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メイキング|村焼き(仮題) #13 執筆:転【2】

2.3.1

 それでは書いていきましょう。まずは新しい村への移動から。馬車の中で手帳を使って防衛魔法についての情報収集をします。

 舗装された道を走り続けて数日が経った。振り返るとあの街の壁は小さくなっていて、長い距離を進んできたことを自覚する。小鳥の視界を使って辺りを見回すけれど、大きな変化は特になかった。
「村を魔法使いから守るやり方を教えてください……だと直接的すぎるかな。もう少し工夫した方がいい?」
 私しかいないキャビンの中で問いかける。もちろん返事を期待しているものではないけれど、しばらく対等な話し相手がいたから口に出して思考を整理する癖がついてしまった。今までは頭の中で済んでいたことも、言葉にして出力しないとうまくまとまらない。
「……魔法に対する防衛の方法を教えてください、くらいでいいか。これならみんなも考えていることだろうし」
 掲示板のページへと文字を書き込む。とは言ってもペンを使うわけではなく、自分の魔力を紙面に込めるだけ。特定の場所に書くときはそこをなぞればいいけど、掲示板は空いた場所に文字を入れるそうでページの端を強く挟んで魔力を送り込む。じわじわと炙り出された私の問いが、障害物を避けるように紙の上で泳いでいった。隙間が多いところで止まり、文字が濃く縁取られる。
「いい返事が来るといいなあ」
 エレナ曰く、この掲示板機能はあまりメインの機能ではないよう。そもそも手帳を利用している魔法使いが少ないのだから無理もない。でも身を隠した状態で不特定多数に情報を求められるのは便利だった。自分にはない知見が得られることもある。
 この前も、魔法使いの正装について意見を聞いてみたら、もう帽子は被らないし杖も使わない人が多いと言われた。確かに先が尖って鍔の広い帽子は被らなくても何も困らないけど、杖がなくてはどうやって魔力の流れを指示するんだろう。気になってその答えてくれた人に再度聞いてみたら、魔導具を手に装着して指を使って行っているとこのとだった。そうすれば細かな操作もできるし荷物も減るとのこと。精度も問題ないとのことで、もうそれでいいじゃんと言う気持ちだった。ちなみにその魔導具を販売しているのはあのお爺さんらしい。手広くやっているんだな。
 ページを捲ってみたけど返事は何も来ていなかった。内容が内容だし、意見が集まるまで数日かかるかもな。もうしばらく待とう。

 まずは手帳へ記入しました。答えを得られるまで数日かかるため、少し時間を稼ぎます。魔導具の解析をしつつ、魔法とはどんなものなのかを改めて説明します。理論的な(基礎的な)ことは弟子とやりますし、【起】でも似たような話はしているので出来るだけサラッといきたいですね。

 トランクから冊子を取り出す。街を出る前に魔導具屋から買ったもので、任意の場所を自由に見ることのできる地図だ。魔法用紙が使用されていて仕組みが面白そうだったからつい買ってしまった。表紙裏には手帳と同様に基礎となる魔法が記述されている。まずはこれを読み解いてみよう。
 私たち魔法使いは、自分たちの中を流れる魔力を体外に放出して実行する魔法と空気中に存在する魔力の流れを制御することで発生する魔法の二つを扱っている。厳密にはもっと細かく分類されるのだけれど、起点となるものが自分なのかそうでないのかで考えた方が分かりやすいから私はそうしている。魔法の効果も、イメージだけのものと言葉にするもの、文字にするものではその精密さが異なる。目に見える形にした方がよりエラーが少なく、ロスもほとんどない。
 ただ、こういうものは誰かに教わるものではなく、自分が魔法使いであると自覚してから少しずつ着実に自己研鑽を重ねることで身につけるもの。故に体系的に整備されているわけではなく、おおよその共通認識はあれどそれぞれが自己流で、要はみんなやりたい放題なんだけど。だからこそ他の魔法使いの思考を読み取っているようで、私にない発想を得られそうで、とてもわくわくする。
「(それでも全然分からないのよね)」
 同じ文字を使っているはずなのに全然認識できない。パズルを解くようにして言葉を分解して再構築する。その裏に隠された意味をどうにか読み取れないかと試行錯誤する。文字によって外界の魔力の流れを制御している魔法ということは分かるのだけれど──。
 夢中になって解いているうちに夜になっていた。人形たちもある程度休息させた方がいいから傍に止まり、それぞれのメンテナンスをする。流石に足にひび割れが出てきているから、近くの土を掘って補強した。土地が違うから性質も若干異なるだろうけど、サポートくらいなら十分出来るだろう。私もクッションをずらして仮眠をとって、窓から光が差し込んできたら活動を再開する。簡単な食事と運動を済ませたら出発だ。

