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メイキング|村焼き(仮題) #9 執筆:承【5】

 遅めのお昼になってしまったので、がっつり食べるというよりは少しお腹に入れる程度にしておきます。パンケーキみたいなものがいいでしょうか。このお話、特に想定している(参考にしている具体的な)時代はないため、史実に無いものも度々登場します。そもそも魔法なんてものは日常にないのですから、同じ人型のものが出てくる物語だとしても同じ世界なわけないですからね。

 私がメニューを眺めているのを気にも留めずにエレナはお店へと入っていく。慌ててついていくと、そこは小さな机とカウンターだけのこぢんまりとしたお店だった。外見とは裏腹に、木の温もりや落ち着いた色合いがとても素敵。私たちの他にお客さんはいないみたい。店主と思しき男性は食器を丁寧に磨いていた。
「こんにちは!」
 エレナは慣れたようにカウンターに座ろうとして、少し停止した後にテーブルの方へと移動する。普段はそこに座っているのね。彼も穏やかな顔で微笑んでいる。
 手招きをされて席に着く。この街の食事情については分からないからお任せする旨を伝えて注文は全てお願いした。座った途端、全身から魔力が抜けていくような脱力感に見舞われる。到着してからずっと歩き詰めだったもんな。もうここから動けなくなりそう。

 さて、ここからは[私]についてのお話です。あとこのセクションで書きたいのは「過剰な魔力生成」「魔法使い同士の交流」「近くであった村焼き」「近隣の村の情報を提供してくれる人の斡旋」についてですね。まだ[私]についての情報もほとんど出していなかったので、これを機に人物紹介をしましょうか。その流れで魔力の話に軽く触れてもいいでしょう。何度かに分けてこの内容については言及します。

