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メイキング|村焼き(仮題) #15 執筆:転【4】

2.3.2

 さて、どんどん進めていきましょう。まずは防衛魔法を上手いこと展開するのと、魔除けの蜘蛛の巣をたくさん配置していきます。ついでに2.3.1でやり残した植物探索も行いましょう。

 それからしばらくは荷解きをしつつ、キャビンで編んだ蜘蛛の巣を村の周辺へと配置していった。柱の影や葉の裏側、木の幹など至る所へ貼り付けていく。生活区域だけではなくて森全体を守れるよう、麓の方まで足を伸ばして魔除けを設置した。これで魔物や魔法使いは寄り付かなくなる。とはいえ魔力の流れを遮断するわけではないから絶対ではないのだけれど。
 帰り道には植物探索も行った。今まで見たことないようなものから馴染みのものまでたくさんある。生態系を壊さないようにその一部を拝借してポシェットへと詰め込んだ。家に着く頃には泥まみれの草茫々で小さな植物園みたい。新設したプラントへと移し、薬として使えるように育てた。
 あとは防衛について。結局、構想通りには作ることはできなかった。結界様の膜に魔法を反射させる機能をつけたかったけど無機魔法の取り扱いが難しすぎて。でも魔力検知との組み合わせは上手くいったから良かった。元々の立体と同じような形で魔力を込めた正十二面体の箱を作って魔法に反応すると展開するようにして、その箱の中に無機魔法を移し替えたら準備完了。風船のように魔力の糸で魔除け同様そこら中に括り付けた。玩具のびっくり箱みたい。空からの攻撃も想定して、高いところにも設置したり糸の長さを調整して木の上に立体が来るようにもした。透明な素材だから遠目からは全く分からない。
 ちなみに、その転移先は村の中心にある大きな湖にした。あそこであれば多少魔法による魔力流入があっても希釈されるだろうし。誤差みたいなものだろう。

 こんな感じですかね。山中の至る所に透明な高濃度転移魔法が仕掛けられている状態です。もはや触れただけで爛れてしまうのであれば転移の作用がなくても罠になり得るのでは? とも思いますが、まぁそれはそれ。地面や木の幹、屋根の上、そして湖に括り付けています。
 さてここからは村人たちとの交流です。まずは大工の棟梁に挨拶に行き、人形作成の話をします。そこに畑仕事のおじさんとか村の人を同席させて「うちの分も作ってよ」と言う流れにしましょうか。