 時間稼ぎはこんな感じでいいですかね。魔力や反応については弟子と一緒に学びましょう。どのように使うかだけ示しました。魔導具の地図についても、完全なネタバラシをする余裕はないので程々の言及にとどめておきます。実際のところ、お爺さんの工房の壁に大きな地図があり、そこの一部を魔法用紙に投影することで地図を表示しています。手帳もそうですけど、ネットワーク関係に強いのかもしれませんね。
 さて、ここからちょっと日にちを進めて手帳を確認します。

 しばらくして地図の解析が終わって自分なりのアレンジが済んだ頃、手帳を確認すると掲示板が更新されていた。どんなものが書いているのかとわくわくしながら開く。
「『魔除けを付与』『結界の構築』『罠の設置』『人里から離れる』…………たったこれだけ?」
 もっといい答えがないかと再度読むけど、表示は何も変わりなかった。全部私もやったことあることだし、後半に至っては魔法使いに限ったことではないし。期待して損したな。
「やっぱり今まで通りのやり方でやるしかないのかなぁ」
 魔除けと魔法検知は続けるとして、守りに特化するなら結界が一番シンプルではあるけど、維持にかなり魔力を取られるし外界とのやり取りに支障が出るからあまりやりたくない。出来るだけ自然な形で、それでいて疲れないやり方がいい。そういう画期的なやり方を期待していたのだけど。魔法を検知して瞬時に反射するやり方も、構想はするけどその仕組みについては全く思いつかないし。エレナにも防衛のこと聞いておけばよかったな。

 流石に同じしこう思考を何回もやっていてくどいので、もうこれ以上はやらないです。このまま諦めようとした時に無機魔法を使ったやり方について言及する人が現れます。

 魔法を構築するために魔導書を開こうとした時、掲示板に一文が追加された。その後も短文がいくつか連投される。
「無機魔法を使ったやり方……?」
 その人が書くには、無機魔法を使えば常時展開するような結界とはまた違う形で身を守れるかもしれない、とのこと。具体的な種別については書いていないけど、自分の周りにその魔法を纏わせておくだけでいいという。ただその人も実際に魔法を使えているわけではなくあくまで理論上の話というが。もう少しいろいろ聞いてみようと思ったところで別の人がその投稿に噛みつき、私の預かり知らぬところで討論が発展していってしまった。そんなものは存在していない、魔法使いが容易に手を触れられるものではない、とかなんとか。ほとんど言いがかりみたいなものばかり。
「(無機魔法か……)」
 他の魔法使いのリアクションを見るに、やはりまだ良いものとしては認識されていないようだった。でもこうやって提案してくれる人もいるから全員がそうというわけではなさそう。ちょうど今が過渡期なんだろうな。
 今回は状況を制限してしまったから魔法を纏うだなんて回答が返ってきてしまったけど、実際には村全体を覆うほどの大規模な魔法にしなくてはならない。うまいことそれらのスケールを変えて適応させる必要がある。その人はどのくらい無機魔法のことを知っているのだろう。見ず知らずの人だから個別の連絡ができないのがもどかしいな。
 どんどん発展していく言い合いを眺めているけど、無機魔法の人は努めて冷静に返答していた。周りからの心無い言葉にも動じていない。きっと現実でもそういうことを言う人たちがいるから対処に慣れているんだろう。
「へぇ」
 その中で空間にまつわる魔法についての言及があった。世界の境界部分に発生する無機魔法で、異なる場所に繋げることができるとのこと。それを魔力に反応する魔法と掛け合わせれば半自動的に魔法を退けられるという。厳密には別の空間に移動させているとのことだが、それでもとても興味深いことだった。
 例えばこの無機魔法と魔力検知を掛け合わせて、そしてその移動先を攻撃された場所と全く同じところに返すように設定できるのなら。私が最初に想定した反射させるやり方が実現するかもしれない。今までぼんやりとしていたイメージが急に現実味を帯びてくる。やり方がわかればあとは構築するだけ。なんだけど。
「問題はその魔法をどうやって手に入れるかよね」
 結局のところ、私たちが使っている魔法と構成が異なるから自分たちで合成することができないのだった。だからどこからか手に入れなくちゃいけないけど、まず市場には出ていないだろうし。自分でどうにか探し出すしかない。