「それでアリス、あなたのことを聞かせてくださいます?」
 料理が運ばれてくるまでの間、私のこれまでのことを話す。とは言ってもそう面白いことはないのだけれど。
「私の出身はここからずっと遠く離れた東の方。エレナから見たらさらに南の方ね。でももう生まれた頃のことは覚えていないわ」
「あら、アリスっておいくつでしたっけ」
「数えるのやめちゃったけど多分400はいってないはず」
 年齢を聞いて驚いた顔をするエレナ。それは私の歳で驚いたのか、数えるのをやめたことに呆れているのか分からないな。
「同じくらいかと思っていましたわ。わたしは今年で228になるのですけど、同世代のお友達ができたと勝手に舞い上がってしまって。失礼しましたわ」
「いいのよ。魔法使いなんて一度外に出てしまえばあまり年齢なんて関係なくなるし。どれだけ魔法を使いこなせるか、が大事だとは思うな」
 だから先ほどと同じように接して欲しい、とお願いする。萎縮する様子もあったけど、心のわだかまりも飲み込めたのか笑顔に戻った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
 次の話を始めようとしたところで料理が運ばれてくる。彼女には彩のあるサラダ、私の前には円柱状で甘い香りがするものが置かれる。スイーツだろうか。上に載せられたバターのようなものがその温度でゆったりと溶けて染みていく。
「エレナ、これは?」
「それはわたしがとても好きなパンケーキです。ボリュームはありそうですけどふかふかで、甘味と塩味が絶妙で、とても美味しいんですよ」
「なるほど……」
 一緒に提供されたナイフを入れる。抵抗のなさに驚いた。しゅわしゅわと刃の先端に泡のような感触があるけど、もっちりとした存在感は変わらない。すごく美味しそう。口の中がすぐ涎で満たされてしまうから何度も飲み込む。
 切り分けたひとつを食べる。バターの塩味の後にふんわりと広がる甘味、蕩けるような舌触り、飲み込んだ後の感触、どれもこれまで経験したことのないものだった。軽い食感なのにちゃんと食べた実感がある。
「美味しい……!」
「気に入ってもらえて良かったですわ」
 安心したように笑ってエレナもサラダを食べる。それでお腹いっぱいになるのかな、と思ったけど、野菜だけじゃなくて肉類も入っているようだった。少し魔力も込められているようで、魔法使い用のメニューなのかもしれないな。私の方は普通のものみたいだけど。
「それでアリス、ひとつ気になっていたのですけれど」
「何?」
 最後の一切れを口に入れながら応答する。空っぽになったお皿を見てエレナは目を丸くしつつ話を続けた。
「あなた、生成する魔力が多いですわよね?」
「そう……なのかな?」
「あまり実感がないのですか?」
 そう言われて改めて記憶を探っても思い当たる節はなかった。彼女のように魔力を貯蓄する必要はないし──もしかして体型を見てそう思われた? いやでも、そもそも食べるのを忘れたりもするからどちらかというと身体は薄い方だし。エレナとは対極的な肉付きだとは思うのだけど。
「そうねぇ。そもそもほかの魔法使いにほとんど会ってないから、比較したこともないのよね」
「まあ」
 驚いたように手のひらで口を押さえる。その仕草が可愛らしくて眺めていたくなるけど話を進める。
「どうしてそう思ったの?」
 私の問いに彼女は食器を置いた。畏まったように机の縁で手を重ねる。
「お店でお会いした時、握手をしましたよね。わたし、仕事中は目視だけではなくて直接触れて相手の体調を確認しているのですけれど、つい癖でアリスの魔力を読んでしまって。その時とても大きな流れに押し負けてしまいそうになってしまったものだから……」
「やっぱり。ちょっとびっくりはしたけど」
「そうですよね。初対面で魔力に触れるようなことをしてしまって、ごめんなさい」
「いいのよ。エレナからは悪い意思は感じなかったし。気にしないで」
 少し意地悪だっかもしれないな、と思いつつ握手の時の不快感を示してしまった。彼女に謝って欲しいわけではなかったけど、結果としてそうなってしまっている。やっぱり良くなかったな。大人気なかった。
 意気消沈しているエレナを励ますことはできないにしても、この空気を作った責任は私にあるからなんとかしなくてはいけない。彼女のしたかった話へと戻していく。
「──魔力が多くても何も困らないわよ? 日常生活に支障はないし」
「わたしは作る量が普通くらいでこうやって貯めているので、アリスが羨ましいです」
「でも私も魔法を使い続けるとすぐバテるわよ?」
「あら、そうなのですか?」
「もしかしたら歳のせいかもしれないけど」
「そんなことないですわよ。アリスの身体は健康そのものでしたから」
 私の冗談に軽く応答して、あっ、と彼女は顔を落とす。ああ、握手の時に魔力以外も見ていたんだな。この話題から遠ざけたかったのにダメだった。
「気にしなくていいって。私、得意な魔法が無いからエレナみたいに人の役に立てるのが羨ましいな」
「まだまだ勉強中なのですけれど、そう言っていただけると嬉しいですわ」
 眉は下がったままだったけれど彼女は応答する。笑みが少しぎこちない。

 ちょっと変な空気になっちゃいましたね。でもひとまず魔力の過剰生成には触れられたので、あとは「魔法使い同士の交流」「近くであった村焼き」をうまいこと絡めながら進めていきたいです。

 どうにかしてエレナの気持ちを上げてあげたいのだけどやり方がわからない。今の若い魔法使いは何をしてもらったら嬉しいのだろう。プレゼントのような俗物的なものは良好な関係性を作るには不適だろうし。教えてあげられるような魔法もない。とにかく話題を変えたくて口を開く。
「そういえばエレナはあのお店で何を頼んでいたの?」