 調剤室の棚も設置し終わって、在庫のチェックも問題なし。移動に伴って駄目になってしまったものは一つもなくて良かった。村人の年齢層を見る限り、煎じの機械は組み立てなくてもいいだろうな。心臓部分は大切に棚へとしまう。
 ひと通り、引越しに伴う色々なことはこれで終わった。家の中もすっかり生活感が溢れる様相だし、村周囲を含めた防衛も設置できたし、薬草の採取と栽培も順調だし。身の回りのことは済んだので、次は村人たちとの交流へと意識を切り替える。
「(まずは棟梁のところに行こうかな)」
 家で快適に過ごせることを報告しに住宅街へと足を運ぶ。手土産には街で購入したお酒と珍味。私自身、お酒は飲まないけど好きな人は多いからと魔導具屋のお兄さんにいくつか見繕ってもらっていた。
 職場の場所を聞くていで、村長にも住人たちとの関わり合いに本腰を入れたことを軽く伝える。彼は相変わらずの温和な表情で私を送り出してくれた。坂を登ってひとつ上の層へと登り、目当ての建物へ辿り着くと扉は開いていた。ちょうどお昼時だからなのか、中からは作業の音の代わりに話し声が聞こえる。
「こんにちは」
 石で固定されたドアをノックして顔を出す。そこにいたのは棟梁と、あと私がこの村に来ることに対して村長に意見していた男性がいた。私の顔を見て話がぴたりと止まってしまう。あまりいい顔をしていないけど、ここで怯んでしまっては進展がないから言葉を続ける。
「棟梁に、家を建ててくれたお礼を、と思いまして。お酒は召し上がります?」
 部屋に入っていいかを目で確認するけど、特に拒否もされなかったからそのまま入った。彼らが話をしていた机の上にお酒を置く。そのラベルを見て、二人の目はみるみるうちに変わっていった。
「これ、あまり出回ってない上物じゃないか」
「こんなにいいものをくれるのか?」
 興奮と、欲と、疑いとが混ざり合った目でこちらを見る。自分たちの中でも感情をどう処理したらいいか分からないらしい。
「ええ、おかげさまで家での生活がとても快適ですし。この村の雰囲気も素敵で、ここに住むことができて嬉しいです」
 満面の笑みでそう伝えると、彼らは顔を赤くしてはにかんでいた。村を褒められて喜んでいるのかな。もしかしたら珍しいお酒を飲めることに対してかもしれないけど。どちらにしても受け入れてもらえたようで、私も胸を撫で下ろす。
 せっかくだからと相伴に与ることにした。二人の分をお酌して、私は得意でないからとお茶を汲み、三人揃って乾杯をする。よっぽど気に入ってくれたのか、上機嫌で飲んでくれた。色々と話をしてくれる。ちなみに、村長に耳打ちをしていた男性は若者を取りまとめる役割の人とのことだった。皆からは若頭と呼ばれていて、棟梁と同じく数世代前からこの土地に住んでいるらしい。
「魔法使いさんはどうしてこんな山奥に? もしかして人を食いに来たのか?」
「まさか。新しい住処を探していたらここを紹介してくれた人がいて。豊かな自然があっていいところだよ、って聞いていたけど想像以上だったわ」
 人は食べないよ、と言うことを付け加えるけど聞こえているかどうかは怪しい。
「そうだろう、そうだろう。何代もここで暮らしているけど、不自由なことも何もないしいい場所だよ」
「ほんとな。まあ、村長があんなだから、余所者がどんどん入ってきちまうのは……あんまり良くないんだが」
 そんな部外者である私が隣にいることも忘れてしまったのか、若頭が険しい顔で呟いた。棟梁も真っ赤な顔で頷いているから、どうやら気にしているのは私だけらしい。
「素性がわからないんだから、もしかしたらこの村に悪さするやつも、いるかもしれないだろ? 今のところそんな人はいないけど、それはたまたまかもしれないし。なあ?」
「……そうね」
「俺たちはこの村を守りたいだけなんだよ。代々受け継いでいるこの山と湖を、次の世代にさ」
「……ほんとね」
 段々と呂律が回らなくなってくる二人の言うことをただ肯定するだけの人になってしまった。まあ、彼らなりに村のことを想っているからこそ、私に対してもあんな態度だったのだろう。ならば、その愛郷心を肯定する方針で彼らと関わればひとまずは良さそうかな。

 いつお酒を買ったんでしょうね。移動先が決まった後の買い出しでしょうか。ここのおじさんたちはお酒を飲ませておけば気分が良くなってくれるのでありがたいです。すっかり警戒心を無くして[私]と仲良くしてくれました。[私]自身は冷静に、どうやって彼らと関わるかを考えていますが。
 これで村長、棟梁、若頭とおおよそ権力を持つ男性陣との距離が縮まりました。あとは女性陣とも仲良くして、この村での居場所を確立しましょう。

 瓶が空っぽになる頃にはもう二人ともすっかり酔っていて、ちょっとしたことですぐ大笑いするようになっていた。楽しそうなのは良かったけどまだ昼間だし、この後の仕事は大丈夫なのかな。あとでゆっくり味わってもらうことを想定していたからこんなすぐ飲むことになるなんて思わなかったし。失敗だったかもしれない。
 グラスを下げてお水を汲む。お仕事を手伝える人形を作れますよ、と一言伝えようとも思ったけどこの様子じゃ忘れちゃうかもしれないし。また後日にしようかな。
「そしたら、私はお暇しますね」
 家を出ると二人は上機嫌に手を振っていた。私も釣られて振り返す。あの調子だと明日はきっと二日酔いだろう。いくつか素材を見繕ってお茶を作ってあげようかな。
 まだ綺麗な調剤室で、棚から植物の樹皮と根の塊、それからキノコの核の部分を二つずつ取り出して中央に置いた机に並べる。それぞれを細かく刻んで乳鉢で混ぜ、均一になったところでパックへと詰めた。少し余った分で試し出ししてみるけど、問題なさそう。

 ちなみにこの二日酔いに効くお茶のモデルは漢方の五苓散です。身体の中の余計な水分を外に出したり、その水分バランスを整えることで二日酔いの諸症状を緩和します。

五苓散:タクシャ(サジオモダカの塊茎)、ソウジュツ(ホソバオケラの根茎)、チョレイ(チョレイマイタケの菌核)、ブクリョウ(マツホドの菌核)、ケイヒ(Cinnamomum cassiaの樹皮)

