60万円の絵にふさわしい人生
クリスチャン・ラッセン系の絵画のキャッチセールスが流行っていた頃、ここはあえて一度、勧誘をうけてみようと思った。
店内に案内され、綺麗な女性スタッフが色々と絵について解説してくれた。その合間に私の服装などを褒めてきた(どうひいき目に見ても褒められるような服装はしていなかった)。
絵はどれも高い。
「60万円の絵なんて自分には高すぎる、って初めはどなたもおっしゃるんですよね。でも、そうじゃないんです。60万円の絵を買えば、それにふさわしい自分になろうって思って、人生が変わるんですよ、みなさん。」
なるほど、そういうものか。
いつまで経っても私が首を縦に振らないので、奥の部屋に通された。ガタイのいい強面の男性スタッフが控えていた。
そこでさらに勧誘を受けた。しかし、緊張感のレベルは確実に一段回増していた。
長いやり取りの結果私が結局「買わないのだ」ということが明らかになると、先ほどの女性スタッフの表情が、一瞬にして「般若のように」なった。この、よく聞きはするが自分では使いどころの無かった言い回しは、ここでこそ使うべきだと思った。
私は絵を買わなかった。
だから今でも、60万円の絵にふさわしい人生を送ることができずにいる。