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メイキング|村焼き(仮題) #16 執筆:転【5】

2.3.3

 どんどんお話を進めていきます。ルカの年齢はおそらく3〜4歳程度のため、もう少しまともに話ができる年齢まで引き上げます。村焼きのタイミングでは14歳くらいにしたいので、ひとまず5年くらい経過させて中学年くらいの年齢にしましょう。その間にいろいろやったよ、をギュッとまとめます。
 [私]が村の人々を肩書きで呼ぶのはまあいいとして、ルカが村長以外を名前で呼ばないのはちょっと違和感があるのでみんなに名前をつけたいと思います。ラテン語ベースで、ざっくりとしたイメージでつけていきましょう。どうせ焼くので悩まずつけたいところ。主要メンツのおじさん3人は個別で考えるとして、その他の男性は鳥から、女性は花から考えましょうか。

  • 村長はディウ(diu:長)、棟梁はドム(domum:家)、若頭はコル(cor:心臓)

  • 大工の若者は3人でアクウィラ(aquilae:ワシ)、コルバス(corvus:カラス)、ノクトゥア(noctua:フクロウ)

  • 棟梁の奥さんはローザ(rosa:バラ)、若頭の奥さんはヴィオラ(viola:スミレ)

 ルカの飲み込みは想像以上に早かった。自力での魔力生成や体内での貯蓄をするまでに至らないけど、周囲の魔力を認識できる分その流れを指定するのは得意らしい。日々、魔力が豊富な食材を摂り続けて身体を慣らすのは有効だったみたい。背丈も私の膝上くらいまでしかなかったのに、今では腰ほどまでに大きくなっていた。子供の成長は早いわね。
「先生、ドムおじさんが腰痛の薬切らしちゃったって言ってたよ」
「あら、そしたら調剤室の下の棚から一袋持って行ってあげて」
「はーい」
 今では遊びに行きがてら村人たちのヒアリングもしてくれるようになった。まだ治癒をしたり、どこに悪いものがあるかを認識することはできないから、あくまで要望を聞くだけだけど。それでも分担して仕事をできるのはとてもありがたい。
「これだよね?」
「ええ、そうよ。気をつけてね」
 誤った薬を持っていかないよう相互にチェックをする。ルカは小さく頷いて走って行ってしまった。その背中を見送り、私は魔導具の解析へと戻る。
『そういえば、あれからアリスの魔力はどうなんですの?』
「うーん、あんまり変わりないかな。でもこの村、湖に結構魔力が流れてて、自分の魔力を使わなくても済むからだいぶ楽だよ」
『そうなのですか……』
 卓上で黒猫が毛繕いをしている。エレナとは手帳でのやりとりをしていたけれど、あまりにもページが嵩んでしまうからと最近では使い魔を通して会話していた。私の方からはあの小鳥を送り出している。自力では互いの場所を行き来できないから、魔導具屋のお爺さんにお願いして配達してもらった。ついでに備品もいくつか買ってあげた。
 外装を取りはずして中に書かれた魔法を正確に転記する。だいぶお爺さんの癖みたいなものが分かってきたので、どういう機序で効果が出るのかがなんとなく想像できるようになっていた。面白くなってどんどん手を動かす。
『わたし、やっぱりアリスのことが心配です』
「あら、どうして?」