 さてお茶もできたので再び棟梁と若頭の元へ。そこで彼らのパートナーと対面し、ちょっとお話をしてもらいます。

 二人分の薬を持って再び彼らの元を訪ねると、机にもたれかかるようにして眠っていた。あとで飲むようにメモを残して薬を置いて帰ろうとすると、女性の声が外から聞こえてくる。この近くの人かな。その人たちにも経緯を伝えてフォローしてもらおう。
 家を出ようとしたその時、正面に現れた二人の女性とぶつかりそうになってしまった。咄嗟に私が後ろに引いて事なきを得たけど、彼女たちも何が起きたのか分からないと言った顔で固まっている。ひとこと謝罪をして微笑むけど、二人の視線は私の後ろへと注がれている。そこには突っ伏している男性が二人、怪しい粉が入ったパック。目の前にはちょうど出ていこうとした、余所者の魔法使い。
 あ、これは良くないな?
「ちょっとあなた……!」
「夫に何したの!」
 二人揃って声を上げる。ああ、やっぱりそう思うよね。お酒の類はさっき片付けちゃったし、もとより私に対して不信感があるのなら、村の有力者に危害を加える可能性も考えるだろうし。
「ち、違うんです。棟梁さんには、家を建ててくれたお礼にお酒をお渡しして。ちょうど若頭さんもいらしたから飲む話になってしまって……。すっかり酔ってしまっていたから、一度家に帰って二日酔いに効くお茶を持ってきたんですけど……」
 早口で捲し立てるようになってしまったけど、出来るだけ二人を刺激しないようにと低姿勢で説明する。彼女たちは私を視界に入れつつ家の状態を確認して、私の言っていることが誤っていないことを理解してくれたようだった。
「でも、本当は酔っ払ったところを……?」
「まさか! 本当にお礼を言いに来ただけなんです。あわよくば、お仕事の役に立つお話をしたかったんですけど……。すぐにお酒を飲むことになってしまったし、酔っ払ってしまってそれどころじゃなくなってしまって」
 私の言葉に嘘がないことを悟ってくれたのか、二人して顔を見合わせてため息をついた。安堵の気持ちがほとんどだろうけど、そこにはパートナーに対する呆れも含まれてそう。
「疑ってごめんなさい。夫が『魔法使いは人を食べる』って言っていたから」
「いえ、こちらこそ状況が良くなかったですよね」
「いいのよ、わたしたちが早とちりをしてしまっただけなんだから」
 笑みを消さないようにして話を続けた。彼らから聞いたことと、私のやりたい事、それからお茶の飲み方を二人にも伝える。彼女たちも熱心に耳を傾けてくれて、私に協力すると言ってくれた。
「今度、またゆっくりお茶しましょう。あなたのお話をもっと聞きたいし。美味しいお茶を持ってきてくれると嬉しいわ」
「お菓子を作って待ってるわね」
 笑顔の二人に見送られて建物を後にする。一時はどうなることかと思ったけど、話を聞いてくれる人たちでよかった。きっと私や魔法使いに対する誤解は正してくれるだろうから、あとは私自身が行動でそれを裏付けなくてはいけない。
「……よし」
 新しい生活を始めるにあたっての懸念事項は全て解消できた。住む場所も、他の魔法使いからの嫌がらせも、住人たちとの信頼関係も、まだスタート地点とはいえ、ここから悪化させなければいいだけのこと。これで安心して魔法の研究も進められる。
「(エレナにも伝えたいな)」
 今日まであったことを手帳へと綴る。届くのはしばらく先だろうけど、大変だったこととか嬉しかったことをたくさん書いた。返事が楽しみだな。
 これからのことを考えると胸の中がじわじわとする。やりたい事がたくさん思い浮かぶ。何から始めようかと考えているうちに、夜は更けていった。

 これでひとまずの導入は終わりですね。ここからは村人たちとの共同生活として人形を作ったり魔法を使ったサポートをしつつ、あの男の子を引き取る話をします。
 その前に一ヶ所だけ、『見送る』というフレーズを重複させないように前のブロックを修正します。男性陣と話終わって家から出るところですね。