 魔法使い同士の交流については手帳サイズの魔導書に情報が表示されるようにしたいので、それを手に入れられるあの魔導具屋とお爺さん(弟)の話題につなげます。

 彼女はサラダを突きながら葉を一枚掬って口元へと運んだ。咀嚼してから口を開く。
「治癒の時に使う手袋と検体保管用のチューブですわ」
「ああ、消耗品だもんね」
「そうなんですのよ。丁寧に使っていたとしても再利用できるものではないですし。内容に応じていくつか使い分けてはいるんですけど、常に何かが足りなくなってしまっていて」
 少しずつ口に入れる物の量が増えている。
「わたし、今は簡単な治癒しかできないのですけれど、いつかはお薬のようにわたしがいなくてもその効果を得られるような、たくさんの人が苦しまなくて済むような仕組みを作りたくて」
「すごいじゃない」
「いえ、全然……。でもそのために頑張ってます。この街なら人間もたくさんいますし、お城側は魔力も豊富でいろんなことがやれますから」
「そう。応援してるわね」
「ありがとうございます。アリスにそう言っていただけるとなんだか元気が湧いてきました!」
 目が輝き始めて元気よくサラダを完食する。良かった、出会った頃のエレナの雰囲気に戻ってくれて。
 店主を呼んで食器を下げてもらい、彼女は飲み物を注文する。これも私はお任せで。冷たいものをお願いした。
 届くのを待つ間に最近の魔法の流行について教えてもらう。この街のように、装飾品に魔法を付与したものは大きなところでは一般的に流通しているようだった。というよりは、魔導具屋のお爺さんが率先して広げているようだけれど。今も工房に弟子として人間をいくつか呼んで仕込んでいるらしい。新たに魔法を付与することはできないけれど、そのメンテナンスや指導ができるようにとのこと。確かに純粋な魔法使いも減って個々人の繋がりが薄くなった今、魔法を記録してあとの世代に残せるものがないもんな。あの人はそういったことを危惧していたのだろう。

 なんとかエレナの気持ちを上げられました。飲み物な運ばれてくるまでもう少しあるので、魔法のトレンドの話を続けます。無機魔法について簡単に触れましょう。

 その他にも無機魔法の研究が進んでいるという話もあった。まだ革新的なことは何もないけど、昔のように忌避されるようなことは無くなったらしい。私も時間にまつわる魔力を採取したことを伝えるとエレナは目を丸くする。
「すごいですわ! 知り合いにその研究をしている人がいるのですけれど、なかなか見つけられないのですって。規則性もないから確保するのも難しいそうです」
「へぇ。私も偶然だったんだけどね。魔力が濃いところを見つけて視界を切り替えてみたら無機魔法で。ちょっと肌がつやつやになってさ」
「まあ! それは肌の代謝が時間の魔力によって活性化されて新たな細胞が生成されたってことですか⁉︎」
 あまりの早口に少し笑ってしまう。生命に関わることを生業にしているのだから、この話題はやっぱり気になるよね。
「多分ね。でも分からないことも多いから、次の定住先が決まったら色々調べてみようと思って」
「夢がありますわね……」
 放心したように椅子にもたれ掛かった。空を眺めてぼんやりしているけれど、きっと頭の中では時間にまつわる魔力を使った治癒について思案しているのだろう。何か新しいことがわかったら教えてあげたいな。
「もし何か分かったらエレナにも伝えるね」
「ありがとうございます!」
 盛り上がっているうちに飲み物が届く。炭酸の入った甘くて冷たいもので、喉が潤うのと同時に口の中がさっぱりとして美味しい。彼女は温かい紅茶を飲んでいた。
 そういえば。もし何か進捗報告をするなら手紙を送ることになるだろうけど、この街宛に送ればいいのかな。でもずっとこの街に居続けることもないだろうし。私もずっとひとつの土地にいるわけでもない。
「さっきの話、エレナに何か話がある時はここ宛てに手紙を送ればいい?」
 砂糖を溶かしてスプーンでかき回す手を止めて、彼女は顔を上げた。いまいちピンと来ていないようではある。
「お手紙じゃなくても、手帳を使ってくださればいつでも連絡できるじゃないですか」
「手帳……?」
「まさかアリス、手帳をご存知ない?」
「知らないわね」
「まあ──」
 今は別の連絡手段があるようだった。手帳ってなんだろう。もちろん手のひらサイズの書籍様の物であることは知ってるけど、それがどうやったら他者とのコミュニケーションツールになるのかが想像つかない。
 エレナもそれを察したのか、手持ちの鞄から何かを取り出す。見た目はコンパクトな魔術書だったけれど、かわいくデコレーションされていた。程よい厚さで重たくなさそう。魔力が込められているというよりは、生き物みたいに魔力が流れているように見える。
「これが手帳ですわ。おじさまが作った物なのですけれど、これを通じていろんな魔法使いとお話ができるんです」
 そう言って中を見せてくれる。通常の魔法用紙ではあったけれど、見開きの左側には何かの情報を書く欄が、右側には大きな枠がある。どちらも空白になっているページを差し出してきた。
「アリス、この左側のページにお名前を書いていただけますか?」
「ここ?」
「ええ。そこから下の性別とか年齢とか、細かなところはお好みでお願いします」
「分かった」
 手帳を預かり、指示された通りにする。名前のところを指でなぞって埋めた。性別と年齢も同じように指を押し当てて書く。その他には好きな魔法や苦手な魔法、休日の過ごし方など細かく項目があったけど、流石に量が多いし思いつかなかったから何もせずにそのまま返した。
「これでいい?」
「ばっちりですわ!」

