錬金術と生体磁気
錬金術で最も有名な研究者で医師であるパラケルスス(セオフラストゥス・ボンバストゥス・フォン・ホッヘンハイム)は1493年から1541年の人物だが、生体磁気説の支持者でもあった。パラケルススは新しい薬物療法の数々を発見し、人間の病気や行動と惑星や恒星との関係を考察していた。
生物は微細で浸透的であり宇宙に遍満する流動体の影響を受けており、その流動体には磁気的な性質が備わっていると考えたパラケルススは、そのチカラを使って治療を促すことが出来ると結論づけていた。それは一般的には「エーテル」と呼ばれるものであると考えられる。
パラケルススの死後、生体磁気説は当時の神秘家であり医師であったロバート・フラッドに受け継がれる。彼はヨハネス・ケプラーと科学的および気密知識へのアプローチに関して意見交換を行ったことでも有名だ。17世紀初期の代表的な錬金術理論家の一人であるフラッドはエーテルというより、光と生命の源である太陽を重視していた。そこに磁気を含む微細なエネルギーがあると信じていたからだ。
錬金術を調べていると、17世紀英国の記述の中に興味深い一文を見つける。1689年のイギリスでウィリアムとメアリーがそろって王位についた年に、かつてヘンリー四世が出した条例が廃止されたという。その条例とは"金属の増殖を国王への犯罪行為とする"ものであり、要するに錬金術を禁じたものである。
錬金術は1317年にローマ法皇のヨハネス22世が禁止しているが、ヘンリー四世が1399年から1413年までの在位期間にイギリスでも禁止される条例が出された。そのことからも中世を通じて市井で錬金術まがいが大流行りしていたのは間違いない。一方で16世紀にはエリザベス一世女王の顧問を務めていたジョン・ディが錬金術の研究に耽っていたことからも、王室の中でそれが重要な術であることは理解されていたはすだ。
そして法令を廃止したウィリアム国王とメアリー女王は、錬金術の研究を奨励し、増殖した金銀の用途の裁量権を造幣局に帰属させている。その後、1694年にイングランド銀行が設立されていることと無関係ではないと、個人的には踏んでいる。禁じても歯止めが効かなくなった錬金術を公に認める代わりに、金銀を増やす権限を集中させて、経済を握る方向に舵を切ったと考えるのは単なる陰謀論だろうか。
ただ錬金術自体は鉱物を単に物理的に増やす方法ではなく、人間の精神的なチカラと結びついているとされる。だから工業生産のような方法を取るわけにはいかない側面もある。むしろ錬金術自体は薬学や医学的なヒーリングの側面が色濃い。
一方で18世紀後半には、フランツ・アントン・メスメルが、人間の心の作用ではなく鉱物の力、特に磁石の作用で治療することが出来ることを主張していた。メスメルは生命が磁気的な性質を帯びており、それを「動物磁気」と名付けたが、それは宇宙に遍満するエネルギーとの相互作用で成り立つと彼は考えていた。
フランス革命を迎えたこの時期で、この動物磁気を用いた手かざし的な療法は大流行りするが、一方でアカデミズムからは反感を買うことになる。
英国ではウィリアム四世が統治した1830-1837の間には「手かざし」の治療法が廃止された。手かざしはヨーロッパでは「ロイヤルタッチ」として広く普及し、イギリスでも証聖王エドワードによって始められて以来、700年も続いてきた民間の治療法だった。ちなみにウィリアム四世は1786年にフリーメーソンに加入し、即位する2年前の1828年には「プリンス・オブ・ウェールズ・ロッジ」のマスターになっている。メーソンに関わるような人物が、こうした治療法の有効性について理解していないわけはないはずだが、なぜ禁止したのだろうか。その後20世紀の医学が薬物療法を中心とする体系へと傾倒していくことと無関係ではないようにも思える。
現代科学が解き明かした一つの事実は、すべての物質は元素からなり、その元素は電子の個数と配置のバリエーションに過ぎないことだ。そうであれば、単純に考えて植物や動物が成長するのであれば、鉱物だけが成長しないというのは奇妙にも思える。錬金術や生体磁気のような考えは、現代科学では迷信として切り捨てられているが、もう一度、こうした俗説を再考するタイミングに来ているのではないか。また別の機会にそれについては考察してみたい。
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