 それではお話を続けていきましょう。

 それからの日々は、慌ただしくも穏やかだった。週に一回住人の家を回り健康チェックをして、何週かに一回のペースで婦人会を開き、一ヶ月に一回魔法のメンテナンスをする。とはいえ村人たちは元気な人たちばかりだったので、私が関わるものといえば専ら腰痛や切り傷ばかりだった。風邪をひく子供もいたけれど、原因を除去することはできないから体力の維持と熱さましだけ。前の村はほとんどが老人だったから、日々いろんな要求をされて麻痺していたけど、これくらいが普通なんだよな。
 婦人会も楽しいもので、初めのうちは棟梁と若頭の奥さんとの三人会だったのだけれど、段々と規模が大きくなって村全体を巻き込んだ恒例行事になっていた。その日に合わせて何かを手作りして持参する文化も発生し、皆生き生きとしている。私はお茶のフレーバーを変える程度しかできないけれど、それでも喜んでもらえていた。
「■■■■■■■■■■■■■■■」
 使い魔の目を通じて湖を見ながら、村外の空中で魔法を撃つ。何もなかったところが急に歪み、花が咲くように展開して内包する魔法を放出する。私の魔法を飲み込んで湖へと瞬間的に移動し、溶けて見えなくなった。
「……これでよし、と」
 村周囲に仕掛けてある魔除けと転移装置がきちんと機能しているかのチェックがちょうど終わった。地図にそれぞれ記録して、また来月その状態を確認する予定。今のところ、他の魔法使いがこの村に近づいた形跡がなくて安堵する。
 家に帰ってからは細々とした作業を行なっていた。棟梁から頼まれていた自律人形を納品したところ、これが結構気に入ってもらえたようで、複数体作成することとなった。若者たちは「楽ができて超いいっすよ〜」なんて軽口を叩いているけど、その分技術を磨けと発破をかけられていた。人形がやるのはあくまで単純作業だから、彼らのような繊細で技術の必要な仕事はできない。
 若頭から依頼されているのは畑に刺す獣除けで、これからの季節は山から動物が降りてくるからそれを防ぐために力を貸して欲しいとのことだった。畑を持ってる家族から相談を受けたらしい。若頭はそう言った困りごとを集約して解決するための調整をしているようで、あの時の酔っ払った姿からは考えられないほど手際よく仕事をこなしていた。村中から信頼を寄せられる訳だな。

 村での生活をさっくりと示しました。もうこの時点で半年近く経ってますね。具体的な魔法の行使はしていないですが、まだ魔力を溜めるには早いのでもう少し時間が必要です。
 ここからは少年との絡みを増やします。ちなみにこの少年の名前はルカ(Luca)です。

 村長にも今の私の過ごし方を報告しようと家を訪ねたけど、留守のようだった。昼過ぎのこの時間は家にいると思ったけど、急用か何かで出てるのかな。散歩がてら探しにいってみようかしら。
「……そんちょーは、いないよ」
 踵を返して住宅地の方へと歩き出した時、後ろから舌足らずな幼い声が聞こえた。振り返ってみればいつかに見かけた男の子がいる。村長の孫……というわけではないよな。いくら立場がある人とはいえ、身内に肩書きで呼ばせることはないだろうし。遊びに来ていただけ?
 私はその場でしゃがみ込み、男の子と目線を合わせた。少し驚いたように後退りをしているけれど、その目は光に満ちていた。負けないぞ、という気概を感じる。
「村長さん、どこに行ったか知ってる?」
「みずうみの、あっち」
 子供は対岸を指差している。向こう側は道こそあれど生活区域ではないと聞いていたんだけどな。興味はあるけれど、あまり立ち入っていい場所ではないような気がするから追いかけはしない。
「ありがとう。そしたら、また明日来るわね」
「うん」
 ポシェットから飴を一つ取り出して男の子へと渡す。彼は目を輝かせてそれを受け取り、嬉しそうに口へと放った。頬を膨らませてにこにこと笑う。子供の笑顔は健康にいい。こちらまで元気になる。
 じゃあね、と手を振ってその場を後にする。家に帰って机に向かうけれど、村長の行き先がやっぱり気になって作業が手につかない。村の紹介の時にも対岸のことは教えてもらわなかったんだよな。聞くタイミングもあまりなくて、生活に影響はないからとすっかり忘れていたけれど。
「(ちょっと散歩、って言えばいいか)」
 自分の中で言い訳をして出かける準備をする。ポシェットには採取道具を入れて、水筒を腰から下げて帽子も被る。いざ準備万端で扉を開いたら村長がいた。
「わぁ!!」
「おや」
 あまりに突然の登場に自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。村長は気にしていない様子で応答して、穏やかに微笑んでいる。
「お出掛けですか?」
「ええ、まあ、ちょっと散歩にでも……」
「それは失礼しました。すぐ済みますので、ちょっとだけ時間をいただけますか?」
 先ほどの衝撃を消化しきれないまま村長を招き入れる。お茶を淹れようとしたら片手で制止されてしまった。
「お構いなく。実は魔法使いさんにお話ししておきたいことがありまして」
「それなら、私も村長さんにお伝えしたいことがあったんです」
「おや、そうでしたか。それでしたら、そちらを先に聞きましょう」
 彼に促されるようにして昼間話そうとしていたことを伝えた。彼は目を瞑って何度か頷き、徐に口を開く。
「魔法使いさんがこの村に馴染めているようで安心しました」
「ええ。棟梁さんと若頭さんが皆さんと繋いでくれていて、とてもありがたいです」
「それは良かった。引き続きよろしくお願いしますね」
「こちらこそ」
 これ以外にもいろいろ聞きたいことがあったけど、今日もタイミングがなかなか掴めなくて切り出せない。急ぎではないから、また折をみて話してみよう。
 それでですね、と彼は続ける。
「実は魔法使いさんにお願いしたいことがありまして」
「お願い、ですか」
 村長さんから直々に、となるとさすがに緊張する。どんなことを頼まれるのだろう。
「湖の対岸、普段は住人の立ち入りを禁じている部分があるのは以前お伝えした通りですが」
「はい」
 生活する人はいないとしか聞いていなかったけど、やっぱり行っちゃいけなかったのか。危うく怒られるところだった。
「そこにはかつて湖に住んでいた神が祀られている祠があるのですが、ちょっと困ったことになっていまして」
 なるほど、魔力がうまく循環しているのは山全体の生命力かと思っていたけど、その神様のおかげなのか。多分、精霊が気まぐれに人間と関わっただけだろうけど、ちゃんと恩恵を受けられているなら悪いことではない。
「最近、山の向こうから下りてくる魔獣や浮浪者が祠を荒らしているようなんですね。なので、魔物避けと人避けを設置していただきたくて」
「なるほど」
 わざわざ私のところに来るということは魔法絡みだとは思っていたけど。確かにその内容なら私以外にできる人はいないな。
「──やっていただけますか?」
 にこやかに話してはいるけれど、あまり断れるような雰囲気ではなかった。もちろん、二つ返事で了承する。紙に具体的な配置や要望を書いてもらい、完了後に報告しに行くこととなった。