 ちょっと紆余曲折ありましたけど無機魔法についての情報提供ができましたね。この掲示板のイメージ的にはTwitterに近いです。自分の投稿につけられたリプライに対して、全く知らない人同士が会話を広げているアレです。
 あとはその無機魔法を手に入れるやり方を閃いてこのパートは終わりです。

 世界の境界面にあるとはいえ、その境界というものは私たちの主観で決められるようなものなのだろうか。水平線や影が思いつくけど、水平線はずっと辿りつけないし、影についてはそれが含まれていたとしてもほぼ誤差みたいなものだろう。解釈を広げて森や林の出入口も考えたけど、今までのことを考えると明らかに無機魔法が発生しているようには見えなかった。でも時間にまつわる魔法の時はたまたま魔力が濃く見えていたから気づけただけで、実際には至る所に存在しているのか? 私たちが普段認識できないだけ?
「あ、」
 でもそうか。境界って、別に地面に触れていたり何かが交わるところではなくてもいいのか。鏡みたいに何かを写すものも境界として成立する。それなら、水溜りや池、湖もその対象になり得るだろう。その程度の差はあれど、空間にまつわる魔法はあるに違いない。幸い、新しい村には大きな湖がある。そこから採取できれば全てが解決する。もし量が少なくても、その増幅方法を研究すればいい。
 なんだか全てが上手くいくような気がしてきた。これはきっと正しい感情ではないのだろうけど、新しい何かに触れる時の心臓がひりひりする感じは結構好き。もしこれが思う通りに行かなかったとしても、今まで以上に対魔法使いについては警戒するし。焦らずじっくりやっていこう。

 さて、無機魔法の入手方法についても考察が終わりました。あとは村に到着したのちに湖を調べてもらいます。
 新しい村についてですが、標高500mほどの山間部にあります。大きな湖の周りに家が立ち並び、その周辺にも大小様々な湖が点在しています。村の中に家を建てる間は近くの別の湖の近くで仮住まいを作り、そこで空間にまつわる魔法の研究と防衛魔法の構築をしながら過ごしましょう。

 緩やかな上り坂を走る。数日前くらいから、だんだんと山を登るような道へと変わっていた。小鳥の目を借りて振り返れば、あの街が小さく下の方に見える。街道も小石が多くて舗装されているとは言えない状況だった。おかげで揺れがひどくてお尻が痛い。あまりここを通る人がいないのかな。クッションや寝具を新調しておけばよかったな。
 改造した地図を開いて現在地を確認する。使い魔の視界からおおよその距離を測ってどのくらいで到着するかを紙面上に表示させているのだけれど、計算上ではもうすぐで到着するとのことだった。結局二週間以上かかってしまった。でも準備はちゃんとしたからそこまで大変ではなかったけど。
 お爺さんに教えてもらった通りに街道を外れて林を進む。思ったよりも山の中だったけれど、道はなだらかだった。おかげで馬車でも難なく進める。すれ違うほどの余裕はないけど、向こうから来る様子もなかったし大丈夫でしょう。
「ここ……ではないか」
 視界が開けたところで馬を止めた。目の前には湖があったのだけれど、あまり大きくなかったし、何より人影がなかったからここでは無いのだろう。でも水が透き通っていて、青くて、とても綺麗だった。囲うように項垂れている木の枝が風に流されて揺れている。葉先が水上を掻いて波紋が広がっては打ち消しあっていた。
「(とても素敵な場所ね)」
 この湖のそばに住みたい気持ちもあるけれど、魔法使いとして関与するからには村の中でないと。関わりが薄くなってはこちらの目的が達成できない。それはそれとして遊びに来るくらいならいいかな。
 御者に合図して再び進んだ。地図に印をつけておく。そうすれば迷わず辿り着けるはずだ。お気に入りの場所がこんなに早く見つかるなんて幸先がいい。これからの生活がとても楽しみだった。

