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心が折れてしまったからである。
これまでの自分の経験、振る舞い、すべてが薄っぺらでチープなものに感じ、とにかくすべてに自信がなくなった。大きなきっかけはあるものの、おそらくはその出来事のみのせいでは決してなく、これまでの自分に対する自分への疑念とか違和感みたいなものが、こぼれだしてしまったというか爆発してしまったというか…という感じである。
一つにつまずくと全て総倒れし、落ち着くまでは「全ての認知が落ちる」というステータス異常が起こる。繊細でナイーブな齋藤である(といえば聞こえはいいが、実態はといえばもう何かしらの病気である)
元気がなくなれば、外出も人と会う約束も全てが困難に感じる。自宅にて寝て暮らすかと思えばしかし、迫りくる孤独にも耐えきれず。自分の殻にすら上手くもこもることができないフェーズにいた時のこと、ある一つの音楽イベントを見つけた。
大好きなアングラ系のラッパーによるライブの公演である。
当日、楽しみにして会場に向かいフロアでワクワクしながら待った。オープニングアクトのDJは、巷で話題の二人組音楽グループの片割れであり、大変素晴らしく、期待も興奮もうなぎ登りであった。もしかすると、自信を失い、元気がなく心が折れそうになっている齋藤を、今日のイベントは救ってくれるかもしれないと思った。
そこに、件のラッパーが現れた。顔も目も赤く千鳥足、見るからにいろいろ限界の体であった。
ライブはといえば、まずは音響トラブル(?)によりライブを始めることができず、困惑の様子。続いて、焦りと苛立ち。音響エフェクト等未完成のままライブを開始し、諦めの様子。空元気というか、取り返すように過激なパフォーマンス、からの機材をなぎ倒し、音響トラブル、怒り、悲しみ、何度かやり直し、最後は無。ラッパーは静かにマイクを置き、「心が折れたので、今日はもうやめます。」と小さくつぶやき去った。
ラッパーの小さいつぶやきは狭い会場に響き渡った。割れんばかりの拍手。我々オーディエンスはラッパーの背中を見送った。
人生において、何かしらの精神的困難を感じたとき、それでも何事か成そうと無理をしてうまく行った試しがないと気づいた。
駄目な時は駄目。とにかく駄目。駄目な時期が少しでも早く過ぎ去るように息を殺して耐えるのだ。そんな決意みたいなことを考え、天井を見上げ、ポケットを弄ってバイクの鍵を指に引っ掛けた。
サッと踵を返し、齋藤は帰った。イベントはまだまだ途中だったが、他オーディエンスの熱狂をかい潜り、会場を出た。
そう、心が折れてしまったからである。