 思わぬ方向に話が広がりましたね。ただこれ以上はやることを増やしたくないので、さくっといきたいところなのですが。もう一度村長の家に行くイベントを作るとなると、これくらいしか思いつかなかったです。

 翌朝、必要となる素材をトランクに入れて対岸へと向かった。道はかろうじて残っているけど、村長くらいしか通らないから植物が生え放題だった。山の方からはおびただしい量の枝が伸びており、太陽の光をすっかり隠している。そのせいか暗く、肌寒くて、ちょっぴり心細い。
 祠はそんな道すがらにぽつんと建っていた。ちょうど湖を挟んで村の全体像が見えるから、きっと昔の人たちは見守ってもらえるようにこの場所を選んだのだろう。荒らされたということだけど、綺麗になっていたから昨日村長が直したのだろうな。
 ただ忌避作用のあるものを設置するだけでは退かされる可能性もあるから、簡易的な結界も施すことにする。杖の先端を湖に浸してその力を借りつつ、祠の周りに魔力の輪を作った。
「■■■■■■■■■■■■■■■」
 空に上がるように垂直方向へと魔力を持ち上げ、カーテンのように祠を覆った。程なくしてその姿が見えなくなる。これでひとまずは祠の位置がわからなくなるから、誰かに荒らされることはないだろう。結界と対になるように湖から魔力の結晶を削りだす。これを使えばカーテンをくぐることができるから、場所を知ってる村長はこれまで通りに祠の管理をすることができるはず。
 そのあとは一般的な魔除けと人除けを設置した。ついでに、こちらの方にも防衛機構をいくつかセットしておく。山を越えてくる人がいる、ということだったからきっとこの向こう側に人の生活圏があるのだろう。魔法使いがそちら側から来ることも、考えておかなくてはならない。
 それぞれの動作チェックをして、問題ないことを確認してから村へと戻った。村長の家を訪ねると、昨日と同じ男の子が戸を開けてくれる。
「あら、こんにちは」
「こんにちは! そんちょー、いるよ?」
「そしたら、呼んできてくれる?」
 元気な声と共に奥へと走っていった。階段を上り下りする音が大きく響く。
「すいません、自室にいたものですから」
「いえ。頼まれていた件、先ほど終わりましたよ」
 私の言葉に彼は目を見開いた。どうやら、もう少し時間がかかると思っていたらしい。
「おや、もうやっていただけたのですね。助かります」
「それで、ひとつだけお伝えすることがあって──」
 祠に施した結界について説明した。そんなことができるんですね、と渡した魔力の結晶を見て呟く。見えなくても場所は移動させていないから、いつものようにその場所を訪れるだけでいいと話すけど、いまいち実感が湧かないようだった。魔法に親しみがない人たちだから仕方がないけど、ちゃんと使えるか心配になる。
「そんちょー、それ、なに?」
 いつのまにか足元に来ていた男の子が見上げて問う。村長は屈んで頭を撫でながら、魔法の石だと説明していた。少年は目を輝かせている。
「そういえばこの子、誰かのお子さんですか?」
「いえ、この子は……」
 ちょっとした世間話のつもりで振ったけど、思いの外重たい雰囲気で返ってくる。これは聞かない方が良かったか……?
 村長は男の子を外に遊びに行かせた。玄関先に落ちていた棒を握って走っていく後ろ姿を見ながら呟く。
「彼は、まだ赤子の時にこの村に来たんです。山の向こうから、ぼろぼろになった両親が大切に胸に抱えながら、何かから逃れるように。医者を呼んで治療をしてもらいましたけど、程なくして二人は亡くなりました。まだ喋ることもできない彼はずっと泣いていて。皆で相談して、全員で育てることにしたんです」
「そう、なんですね……」
「でも健やかに育ってくれているので。それだけで、十分ですよ」
 振り返って手を振る少年に応えながら、優しい目で彼を見つめている。部外者の私は何かを言える立場にないけど、その想いだけ受け取った。
「なので、魔法使いさんも。あの子のことを気にかけてあげてください」
「……もちろんです」
 前の村の子供達のことを思い出す。元気に育ってくれればそれでいい、という気持ちは痛いほど分かる。私に何が出来るかはわからないけど、それでもその未来が続いていくようにしてあげたい。