 と、いうことで村に入る直前まで来ました。そのまま直で村に入ろうかとも思ったのですが、一旦手前の湖に寄りました。ここが仮住まいを作る湖畔であり、空間にまつわる魔法を採取して研究する場所になります。それでは気を取り直して村に入りましょう。

 しばらく行くと整えられた道へと出た。普段から誰かが使っているからなのだろう、石や雑草などが取り払われていて走りやすい。きっとそろそろ村に着くだろうから、私は正装へと着替えた。怖がられてもいけないし、無くても困らないので帽子は被らないでおく。櫛を使って髪を漉いて、込められた魔力によって編めば、腰ほどまでに伸びていた髪が一つの大きな束へと変わった。今まではざっくりとしかまとめてなかったから、縛られたことによって、ぎゅっと気が引き締まるよう。まだ日が出て暑そうなのでケープは羽織らずワンピースだけにする。
 やがて馬車が止まり、護衛が扉をノックした。私はそれを合図にキャビンを降りる。目の前にはとても大きな湖が広がっていて、それをぐるりと囲むように家が立ち並んでいた。その向こうには山肌が緑に染まっていてとても綺麗。今いるここは、多分広場として使われている所なのだろうな。すぐそばの一際高さのある建物はきっと村長の家なのだろう。扉の前には初老の男性が立っている。その向こうの道には人が集まっていた。あれはここの村人たちなのだろうか。そのざわめき具合からするに、あんまり歓迎されているわけではなさそう。というよりは戸惑っている感じ?
「こんにちは」
 とびきりの笑顔を作って男性へと挨拶する。彼は少しぎこちなく応答してこちらへと進んだ。
「こんにちは。旅のお方ですか?」
「ええ。新しく住む場所を探していて、ここから北にある街から来たんです」
「なんと。それは大変でしたね」
「遠かったですけど、とても穏やかな旅でしたよ」
 できるだけ怖らがらせないように、と気を遣って話はしているけどなかなか緊張が解れない。向こうも聞きたいことがあるけど憚られているような気配があった。おそらくは私が何者であるかということなのだろうけど。これは先に魔法使いであると開示したほうがいいかもしれないな。その上で敵意がないことを示さなくてはならない。
「私は魔法使いのアリシアと言います。主に薬草を使って薬を作ったり、治癒によって身体のサポートをする魔法を行なっています」
 村人たちにどよめきが広がる。何人かは家へと逃げるように走って行ってしまった。もしかして魔法使いに会うのはこれが初めてだったのだろうか。そうすると御伽噺のようなイメージが先行してしまってあまりいい印象を持っていないだろうな。それはなんとか払拭したいところ。
「魔法使いとは言っても皆さんを害することは一切しません。魔法の研究をする傍ら、皆さんの生活をサポートしたいんです。もしよければ、この村に住まわせてくれませんか?」
 私の問いかけに村人たちは静かになる。小声で何かを相談するような仕草をしたあと、一人がこちらへと出てきた。初老の男性へと耳打ちをして去っていく。さて、私の扱いはどうなるのだろうな。
 彼は湖の方を見て少し考えたあと、おもむろに口を開いた。
「わたしたちの村は、おそらく感じているかとは思いますが、魔法使いに会うのが初めてなんです。住人の多くはその力を恐れていますし、あなたをここに留まらせることを反対している者もいます」
 穏やかな言葉遣いだったけれど、その内容はあまりいいものではなかった。そうか、ここはダメなのか。いいところだと思ったのだけれど、また別のところを探さなくてはいけない。でもできるだけそれを悟られないように笑みは崩さない。
 でも、と彼は続ける。
「わたしは、あなたからは敵意を感じませんでした。湖も凪いでいますし、自然もあなたを受け入れています。あなたは病を治すことができるんですよね?」
 話の方向がぐるっと変わる。耳打ちをした村人も「村長!」と声を荒らげた。彼はそれを手で制し、私の目を見て言葉を促す。
「え、ええ。前にいた場所でも薬草を煎じたものを作っていました。街では治癒のやり方も学びましたし、皆さんの役に立てると思います」
「それであれば、ぜひこの村で過ごしてください。数ヶ月に一度来ていた医者が来なくなってしまって、村人を診てくれる人がいなかったんです」
 村長は一歩前へ出て手を差し出してきた。私もそれに応えて握手する。彼の手は冷たく、少し震えていた。仄かに魔力を送って温める。これはエレナに教えてもらったもので、こうすると過敏になった神経が和らぐとのことだった。
 彼は驚いたように目を見開いたあと、優しく微笑んだ。良かった。受け入れてもらえた。
 振り返って村人たちへと説明する。思うところはあるようだけど、村長の決定には従うようだった。信頼されているのだろうな。それを裏切らないよう、期待に応えなくては。
「お世話になります」
「はい、こちらこそよろしくお願いしますね」
 私は深く頭を下げて挨拶をする。村長以外からは返事をもらえなかったけれど、ひとまずはここで暮らせることとなった。まずはそれだけでも良しとしよう。

