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小説|特別なもの

 これは、やばいかもしれない。
 そう思った時点で、僕の人生は終わってしまったのだろう。可能性の話ではなく、確実に僕は今やばいのだ。下手をしたら死んでしまうかもしれない。いや、死ぬだろう。これだけ準備されているのなら、僕が生き続けられる仮定の話すら浮かんでこない。

     □

 今日は僕の誕生日だった。家で一人誕生日パーティーをやるのもつまらなかったので、適当にサークルのメンバーに声をかけた。誕生日だから祝ってくれ、と冗談半分でメールを送ったところ、何を思ったのかサークルあげての飲み会に誘われてしまった。ちょうど年末だったから、ということもあるのだろう。いつも見かけない先輩たちもいた。なるほど、ただのお菓子パーティーじゃ人が集まらないからお酒にしたのか。
 昨日で僕の十代は終わってしまった。今日から、堂々とお酒を飲むことができる。乾杯の音頭を取り、実に二時間飲み放題のお店で騒いでいた。二次会もそこそこに、皆それぞれ帰路についてしまう。残ったのは僕と、もう一人だけだった。同じ学部の女の子で、割と話すことが多かった人物でもある。二人だけ残されてしまいどうしようかと悩んでいた時、彼女が僕の服を引っ張った。どうやら、こちらに来てほしいということらしい。何度も細い道を曲がり、大通りまでの道順が分からなくなった頃、急に視界が開けた。静まり返った住宅街である。彼女はおもむろに目の前の家の扉を開けて入っていった。一人残るわけにもいかず、僕も続いていく。
「あら、いらっしゃい」
 出てきたのは彼女によく似た女性だった。彼女は一言帰りの言葉を置くと、階段を上っていってしまった。途中まで行ったところで、手招きをする。おじゃまします、と小さく頭を下げ、僕は彼女の家に上がった。そういえば女子の家は初めてだな、と内心ドキドキしながら彼女の部屋へと入る。その光景を見た瞬間、僕の心臓は凍りついたように動かなくなった。