 黒猫が私の手元へと移動した。危ない器具がたくさん置いてあるからあまり近付いてほしくないんだけど、思ったよりもぐいぐい来る。怪我をさせてはいけないからと作業の手を止め、頭を撫でてあげた。気持ちよさそうに目を細めているけど、エレナはどこまで感覚を繋げているのだろう。もしかして視覚や聴覚、声帯だけじゃなくて全身の感覚器官を接続している……?
『体内で過量の魔力が合成されていて、それをうまく消費できないと魔力中毒になってしまいますよ』
「あー、あれはあんまりなりたくないよねぇ」
『経験あるのですか?』
「前に一回だけね。自分の魔力由来ではないんだけど、まだ魔法使いになりたての頃で魔法を使った後の副生成物のこともなんも知らなかったから、部屋に篭っていろんな魔法を使ってたの。換気もせずにね。そしたらもうあっという間に体調悪くなっちゃって。しばらく気持ち悪い感じが続いたし眩暈も無くならなくて散々だったわ」
『それは大変……』
 エレナの声を出す黒猫は香箱座りで尻尾を揺らしている。時折私の腕を叩くけど、ふさふさの毛がくすぐったかった。
「でも確かに、いつまでも溜め込んどくわけにもいかないもんね」
 自分の中で魔力がたくさん作られているという実感は正直ないのだけれど、エレナが言うならきっとそうなのだろうし。ルカに教える過程で使う魔法についてもほんの簡単なものばかりだから、多分収支が合わないだろう。かと言って無闇に放出するわけにもいかないし。自然の中ならうまいこと拡散していくだろうけど、村の中で暮らしているから住人に影響が出てしまうかもしれないし。
 そのことを相談したら、しばらく沈黙があった後に黒猫が口を開いた。
『それでしたら、魔導具を使って体外に流してしまうのはどうでしょう?』
「でもそれだとあんまり変わらなくない?」
 説明したいことがたくさんあるのか、そわそわした様子で黒猫が立ち上がる。私の目の前で行儀よく座り、尻尾をぱたぱたと揺らしていた。
『ほら、前にアリスが無機魔法のこと教えて下さったじゃないですか。その時の魔力のパスで指定した場所に転移させられる、というやつ』
「────なるほど」
『防衛用の空間魔法は湖に流し込んでるんですよね? それと同じようにアリスの魔力も湖に接続させれば、余剰分が身体に溜め込まれずに済むかもしれません』
 確かに、エレナの言う通りだった。常に魔力の流れを指定して湖と接続していると生活に支障が出るし、かと言って全方向への拡散はできないし。その点、無機魔法を使った転移なら直接的な繋がりがなくても、転移先の指定だけしておければ勝手に流し込んでくれる。
『それに、いくらアリスの魔力がたくさん作られるとはいえ湖のキャパシティを超えることはないでしょうし。ほとんど誤差だと思いますわ』
「だよね。そしたら──」
「先生、戻りました」
 やり方をエレナに相談しようと思ったらルカが帰ってきてしまった。時計を見れば随分と時間が経っている。この後は魔法について教える予定があったし、それを無しにするわけにもいかない。
「ごめんエレナ、この話の続きはまたあとででいい?」
『もちろんですわ。私も診察に戻りますわね』
 その言葉を最後に黒猫は机を降りて部屋の隅にある自分の籠へと入ってしまった。会話をしない時はああやって丸まっている。本当に眠っているようだけど、猫として活動することはほとんどない。