 魔法使い同士のコミュニケーションツールはどう言ったものがいいか考えていて、具体的な時代は決めていないにしても今よりはかなり昔だとは思うのでインターネットもないですし、かといって遠く離れている人同士でもやり取りができるようにしたいのでどういうものにするか悩んだ結果、プロフィール帳の様式にすることにしました。通信については魔力を使ってうまいことやります。時間はかかるけど遠距離でも大丈夫な仕様です。
 左側には基本的なプロフィールを記載して、その右ページの枠内にメッセージのやり取りをする欄があります。運用としてはまず左のページに必要な項目を書いて(魔力を込めて)互いの手帳を埋めたらあとは右の枠内に文字を入れるだけです。距離に依存しますが、数分〜数日で文字が浮かび上がってきます。これも魔導具屋のお爺さんが作りました。ギャルかな?

「それで、この後どうするの?」
 それはですね、と彼女がページを捲る。行ったり来たりしながらも該当の部分を見つけて見せてくれた。
「これはおじさまのページなのですけれど、この右の枠内に伝えたいことを書くんです。こうやって──」
 空白を指でなぞる。緑色の細かな光が舞って文字の形を成していった。エレナの魔法はこういう色をしているのか。とても綺麗で優しい。
「──書いて、しばらくすると相手の手帳にこの文字が伝わるんです。遠いと流石に数日かかることもあるのですけれど、この街の中であれば数分もあれば読めるようになりますわ。ほら」
 エレナが書いた文章の下の方に文字が浮かんでくる。なるほど、こういう感じで意思疎通が図れるのか。手帳の中で流れている魔力が外界と反応して伝達されているのだろう。左側に名前を書いたのは、相手の魔力を記録するためかな。特定の組み合わせ同士で情報を伝達できるようにしているのだろうけど、途中で誰かに拾われてしまわないのだろうか。
「すごいね。でもこれ、魔力を通じてやり取りしているみたいだけど、その情報を途中で抜かれたりしない?」
「それがですね、大丈夫だそうです。わたしはあまり詳しくないのですけれど、特殊な形に変換してるから傍受しても暗号みたいになってて読めないんですって」
「なるほどね」
 そりゃ対策はしてるよな。でもこうやって対面になれば普通の書籍と同じように内容は読めるから、あくまで伝達している途中の話なのだろう。内容を覗き見すると、私のための新しい手帳についての話をしているようだった。帰りに寄ればくれるらしい。
「帰りにおじさまのところに寄ってアリスの分をもらいましょう! そしてわたしのページを書かせてくださいな」
「もちろん」
 私の返事にエレナは嬉しそうに笑った。