 これでルカにまつわる話はできましたね。あともう少しエピソードを挟んで弟子にする流れを作ります。

 それでは、と村長から報酬を受け取って私は家へと帰った。基本的なお世話はきっと村人たちがするだろうから、私は、魔法使いとしてサポートしてあげればいいだろうか。
 街で買った魔除けのペンダントを持ってくる。これと同じような形で、穢れや良くないものを退けつつ、彼の未来を祝福するような魔法を込めてあげたい。

 魔除けのネックレスをあげる時に、「光って見える」と魔力の流れを認識する発言をさせればいいでしょうか。【承】で『こういう子が近くにいてくれたら楽しく暮らせるだろうに。(中略)片手間に魔法を教えるくらいのことなら私にもできるかな。そんな人がいるとも思えないけど。』と言っているので、魔法使いではない魔力を認識できる人間に魔法を教えたらどうなるか、という実験をする程で引き取ってもいいかもしれませんね。
 あとこれは意図していなかったのですが、穢れや良くないものを退けるネックレス、これから起こる村焼きで[私]と対峙する時にいいギミックになりそうですね。それでも燃やしますけど。

 湖で魔力の結晶を削った時に出た欠片を容器に入れ、熱を加えながら溶かす。基準となる物質としては水だから、すぐに液体状に変化した。そこへ私の魔力と無機魔法の骨格を分解したものを入れる。沸騰していた溶液の粘度が上がり、呼吸をする泥のように泡が弾けた。これを型に入れて固めれば擬似的な宝石の完成。あとはここにいくつかの魔法を込めるだけ。
「■■■■■■■■■■■■■■■」
 普段使っている魔除けと、穢れを祓うもの、それから彼が全ての人から愛されるようにと優しめの魅了を付与する。きらきらと輝いてとても綺麗。それは常に魔力の光を放っていて、赤、青、緑、黄色といろんな色を示していた。普通の人から見たら氷のように透明な宝石で、光にかざすと少しだけ反射して光る程度だけど。それでも透き通っていて綺麗だとは思う。