     □

 目が覚めた時には、彼女の部屋の中央にあったベッドに横たわっていた。これは、寝るためのベッドではない。医者が診察をする時のような、手術をする時のような、灰色の拘束具がついたベッドだった。大きな椅子と言ってもいい。それに僕の身体は縛り付けられていた。彼女は鼻歌交じりに勉強机の引き出しを漁っている。それにしてはやけに軽快な金属音がするのだが、もうそれだけでも十分恐怖だった。これから何が起こるのか、嫌な想像ばかりしてしまう。思考はどんどん悪い方向にばかり落ちていってしまった。
 彼女はこんな人間だっただろうか。いや、仮にそうだとしても大々的に口にすることはないだろう。部屋に手術室みたいな設備があるんです、だなんて言った日にはどんな反応が返ってくるかわからない。一方的に引かれるのか、それとも誰かが彼女の家に遊びに行きたいというのか。どちらにせよ、こんなものがある部屋と楽しそうにしている彼女は普通じゃなかった。
「ねぇ、これから何が起こると思う?」
 彼女はドラマでよく見るような、様々な器具が乗った台車のようなものを転がしながら言った。その上に載っているのは、真新しさとはかけ離れた血糊のついたカッターや鋏だった。これが医療用の道具だったらどれだけよかっただろうか。こんな日常的に使うものが出てきてしまったら恐怖しかできない。
 僕が返答しない事を確認すると、彼女はまた口を開く。
「これから、あなたに誕生日プレゼントをあげようと思うの。わたしと同じにしてあげる。ちょっと痛いかもしれないけど、でもあなたは今日からすごい存在になるんだよ。わたしと同じ、すごいもの。誕生日プレゼントにしては、ちょっと豪華かもしれないけどね」
 そういって彼女はカッターを手に取る。かち、かち、とゆっくりと刃を出していき、僕の反応を楽しんでいるようだった。ある程度の長さになったところで、彼女はそれを持ち直す。そして、刃を僕の胸に置いた。
「——っ」
 するり、と刃が僕の皮膚をなぞった。胸の中心に描かれる綺麗な円。その深さは徐々に増していき、肉を、骨を削っていった。彼女は我慢ができないというように息を荒げている。かなり興奮しているようだった。
 カッターも刃の部分が見えなくなり、ほとんど埋まってしまったころ。彼女はそれを円に沿って一回転させた。何かが切れる音が聞こえ、胸のあたりが少しだけ熱くなる。元に戻ってきたところで彼女は刃を抜き、台に置いた。真っ赤に染まった刃が電球の光を反射して気味悪く蠢く。
「!!」
 彼女は、僕の胸に手を突っ込んだ。円周に沿って指をくいこませていく。ずぶり、と第二関節まで埋まったところで、彼女は何かを握った。僕の中身も、握られたことがはっきりとわかってしまう。彼女の指が食い込むのを感じた。
 彼女はソレを、引っ張り出した。
「あぁ、きれい。とてもきれい」
 彼女の手に乗っていたのは、僕の心臓だった。
 しかし奇妙だ。僕は心臓を抜き取られているのに、痛みを感じることもなければこうやって認識することもできている。普通心臓がつぶれたら人は死んでしまうものだ。それなのに僕はその普通からかけ離れた状態にいる。それもこれもこの場所の所為なのだろうか。それくらいしか、理由が見つからない。
「うふふ、困ってるね。かわいい。とってもかわいい。あなたってすごく健康なのね。心も身体も。わたし、安心しちゃった。それじゃあね、ここでネタばらししてあげる。わたしね、人間じゃないの。うん、人間じゃない。でも人間と同じ形をしてるでしょう? さて、なーんでだ。
 答えはね、新しい存在なの。名前なんてないの。もっと言ってしまえば、神様になりそこなった人間、みたいな感じかなぁ。あなたはまだ知らないと思うけど、世界は神様が作ったんじゃなくて神様からできたものなの。神様の一部ではないけど、神様は自らの手で何かを作ったりはしないの。それと同じ立場に立つことができるのは、神様に極度に近づいた人間だけ。その人たちはまだ人間なんだけど、でも、普通の人間じゃないの。わたしはね、そういう人たちの昔知り合いだったんだ。というか、気づかないだけで結構身の回りにいるものだよ? それでね、その人たちから色んな身体の中身をもらって、その人たちに近づこうとしたんだ。そういう特殊なことができるのは、その人たちの身体に秘密があるんじゃないか、ってね。だからわたしはいろんな人をこの部屋に招いて、そしてもらったの。みんな私と同じになった。嬉しいでしょう? あなたもわたしと同じになれるの。人間じゃない、神様じゃない、ロボットでもない、動物でもない。すべてを超越したものになるの。新しい存在よ! 信じられる? もう、わたしドキドキしてこの心臓握りつぶしちゃいそうなの!」
 そういうと、彼女は自分の胸に手を当てた。指を立て、思いっきり食い込ませる。ぐしゃり、と音が聞こえたと思うと、彼女はもう一つの心臓を手に持っていた。少し小ぶりな、可愛らしい心臓。それを彼女は僕の胸の穴に放り込み、手を当てる。何かが流れ込むような感覚がして、僕の傷は治っていった。輪っか状の跡が胸に残ったが、心臓はしっかりと動いている。
 彼女は、僕の心臓を自分自身の胸に放り込んだ。そして、手を当てる。先ほど僕にやったのと同じことだ。しかし、何も起こらない。僕の胸のようにふさがることはなかった。先ほどまで恍惚とした表情を浮かべていた彼女だったが、急に顔が険しくなった。そして焦ったように、手を押し込む。力加減を間違えたのか、くしゃり、と小さな音がして彼女は倒れた。ぽっかりと空いた胸の穴からは、割れた水風船のようなものが浮いていた。

 そんなもの、身体に依存しているわけがないのに

【情報】
お題:心臓、輪っか、誕生日

2012.07.26 10:12 作成
2023.10.20 16:05 修正

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