく15年も昔の事件を掘り起こすことは至難の業だよ」
 平光はふたたび常森へ顔を向けると
「常森執行官、私にできるアドバイスがあるとすれば……お伺いした期限内に準日本人地区で有益な情報を得ることは限りなく不可能、という事ぐらいです。なにか他のアプローチをお考えになった方がいい」
「最後にひとつ教えてください」
 面会室から出て行こうとする平光に向かって宜野座は言った。
「さっき平光さんは『マサさんの方も同様だろう』と仰ってましたが、父が情報を得るために接触していた人間の名前をご存じですか?」
「そう……マサさんは『エックス』と呼んでいたな。エックスが正体を明かせない存在という意味なのか、それとも名前のイニシャルなのかは分からないがね」
 平光がドアを閉じると同時に奥側の照明が消され、暗鏡となった仕切りガラスに面会室に取り残された宜野座と常森の姿が映し出される。
「あそこまでキッパリと捜査協力を拒まれるなんて、何か理由があるんでしょうか?」
「分からん……どちらにせよ、あの様子では説得は難しいだろうな」 
 平光は徒労に終わるような捜査には協力したくないと言った。という事は少しでも解決の見込みがあれば協力すると言うことでもあるが……現状、残念ながら宜野座はそのような物を欠片も持ち合わせてはいなかった。
 

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