 これでペンダントについてはOK。あとはこれをルカに渡しに行きましょう。

 数日後、婦人会からの帰りに湖の辺りで座り込んでいる男の子を見かけた。声をかけて隣にしゃがむ。いつもの活発な雰囲気がなく、少し元気がなかった。
「ともだちと、けんかしちゃった」
「そうなの」
 彼は今にも泣き出しそうな声で呟く。でもなんとか感情をコントロールしようと、瀬戸際のところで奮闘している様子が窺えた。子供ながらに何かを乗り越えようとしているんだろうな。
「ぼくは、なにもわるくないのに。なのに……」
 言語化できない気持ちと対峙しているのか、何も話さなくなってしまった。私が率先してその道を示してしまっては彼の成長にはならないから、こちらからは何も話さない。
 陽が少し傾き始めた昼と夕の隙間で、私たち二人は静かに湖を眺めていた。彼はどんなことを考えているんだろう。自分で自身の言動と向き合って何が良くなかったかを反省できるのはとても偉いことだよな。子供達の成長速度にはとてもじゃないけど追いつけない。そもそも魔法使いは長い時間を生きるし、ある一定からはほとんど時間経過による変化を受けないからずっと平行線で。私も、成長したいというよりは、何か新しいことをしてみたいな。変化が欲しい。
 とりとめのない思考を紡いでいたけど男の子は一向に口を開かなかった。水面に映る顔を見るに、集中力を切らして別のことを考えているわけではなさそうだった。可愛らしいしかめ面で自身を睨んでいる。流石にそろそろ助け舟を出してあげようかな。
「そんな君にはこれをあげよう」
 私はポシェットからペンダントを取り出した。彼に渡そうと思ってなかなか会えていなかったからすっかり遅くなっちゃったけど。彼は不機嫌そうに顔を上げてこちらを向くと、みるみるうちに顔が明るくなった。勢いよく立ち上がり、左右から宝石を覗き込む。
「これ、すごいキラキラしてる! なにいろかな。いろんないろがある!」
「ええ、そうでしょう。元気になれるおまじないを込めてあるから、首から下げておいてね」
「ありがとう!」
 膝をついて彼に向き合い、ペンダントをつけてあげた。彼は嬉しそうに石を眺めている。太陽に透かし、くるっと回って自分で影を作って暗がりでの光を確かめていた。その様子を微笑めしく眺めていて、ふと妙なことに気づく。さっき、宝石を見ていろんな色があると言っていたか?
「ねえ、あなたもしかして魔力が見えるの?」
 私の言葉に、彼は無邪気な顔で首を傾げた。何を言っているか分からないわよね。試しに、掌に魔力の渦を作って青く着色した。
「これが見える?」
 手を差し出して彼に問う。側から見たらただ手を差し出しているだけだから変な光景だろうけど。数度瞬きをして彼は答えた。
「あおいのが、ぐるぐるしてる。これなに?」
「ああ、やっぱり──」
 この子は、魔力を認識している。魔力の循環系は発達していなさそうだけど、見ることができるなら、訓練を積めばいつかは魔法を使うことができるだろう。こんな近くに、魔法使いになれる人間がいたなんて。嬉しいような、怖いような、やりたいことがたくさん溢れてきて胸がじわじわする感覚が全身へと伝播していく。
 決めた。この子を引き取って魔法使いにしよう。村の全員で育てるというルールは破らず、住処を村長の家から私の家へと変えるだけ。たまに魔法使いの仕事に同行してもらうけど、小さなうちは好きに遊ばせておいて。成長したら、積極的に魔法について教えていこう。どれくらい魔法使いに近づけられるのか、どう変化していくのかを見てみたい。
「あなた、私の家に来ない?」
「? いいよ!」
 何も分かっていない顔で元気に了承するけれど、このやり取りだけで連れ帰ったら誘拐になってしまうから村長に相談しにいく。さすがに一存では決められないと、棟梁や若頭を交えて話し合いの場を設けることになった。「魔法の素質があって私の後継としてこの村を守る魔法使いにできるかもしれない」と伝えると、ちょっとだけ空気が張り詰めたけど皆了承してくれた。人形のメンテナンスや魔除けの設置、何より治癒ができる人材は必要ということなのだろう。無理矢理引き取るような形にならなくてよかった。

 なんとか渡して引き取ることもできましたね。具体的な魔法の指導やエレナとのやりとりについては流石に収まり切らなそうなので、次のセクションへと回しましょうか。ちなみにここまでで約28,000文字です。結構ボリュームありますね。いったいどこまで行ってしまうんでしょう。
 ひとまず、家へと招き入れて自己紹介をしましょう。ルームツアーをしながら魔法使いについての話をちょっとでもしたいですね。
 