 手帳については準備できたので、他者との交流はこれでいつでもできますね。あとは掲示板的なページとニュース的なページを紹介してこのセクションは終わりです。荷物と一緒に送ってもらってもよかってのですが、エレナの名前を書いてもらうためにはその場で受け渡しをしないといけないので。お店に取りに行くことにしました。

 その他にも手帳の活用方法について教えてもらう。特定の人物との個別連絡の他に、不特定多数と連絡ができるページと最近の魔法使いの間での流行をお知らせしてくれるページがあるのだそう。その運営はお爺さんがやっているという。多忙だな。
「──ですので、この掲示板のところに何かを書き込むと気づいた人が答えてくれるんです。文字だけですから誰が書いたかは分からないようになっていて。プライバシーは守られているそうですわ」
「結構気を使ってるのねぇ」
「でもそのおかげで、いろんな魔法使いに行き渡っているんですのよ」
 誇らしげに語っているけれど、それはあなたの実績ではないでしょうに。よっぽど仲がいいのだろうな。その関係性にちょっと嫉妬する。
 そういえば、とエレナは呟く。
「少し前に号外がありまして。ここから東にしばらく行ったところにある村が魔法で焼かれてしまったんですって。怖いですわよね」
 悲しそうな顔をしている。おそらくさっき言っていたトレンドのところに載っていた情報なのだろうけど、きっとうちのことだろうな。
「多分それ、私の村だ」
「まあ、そうだったの! 大丈夫だったのですか?」
「たまにあるんだよね。どこの魔法使いかは分からないけど、私が住んでいる村を焼け野原にするくせに私自身には手を出してこないの。陰湿で嫌になる」
「そうだったんですの……」
 この街から確認したわけではないらしいのだけど、近くを通りかかった人が森の奥から上がる魔法の炎を見たらしい。中に立ち入れず手出しもできなかったようだけど、数日して消えたからひとまずは様子見なのだそうだ。でもその魔法を使った人を今も探しているらしい。
「でもおじさまが少し心配していました。自分が作った魔導具を誰かが悪さに使用したんじゃないか、って」
「あー、それはないんじゃないかな」
「そうなのですか?」
 手元のジュースを一口飲んでから答える。
「家を出た時に感じた魔力の残滓、明らかに濃くて魔法使いじゃないとできないもの。お爺さんの魔導具じゃ到底この出力は無理だろうし」
「そしたらなおのこと、そういう悪さをする魔法使いがいるってことですものね。本で魔法使い狩りの歴史を読んだことがありますけれど、それがまた起きてるんでしょうか」
「どうだろうねぇ」
 そればかりは私にも分からない。ほかのコミュニティでも同様なことが起きてるなその可能性もあるけど、私の知る限りでは自分の村だけだし。やはり私に対する嫌がらせとしか考えられない。
「用心するしかないよね」
「そうですわね」
 消え入りそうな声で呟いて彼女は紅茶を啜る。少し冷たくなったのか、カップを包んで魔力を込めた。淡く光った後に湯気が立つ。
 その後もいろいろな話をした。これまで使った魔法で苦労したものとか、移り住んだ住居でのエピソードとか。見てきた世界が違うから話題がなかなか尽きない。二人して笑って、驚いて、考えて。とても楽しかった。

 これでこの場面でやりたいことは終わりましたね。あとは手帳の回収と、次の村へ行くための情報収集です。それについてはおそらくエレナよりもお爺さんが知っていると思うので、別れた後に手帳を使って聞いてみましょう。