 書いている間、思わぬ方向にいってしまい危うくこの村で暮らせなくなりそうでしたが、村長さんが理解のある人でよかったです。村人とのトラブルはあまり作りたくありませんが、最初から和気藹々よりはマイナスからスタートしたほうが仲良くなれるかもしれませんし。うまいこと付き合っていきましょう。
 まずは村の案内をしてもらい、住む場所を決めます。

 馬車は広場に止めさせてもらって、村長さんに村を案内してもらった。護衛は置いていく。黒塗りの大きな人型のものを連れていると、あらぬ誤解を招いてしまうかもしれないし。私自身が村人たちに対して警戒していないということを示すためにも、単独で行動する必要があった。さすがに魔導書は持ち出したけど。
 村の中心にある湖はとても澄んでいて綺麗だった。あの街の公園よりもさらに一回りは大きいと思う。一周するだけでも数時間かかってしまいそうだった。ここには辺りの山から湧き出た水が川を作って流入していて、飲み水としても活用しているという。魚も釣れるから食事にも困らないようだった。山に棲む動物を狩ったり木の実を拾ったりして食料は確保しているという。山肌を少し削って畑にして野菜も作っているらしい。冬の時期はどれも採れなくなってしまうから貯蓄で生活するとのこと。そうなるとあまりたくさんは食べてられないな。
 この広場がある側に村人はほとんどいるとのことだった。湖に沿って道が伸び、それに寄り添うように家が建ち並んでいる。その後ろにも何層にも家屋が連なっていて、この山の一部に小さな集落が埋め込まれているようだった。
 道を歩いていると、窓や扉から痛いほど視線を感じた。大人たちは厳しい目で、子どもたちや若者は好奇心で私を見ている。軽く会釈をして繋がりを持とうとするけど、揃って顔を背けられてしまった。でも、こんな街道から離れた場所なのにいろんな年代の人がいるんだな。前の私の村は老人ばかりでもう次の世代はそう多くはなかったのに。ここはあまり偏りがない。
「それは、山の向こう側から来る人がいるからですね」
「交流があるということですか?」
 私の素朴な疑問に村長は淡々と答える。
「というよりはこちらに来ざるを得ない、というか。何かしらから逃れる必要があって、山を越えて、この村にたどり着くんですよ。いろんな事情があるんです」
「そうなんですね」
 あまり詳しいことは言いたくなさそうだったのでそれ以上深くは聞かないけれど、あちら側ではなにか身を脅かされるようなことがあるのだろうか。魔法使いによるもの……ではないよな。会うのが初めてって言っていたし。そしたら人間同士の争いとか? そういうことはあの街でも聞かなかったからな。情勢が全然分からない。
 ひと通り教えてもらって広場へと戻ってきた。村の一番端っこに建てることにする。集落の中にもまだスペースはあったけど、皆の心理的な負担を軽減させるためにも少し離れたところにしたほうがいいとのことだった。それについては私も賛成する。用があればこちらから出向けばいいのだし、数年かけてゆっくり信頼関係を構築できればそれでいい。
 村長は大工さんたちを呼んでくる。おそらく棟梁であろうお爺さんはいい顔をしていなかったが、他の人たちは皆若くあまり気にしていないようだった。私は家のイメージを紙に描いて渡し、荷台に載せていた素材類も自由に使っていいと伝える。報酬を少しだけ上乗せして先に納めておいた。彼らは目を輝かせて鼻息を荒くする。頑張ってくれそうだな。

