
冬雨(ふゆあめ)
私のヨガの先生がフィラデルフィアからニューヨークに来て特別ワークショップをした。午前と午後のクラスの間に長い昼休みがあったのでお昼を買いに出ると外は大雨。傘もないのですぐ近くのお店を探したが、少し歩いただけでびしょ濡れになる。どこにお店があるのかわからないのと午後のクラスのためにあまり食べない方がいいのとで、目に入った角のベンダーでファラッフル(ひよこ豆のコロッケ)のオーバーライスを買ってスタジオで食べることにした。
ベンダーで働いているのはエジプト出身だという若い男性。私のジャケットが素敵だとニコニコしながら話しかけてくれる。イヤホンで友人と話しながら楽しそうに仕事をしていて「何語で話しているの?」と聞くと「僕たちの言葉はアラビア語なんだけど、英語もフランス語もドイツ語も話す人多いよ」とのことだった。カートの前には”ACE” のシャツを着て街頭清掃をしている女の人が大きなゴミ袋を何枚か彼に渡していて、手にはベンダーがくれたコーヒーのカップが握られていた。
”ACE”とはホームレスや失業者で社会復帰を目指す人々に街の清掃をする仕事などを提供している支援団体。私は昔よくボランティアで街の清掃をしていたのでACEの人たちのことは割と知っている。優しい人が多く真面目に仕事をしている。若い人も多い。大量のゴミでゴミ袋が破れた時にゴミ袋をくれたりした。ACEの女性は私の顔を見て「私たちは助け合わないとね」と言う。「ほんとね。彼がコーヒーくれたの?」と何気なく聞くと「ちゃんと払ったわよ」と言う。
「この辺りは毎日来てるからみんな顔見知りなの。みんなご飯をくれたり、物を交換したりして。」
「でもお金は払うよ。困ってるときはそう言うけど、そうでなければちゃんと払うんだから。」
彼女のいじらしい言葉に「We all try our best to be independent with some help.」と声をかけた。「私の顔を見たことがある」と言う彼女と(私はよくこう言われる)しばらく話しているうちにファラッフルができた。ベンダーのエジプト人がお水のボトルをくれた。スタジオに帰ろうとしたが雨はさらに激しくなっている。
結局すぐ近くのバス停のベンチに座って食べることにした。ひょっとしたらスタジオで食べられないかもしれないし、大雨でバスを待っている人もいない。ちゃんと屋根も付いている。寒い。しばらくするとホームレスっぽい初老の男の人がガラスの壁の向こうからこっちを見ていた。
呂律が回っていないので何を言っているのかよくわからないが、ちょっとずつ近づいてきて明らかに自分も食べたいみたいだった。手のそぶりなどで、もうちょっと食べてからくれと言っているようだ。フォークはあるの?と聞くと「ないない」と言って私のフォークを指差す。「わかった」と言うと、隣に座ってきて笑いながらいろいろ話しかけてきた。
実は私はこういうことがよくある。
ニュージャージーで”アミーゴバス”(ラティーノの人たちが小さなバンで運行しているバス)に乗っていて、バスの運転手に飲みかけのコーヒーをくれと言われたこともある。
よく考えたらすぐにそのままあげるか、新しいのを買ってあげればよかったのだが、咄嗟のことで頭が回らず言われた通りにちょっとだけ食べて残りをあげた。エジプト人がくれたお水もビニール袋もほしいと言うのであげた。水筒は持っていたからお水はいらないと断ろうと思ったけれど、もらっておいてよかった。バス停に誰かが来たが私たちを見てどこかに行ってしまった。
こんなに大雨が降るのはそれほどないのだけれど、この日は一日中雨がやまなかった。
寒い。
スタジオに行く前にスモールサイズのコーヒーを買ったら、どこがスモールやねんというサイズにコーヒーがぎっちり入れられていた。飲みきれないので、そうだ、半分を彼にあげようとバス停に戻ったがもう姿はなかった。
あんな量だけもらってもまだお腹空いてただろうなと思うと悔やまれてならない。これが小さな子供だったり犬だったりしたらもっと気前よく素直にいろいろあげられたんじゃないだろうか?とその日はずっと「バカバカ」と心の中で反芻した。