 もう少し話したかったけれど、店主がグラスを下げにきた。笑みはあるものの、その裏には少し圧があるからそろそろ終わりにして欲しいのだろう。エレナに目配せをし、彼女もそれに気づいてくれて席を立つ。
「ごちそうさまでした」
「また来ますね!」
 二人で揃って店を出る。代金については、かなり渋られはしたけれど、私が払うことで落ち着いた。いろいろ教えてもらったし、年上の威厳も出しておかないといけない。でもこれで結構蓄えがなくなってきたから、早いところ新しい場所を探さないとな。
 手帳を取りに昼間の道を戻る。もう陽は翳り始めていて涼しかった。公園の方もだいぶ静かになり、住人は皆夜の準備をしているのだろう。私も疲れた。食べた分のエネルギー補給はできたけれど、それも充分ではない。
 魔導具屋に立ち寄り手帳を受け取る。シンプルな青い表紙のものだった。心なしか私の使っている魔導書の装飾に似ている。店主のお爺さんが注意事項について教えてくれた。
「あんたが使っている魔導書の装丁を真似させてもらったよ。ちゃんとは見れていないから差異はあるかもしれないけどそこは好きにアレンジしてくれ。まず最初のページに自分の魔力でこの形で文章を書いて、その後数日は肌身離さず持って自分の魔力を込めるんだ。そうすればあんたの魔力をこの手帳が学習するから、エレナさんがやっているみたいにいろんな人と連絡できるようになると思うよ」
 その後もずっと喋り続けていたけど、ほとんどエレナから教えてもらっていたから聞き流す。サンプルに記載された通りに文字を記載する。これがこの魔法の設計図なのだろう。あとで解析してみよう。私の知らない仕組みがいくつかあるからやりがいがありそうだな。
「では、わたしの名前を書きますわね」
 そう言って手帳を催促する。一番最初に書きたいのだろう。その子供のような独占欲を微笑ましく思いつつページを開くと、そのページはすでに埋まっていた。
「────────」
 時が止まったかと錯覚するほどに彼女は絶句して微動だにしなかった。よっぽどショックだったらしい。名前を書いた張本人は悪びれずに私への説明を続けている。
「そうそう、俺に何か聞きたいことがあったらどんどん質問してな。最初のページに書いておいたからすぐ分かると思うぞ」
「──そうね」
 これまで築かれていたであろう信頼が崩れていく音が聞こえる。あとでエレナの手帳の私のページを書き足させてもらおう。ほかの人には教えないこともいくつか書いて。
 なかなか動かない彼女を揺さぶって正気に戻す。何度か瞬きをして帰ってきた彼女を連れてお店を出ようとして、ふと思って立ち止まった。
「お爺さん、私、新しい村に行きたいんだけどこの辺りでいいところない? できればここよりも西か南の方で、あまりほかの魔法使いがいないところがいいんだけど」
「うーん、どうだろうなぁ。いくつか考えておくよ。城の人たちにも少し聞いてみる。纏まったら手帳に書いておくから確認してくれ」
「ありがとう」
 人脈がありそうだからすぐ出てくるかと思ったけれど。意外とそういうわけでもないのね。
 エレナを連れ出してお店を出た。家へと歩く彼女の背中を見送って私も宿へと戻る。もう屋敷は暗くて眠りについているようだった。音を立てないように二階へと上がってベッドに潜る。いろいろ考えることもあったけど、もう私の意識はずっと遠くに落ちていた。

 これでお買い物と情報収集のパートは終わりです。14,000文字と【起】を超えてしまいましたね。想定外です。でも人物を増やすとあっという間に文字が増えてしまいますね。
 さて、新しい村についての情報は手帳を通じて行うことにしました。これ以上新しい人を出して一から状況を説明するのも大変なので、この街で出会った人を利用して話を進めていきます。また、防衛の話と魔力が溢れてしまうことへの対策については盛り込めなかったので次以降にやります。防衛は手帳の掲示板を活用して、魔力が溢れることについては新しい村での課題にしてもいいでしょう。



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