 湖に沿ってぐるりと家で並べようとも思ったのですが、焼くときに大変なのでぎゅっとまとめました。いろんな世代がいたほうがいいのと、途中で別の家族が合流するための理由として山の向こうから人が来ることがある、ということにしてあります。その理由についてはまだはっきりとは思いついていないですけど、戦争や政治的なことなど重たい内容じゃなくてもいいと思うので、またその時が来たら考えます。家は遠くなっちゃいましたけど、仲良くなってみんなが遊びに来てくれるようになったらいいですね。
 建てている間に最初に見つけた湖へと移動し、仮住まいを作りつつ空間にまつわる魔法の採取と防衛の構築をします。あとは蜘蛛の巣もばら撒かなきゃですね。

 家が建つまでの間キャビンで寝泊まりをするわけにもいかないし、どこか別のところに仮の住まいを作ることにした。せっかくだから途中で見かけた湖の近くにしようかな。静かだったし、無機魔法の採取ができるのか検討したいし。村長さんに相談すると、穏やかな顔を崩さずに了承してくれた。
 大工さんたちに渡した素材の中からいくつかを取り出して護衛に持たせる。馬と御者は荷台とキャビンの移動に必要だからと置いていった。指示すれば私以外の言うことも聞くことを伝えて、人形の簡単な操作について指導する。若い子達は飲み込みが早かった。彼らの様子は使い魔を通して見守ることにして、小鳥は森の中へと隠しておく。
 村を出てゆっくりと歩く。ここに来るまではほとんど室内だったからあまり外の様子を見られなかったんだよな。ここまで山の中に入ったのは本当に久しぶりで、植物のおかげで少し湿った空気が体を潤してくれるようだった。太陽の光も葉に遮られて和らいで、昼過ぎだと言うのに過ごしやすい。背の高い木と低い木が層を作るようにして生えていて、その根本にはいろんな葉や花が伸びている。いろんな植物が生きているんだな。薬草はどれくらいあるだろう。家がちゃんと建ったら探索しにこようかな。
 地図と睨めっこをしながらしばらく進んでいくと、目的の湖が目の前に現れた。手前のところにちょうどスペースがあるから、そこにしようかな。ちゃんとした家だと構築が大変なので、少し大きめのテントを作ることにした。周りに落ちていた木の枝と持ってきた素材を重ねて置いて、それを囲うように文字を書く。その一部に杖を載せて魔力を込めた。
 焚き火の時のような爆ぜる音と青白い火花が散る。文字から立ち上る星空のような靄が中心に集まって材料を飲み込んでいった。じわじわ、と溶ける音が聞こえたところで魔法を実行する。
「■■■■■■■■■■■■■■■」
 私の声と杖の動きに合わせて魔力が動き出した。夜の綿毛みたいにふかふかだったものが、だんだんと広がって形を得ていく。杖を上下左右に振ってイメージを具現化する。ここは入口、それは屋根、あっちにぐーっと伸ばして壁を作り、縫い付けるようにぐるっと柱を立てたら完成。全身を使って指示をしたおかげで汗まみれだった。ワンピースがぺったりとくっついて気持ち悪い。目の端に映る湖が魅力的に光っていた。
「(……少しくらいならいいよね?)」
 この景色を損なわせるわけにもいかないし、何より私の生活用水はここから調達するから汚せないし。余った素材からバケツを作って湖に入れた。ひんやりとした水がとても気持ちいい。周りに誰もいないことを確認して服を脱いで手短に済ませる。身体の熱を吸い取ってくれるような感覚がとても心地よかった。お風呂みたいに全身浸かったらさぞ気持ちいいだろうな。

 仮住まいを作るところまではできました。湖の水には実際に触れたことがないのですが、きっと冷たくて少し硬いんだろうな、と想像しながら書きました。日光もあまり入ってこないでしょうし、きっと魔力も少しだけ込められてるでしょうからまとわりつくような感じがあるでしょうし。



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