27歳を迎えた時に書きたかった文章
ここから下は私が27歳を迎える時に書きたいと思った文章です。今は26歳ですがもし27歳になったらこんな文章を書きたいです。まあきっと、27歳になった時には気が変わっているに違いありません。今、27歳になった自分を想像して気持ちよく書いているだけです。よしなに。
27歳になった。子供の頃に見た27歳はもっと色気があって理性的で知的だった。私は理性的でも知的でもないし、見た目も色っぽくも妖艶でもない。そのくせ声と態度だけはデカくてスクランブル交差点も自信満々に歩けてしまう。しかし、ラッパーみたいな奴らがいると肩を少しばかり下げて気配を消すし、大勢が集まる宴会のようなものに行くとずっとタバコを吸っているしかないのだ。2次会のカラオケには行ったことがないし、どれだけ盛り上がってもその日のうちには家のユニットバスで今日の匂いを全て洗い流したい。10代の頃からカラオケが嫌いで、安易にカラオケに誘うやつはもっと嫌いだった。しかしカラオケが嫌いだなんて言えやしなかった。あの頃は嫌いを言うより好きを言う方が簡単だった。しかし、今は好きを言うより嫌いを言う方が簡単だ。大人ってなんですか?とよく聞かれるがそんなの知ったこっちゃない。そんな宇宙にも並ぶ問いをするくらいだったらもっと勉学に励め。私もするから。勉学と言うのを机に向かってする学問のことだと思っているなら一旦白米を腹一杯食え。顔だけの男とセックスをしてみたり、山に登って足を滑らせたり、初めての確定申告、選挙、無駄な忖度、そんなことをやってみろ。私も充分にやったから。いい勉学をしろ。しかし、私は漢字の勉強を性懲りも無くずっとやっている。こんな風に27歳になってでも言ってることとやってることがキモく矛盾しているやつもいるのだ。そう伝えることによって私は私を認めてもらおうとしている。かなり滑稽だ。しかし、27歳も変わらずに、弱さを強さだなんて言わず、弱さは弱さだし、強さは強さだ。弱くていいなら弱くていいし、強くなりたいならそのために鍛錬をする。東京の住民税は高いからまだ分割払いだ。一括で12万払える日が来るのだろうか。別に来なくてもいいが、きたらちょっと嬉しいかもしれない。歳を噛み締めている自分が1番キモいが、やっぱり時間が過ぎていると実感できるのはこの瞬間なのだ。冬の朝はどうも鼻くそが詰まりやすい。