超える
「ニンジンぶら下げ作戦」
馬の鼻先にニンジンをぶら下げることで、ニンジンが好物の馬は目の前のニンジンを食べようと本来よりも早いスピードで走る。このスピードを馬に出させる作戦。
この作戦は人間にも効果が絶大。
私は、人間が目の前に好物をぶら下げられ、本来持つ力を凌駕した力を発揮した瞬間を目の当たりにしたことがある。
それは私が高2の頃。高校野球真っ盛りのある坊主芋野郎だった。
私は同じ野球部で同じクラスだった友人Aの影響で、あの国民的アイドル"乃木坂46"に撃ハマりしていた。いわゆる"乃木ヲタ"だった。
Aは乃木坂46をデビュー当時から追いかけている筋金入りのファンだった。いわば私の乃木ヲタ師匠。
ある日、私はAに誘われて乃木坂46の全国握手会に行くことになった。
初めての体験。
「女性の手を握るのはいつ以来だろうか。」と考えながら、得体の知れない握手会会場に恐る恐る向かう。
さすが筋金入りのA。慣れた表情で、私をエスコートしてくれる。
会場につくと、、、そこはまさに"カオス"。
自分たちと同い年ぐらいの高校生も多い。ちょっと上の大学生も多い。が、それ以上にオッサンが多い。
オッサンには金がある。だからか、グッズの装備具合がものすごい。推しのメンバーの顔が大きくプリントされたTシャツを着ていきる。(汗でアイドルの顔の奥に乳首が透けていたが。)
「こ、こんな年のオッサンも好きなんや。」
カオスな空間にいきなり出鼻をくじかれる。
一方Aは。
会場に着くまで冷静沈着だったのに、鼻息が荒い。そして、誰のレーンに行くか、その人と何を喋るかまで綿密な計画を立てている。
そして、握手券を握り締め、お目当てのメンバーのレーンに向かって一目散に走っていく。
Aはお世辞にも足が速いとは言えない。50メートル走は7秒をギリギリ切るぐらいで、むしろチーム内でもクラス内でも遅い方だった。
そんなAの足の回転が速い。どんどんAの背中が小さくなっていく。
そして、腰の高さほどあるレーンの仕切りを忍者のように軽々飛び越えていく。
「この走りなら、陸上で全国も夢じゃない。」
そんな幻想さえ抱かせた、未だかつて見たことのないAの渾身の走り。
まさに目の前のニンジンが、人間にポテンシャル以上の力を発揮させた瞬間だった。