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小説|最強のありか
最強という言葉が持つ響きに誘われた人間はことごとく散っていった。それは拮抗する力の持ち主との戦いで敗れたからではない。力を求める者たちが起こした戦争による結果でもない。それらはすべて、最強という言葉に関係するものだとしても、最強というものには到底及ばないものだった。そんな小さな存在には、最強というものは重すぎた。操ることはおろか、触れることすらできない。自分の中に取り入れようと手を伸ばせば、その圧倒的な力の差に身は焼かれ、灰となる。ああ、なんと愚かなことか。自らの力量すら認識できないものが、どうして最強というものを手に入れることができるのだろうか。
それでも皆欲しがる。手に入れられないと知っていながら、手に入れられないからこそ、追い求めている。そのたびに無駄な争いが、大きな火の海が、世界を覆っていく。ついには、その最強という言葉に惹かれた種族によって世界は破壊しつくされてしまった。
「そうしてこんなことになってしまったのだろうね」
瓦礫の下に埋まる少年は誰に対してでもなく呟く。兄妹も家族も、皆兵士に殺されてしまった。逃げた先のこの建物も、爆撃によって崩れてしまう。どうにかできた隙間に体を押し込んで身を隠してみたものの、これ以上の時間をここで過ごすことはできそうになかった。体中の組織が悲鳴を上げている。もう、長くはないだろう。小さな体は大きすぎる力によってどこか遠くへ運ばれていってるようだった。
「僕たちは何もしていないじゃないか。さいきょうだなんて、僕たちはいらない。大人たちは皆、さいきょうが欲しいみたいだけど、それなら勝手にやっていればよかったじゃないか。僕たちを巻き込まなくても……」
こみあげてきた咳に言葉が遮られてしまう。砂埃が立ち込めるコンクリートの山の中は、とてもじゃないが呼吸ができるような環境ではなかった。少年は、その場から逃げるように身を引きずる。かすかにある光の方へ、這っていった。
何者かによって、一瞬光が途切れた。なにかが通り過ぎたかのようだった。
なんだろう。
もしかしたら兵士かもしれない。彼らに見つかったら、さいきょうというものを探している彼らに見つかったら、僕は殺されてしまうだろう。どこにあるかもわかっていないのに、所構わず壊して血眼になって探しているのだから。僕にも、あるはずのない可能性を押し付けられて、ひき肉になってしまうのだろう。
「……いやだ」
けれど、こんな場所でずっと蹲っているのも嫌だ。兵隊のところに行けば、きっと僕は殺されるだろう。そうすれば、家族が待つ天国へと行くことができるのだ。僕は自殺なんてしていない。その状況に、身を投げていくだけだ。地獄には落とされないだろう。
むき出しになった鉄の棒に皮膚が引っかかれて割ける。その場所ばかりがじんじんと痛むが、保護するための服もなければ絆創膏もない。けれど、もし治してしまったら僕は死ぬのが遅れてしまうかもしれない。そのままにしておこう。
「あなたは死ねないよ」
ふと、後から声が聞こえた。首を回してみれば、僕が先程までいたところに、一人の少女が立っている。白いワンピースを身に纏った、小さな女の子だ。僕よりも小さいかもしれない。布先から伸びる白い手足が、彼女の妖しさを一層引き立てていた。
僕は仰向けになって、彼女と会話ができるようにする。
「どういうことだい?」
「そのままの意味だよ。あなたは死ねないの。どんなに深い傷を受けたとしても、内臓を抉り出されたとしても。死ぬことはできない。神様が許さないもの。あなたが死んでしまったら、この世界は崩壊してしまうわ」
世界が、崩壊する?