 村長の家から彼の荷物を持っていこうと思ったけれど、洋服数着しか彼の所有物はなかった。いくら幼い子供とはいえ、何か執着して持っているものもあると思ったけど。あまりにも持ち物が少なくて拍子抜けしてしまう。慣れない環境で眠れなくなっても困るからと彼が使っていた寝具や食器類はそのまま借りることにした。あれからずっと起動させたままの護衛に荷物は持たせ、男の子と手を繋いで歩く。
「たのしみだねー」
「そうね」
 本人は引越しというよりは探検と思っているようで、新しい場所に行けるのが嬉しいらしい。まあ、この村全体が彼の家みたいなものだろうから、その感覚はあながち間違っていないのだろうけど。でも拠点が変わったということは認識して欲しいな。
 家に着くなり、彼は手を振り解いて行ってしまった。全ての扉を勢いよく開き、歓声を上げながら走り回っている。
「家の中のものには触っちゃだめよ! 危ないから!」
「はーい!」
 元気いっぱいの返事ではあるけど、おそらく全く伝わっていないのだろうな。怪我をしてからでは遅いから、彼を魔力の糸で絡めて引っ張る。小柄なはずなのに岩を運んでいるような気分だった。こんなに重たいものなのか?
「わぁ!」
 それすらも楽しいようで、汗まみれの私とは裏腹に彼は手足をばたつかせて笑っている。息を整えているうちに緩んだ糸から抜け出し、走り出そうとする彼を抱き寄せた。頭を撫でながら、改めて注意をする。
「あのね、このお家の中にはいろんな魔法や器具があるから、怪我をしてしまうかもしれないの。そうすると村長さんに怒られてしまうし、なにより私も悲しいから。家の中では走り回らないでね。分かった?」
 できるだけ落ち着いた声色で彼を諭す。不服そうではあるものの、頷きはしてくれた。とはいえ子供だし、すぐに忘れてしまうだろうから触れられないように場所を変えたり簡易的な結界を施しておいた方がいいだろうな。
「そうだ。パンケーキを焼くけど一緒に食べない?」
「たべる!」
 私の提案に彼はすっかり上機嫌に戻っていた。あの街で食べたパンケーキが忘れられなくて、密かに通って店主に教えてもらっていたのだった。まだあそこまで美味しいものは焼けないけど、前よりは断然ふかふかに作れるようになっている。
 彼の荷物はひとまず私の寝室に運び込ませた。いつかは部屋を一つ分けてあげないとだろうから、また棟梁さんに頼んでおこう。
 食べ終えて落ち着いたところで、改めて家の中を案内することにした。基本的に調剤室と植物室には入らないようにしてもらい、あとは自由に出入りしていいけど勝手には触らないように念を押す。もう少し自身を制御できるようになったら行動範囲を広げてあげてもいいだろう。リビングに戻ってくる頃にはすっかり大人しくなっていた。
「大丈夫?」
 あまりに静かなので心配になってしまう。何か子供の扱いを間違えてしまっただろうか。
「うん。めが、ちかちかするけど、だいじょうぶ」
「そう。普段こんなに近くで魔力を見ないものね」
 どうやらただの魔力酔いのようだった。特に彼にとっては視覚から認識するものだから、なおのこと情報過多になりやすいのだろう。お昼寝も兼ねて休ませることにした。ベッドに寝かせて背中をさすってあげる。彼のこれからのことを考えて、ふと名前を聞いていないことを思い出した。
「そういえばあなた、お名前はなんていうの?」
「ぼくはルカだよ」
「いい名前ね。私はアリシアよ」
「ありしあ……」
 今にも溶けそうな声で私の名前を呼んだ。もう眠気も限界なのだろう。頭を撫でてあげると気持ちよさそうに目を細めた。
「おやすみ、ルカ」
 これからよろしくね、と言い終える前に寝息が聞こえてきた。子供のスピード感は私たちとは掛け離れているんだな。まるで流れている時間が違うよう。音を立てないようにして寝室を後にし、書斎へと移動する。
「(引き取ってしまったけれど……)」
 改めて、ルカをどうしたいのかを整理する。魔法使いとして育ってくれればもちろんいいけれど、主目的としてはほとんど人間で魔力を認識できる生き物が魔法使いとの生活によってどのように成長していくのか、ということ。効率的な育て方が分かれば、その素質がある人間がいた時に魔法使いへとできる。希少な種族になってしまった私たちだけど、絶滅しない程度に種を維持するためにはこういったやり方も検討しておいて損はないだろう。
 私の生活に大きな変化が訪れた。これから起こるであろう様々な出来事を想像して高揚感に浸る。きっとままならないこともあるだろうけど、楽しみの方が勝っていた。

 と、いうことでルカくんを家に招くことができました。当初の予定では『魔法を教える傍ら、魔導具の解析や無機魔法の研究をする』までここに入れようと思ったのですが、文字数が想定以上に増えてしまっているので少し端折ります。エレナとのやりとりをしつつルカに魔法を教え、魔力中毒に関する伏線(過剰な魔力生成とそれを体外へ放出する腕輪、魔法を使用したことによる副生成物の蓄積)を固め、村人の魔力中毒と同時期に新たな村人を迎え入れて状況をぐちゃぐちゃにして、[私]の魔力中毒を進めていきます。なので初期の行動指針にある1回目の村人の魔力中毒の件はカットしてしまいましょう。




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