どういうことだろう。僕には大きな爆弾でも仕込まれているのだろうか。僕の心臓がつぶされた瞬間、世界中にある軍事施設に仕掛けられた爆弾が、爆発してしまうのだろうか。
彼女は首を横に振る。どうやら違うようだった。
「あなたは彼らが求めるものなんだもの。あなたの存在自体が、この世界では手に余るほどに強すぎるの。どうしてそうなったかというのは私にもわからないけれど、少なくともあなた自身がいなくなってしまったらこの世界は壊れてしまう。世界の軸が折られてしまうのだもの。コマの軸が壊れたら、それは一生回らなくなってしまうわ」
彼女の言っていることは、理解することなんてできない異国の地の言葉のようだった。僕の認知能力が落ちているからかもしれない。そもそも、彼女が僕と同じ言語を話していないからかもしれない。僕が死んでしまう直前だからかもしれない。いろんな可能性が頭に浮かぶけれど、どれも大した意味も持たずに消えていくのだった。
僕は、本当のことから目を逸らしているだけかもしれないけど。
そうだよ、と彼女は囁く。
「あなたは認めようとしてないだけ。もしくは、さいきょうとあなたが分離しているからなのかも。内側と外側は、同じところにあったとしても一致しているとは限らないわ。もしあなたが内側の存在を知った時、どうなるか分からないものね。神様に聞いても、とぼけて首をかしげるだけでしょうし。内側を守るためにあなたの外側は強くなりすぎたから、どうやったってあなたも死ぬことはできないでしょうし。どうしたものかしら。どうしたらあなたは納得ができるのかしら」
彼女はそれなりに真剣に考えているようだった。僕に何をさせたいのだろう。内側と外側とは、皮膚と内臓という意味なのだろうか。僕の内臓は、それほど強靭で高く売れるのだろうか。いや、そういうことではないだろう。彼女の言っている、考えているものというのは、そんな単純なものではないはずだ。もっとレベルの高い、次元が違う話をしているはずだ。
焼けるような咽喉をどうにか動かして、僕は彼女に問うた。
「……そこまでして、僕にどうしてほしいんだい?」
僕の疑問は彼女の考えを完全に遮ってしまったようだった。彼女自身、このような質問をされるとは思っていなかったのだろう。想定外の出来事に、頭が追い付いていないという様子だった。少し歩きまわって彼女は考えた。ぶつぶつと、時折言葉を漏らす。小さな声は僕の耳に届かなかったが、僕にわかるような言葉を探してくれているのだろうということはわかった。
「私はただ、あなたが死ねないということを理解してほしかっただけ。それと、あなたがどういう存在であるかということを、認識しほしかっただけ。どういうものなのか、世界にどのような影響を及ぼすことのできる人間なのかということを、知ってほしかったの。あなた自身の問題だから、あなたが自らの力で知ることができたらよかったのだけれどね。
あなたの中には、この世で一番強い魂が入っているの。それが、みんなが求める“さいきょう”というものよ。それを手に入れればどんなものよりも強い魂を、精神を手に入れることができる。そうすれば、どんなものにも負けないでしょうね。争い事でも、ただの能力においても、どんなものとも格が違う、異質の存在になれる。そういうものを、あなたたち人間は求めていたのね。わからないことでもないけれど。
それでね、世界には最強の魂を持った人間が必ず一人いたの。けれど、その人たちはそのことに気づいていなかったわ。いえ、知ることを許されなかったというべきかしら。今のあなたと同じように、普通の状態ではその思考すらできないほどに意識から隔離されてしまっている。だから誰からも狙われることなく、生きることができたの。その頃はさいきょうを求める人間もいなかったしね。
けれどいつからか、さいきょうを求める人間が現れるようになってしまった。それからは、魂を守るために強い強い体に隠すことにしたの。そして、その肉体が限界に達したとき、新しい生命に魂を移す。今その魂があるのが、あなたなのよ。あなたが最強の魂を持っているの。そして、それを守るための強すぎる肉体がある。だからあなたは死ぬことができないの。わかった? だから、死のうだなんて思わないで。その内側を守って。彼らの手に渡ってしまったら、私たち神の手間がすべて水の泡だわ」
彼女は倒れる僕の頬に手を添えた。
それはとても冷たい、死んだ人間のような手だった。
「……うそつき」
鋭利に尖った指先を咽喉に突き刺されて、そう呟くのが精いっぱいだった。
【情報】
お題:最強の戦争(制限時間:1時間)
2012.12.13 19:38 作成
2024.09.20 09:20 誤字・脱字修正