 話を進めたかったのでエレナを呼んじゃいました。手紙のやり取りではさすがに時間がかかりすぎるし、かといって紙ベースで通話をしようとするとハリーポッターの世界に出てくる吼えメールのようになってしまいそうなので、使い魔の交換という形で落ち着きました。今でいうタブレットでのオンライン会議みたいなものですね。接続しているときだけ互いを認識して会話ができるという。
 ちなみに使い魔は自身の一部体液によってその能力を指定できますが、[私]が最初に作った小鳥は視覚に特化していたので涙のみを与えていましたが、その後話せるように唾液を混ぜました。一度分解して再構成していますが、あまり絵では見たくない光景ですね。エレナも同様に涙と唾液は確実に混ぜていますが、撫でられた時のあの反応を見るに相当な量の体液を入れてそうですね。もしくは触媒にする身体の一部を多くしているのか。少なくともあそこまで自身とリンクさせた使い魔を作る人はあんまりいません。
 さて、ここからはルカに魔法の話をしていきます。すでに教えている内容ですが、おさらいとして会話に盛り込んでいきましょう。その後数日間で魔力放出用の腕輪を作って装着しつつ、魔法をたくさん使うことによって副生成物を蓄積させていきます。

「じゃあルカ、始めるわね」
「よろしくおねがいします」
 書斎の空いてるスペースに椅子を置き、ルカを座らせた。私の魔導書を開いて膝の上に置く。まるで絵本の読み聞かせのようだけど、あながち間違いではないのかもしれないな。
「前にも教えた通り、魔法使いは魔力を元に魔法を使います。自分の身体の中で合成した魔力を外に出したり、空気中にある魔力を操ったり。これはいいわね?」
「うん」
 これまでのおさらいにルカは頷く。何度か繰り返し伝えていることも、きちんと受け止めてくれるからありがたい。
「魔法使いの身体には魔力を合成する細胞内小器官が一種、貯蔵する臓器が一つ、それを巡らせる循環系が一つ、体外との魔力交換を行う腺が一種、それぞれ人間よりも多い。これも大丈夫?」
「うん。でも僕は、それがないから魔法使いじゃないんだよね」
 私の言葉を理解はすれど納得はできていないといった様子だった。少し寂しげに視線を落とす。確かに現時点ではルカは何も持っていないけど、普通の人間では到底敵わない強みがあった。
「そうね。でも、あなたは人間の身体を持っているけど、魔力を光として認識できているから、半分ずつ、って感じだと思うわ」
「中途半端?」
「素質があるってことよ」
 ルカは少しだけ笑った。これまでの知識を振り返ったところで今日の主題へと話を進める。
「あなたはまだ自分で魔力を作ることができないから、大気中の魔力を操作して魔法を使う練習をしていたけど。今日はちょっと趣向を変えて、一旦自分の中で魔力を溜めてから魔法を実行してみましょうか」
「はーい」
 そうして魔導書を捲ってやり方を教える。ルカ自身は魔力を貯蔵する臓器と循環系はないとはいえ、魔力を認識して操作することで簡単な魔法は使えた。それならば、身体の中に魔力が留まるようにイメージできたなら、きっと身体もそれに合わせて変わっていくはず。
 目の前に流れる魔力を指先で操作して火花を散らす。消えかけの蝋燭のように覚束ない光ではあったけど、ぱちぱちと爆ぜていた。でもこれは周囲の魔力操作をしてルカの指を起点としているだけで、身体は経由していないから意図した挙動ではない。
「それではいつもと同じよ。火をつけられてとてもすごいけど、魔力を自分の身体の中に取り込んでみて」
 頷いて目を凝らして大気中の光を見ているけれど、魔力を絡め取るだけで体内へは入っていない。今ではもう無意識で行なっている魔力吸収も、いざ説明しようと思うとなかなか難しい。
「できない」
「出来るわよ。頑張ってみて」
「分かんない!」
 思うようにいかない苛立ちを私にぶつけられても。小さな手を握りしめて膝に押し付けて震えているけど、私は変わってあげられないし。憑依でもして感覚を伝えてあげたいけど、そういう魔法は得意じゃないんだよな。

 教えるの大変そうですね。[私]は感覚派でしょうから、きっと論理的に説明できないと思います。あとは自分なりの解釈が強そうですよね。共通の認識がないから理解が得られないやつ。どちらにしてもまだ未熟な子供に汲み取ってもらおうと言うのがおかしな話なのですが。
 このままでは不機嫌エンドなのでエレナに助けてもらいましょう。同時にもう少し細かな魔力/魔法の話をします。

 出来るだけルカのことを否定しないように、分かってもらえるように言葉を考える。釣られてヒートアップしないように気をつけなくてはならない。
「魔力に触れた後に、それが吸い込まれるようなイメージをしてみて」
「できない」
「火をつけられたんだからルカにも出来るわよ」
「しらない」
「知らなくないでしょ? ほら、こうやって魔力を指に絡ませて自分の方へ流れるイメージをして──」
「分かんないってば!」
『じゃあ教えて差し上げますわ』
 怒りを爆発させて立ち上がったルカの足元に、黒猫が頭を擦り付けた。丹念に匂いを刷り込んだと思ったら身軽に棚を登って机へと乗る。私もルカも、突然割って入ってきたエレナを呆然と見つめた。互いの熱くなった感情もどこかへと霧散する。
『初めまして、ルカくん。わたしはエレナ。今は使い魔を通してお話ししていますわ』
 丁寧にお辞儀をして話を続ける。
『魔力の流れについてですが、まずは身体の中に魔力を取り入れるイメージをするといいですわよ。鼻から吸い込む、とか。空気を食べて飲み込む、でもいいですわね。ルカくんはどうしたいですか?』
 光を反射する半球状の目にじっと見つめられて怖気付いたのか、椅子に座り直して俯き加減でいた。家の中で猫が歩き回るのは見ていただろうけど、こうやってひとの言葉を話すのを聞くのは初めてだろう。私も隠していたわけではないけど、あんまりちゃんと教えたことはなかったもんな。御伽噺で読んだことはあっても、実際に対峙するとなると怖いのだろう。
「……口から食べる」
 辛うじて聞き取れるほどの小さな声で呟く。まだ少し不機嫌なようだった。ルカの言葉にエレナは頷く。
『まあ、いいですわね! そうしたら空気中の魔力を食べてしまいましょう。きらきらしているのをお菓子だと思って、ぱくっといっちゃってください』
 ルカは言われた通りに口をぱくぱくと動かす。味や食感があるわけではないから何にもならないだろうけど、本当にこれで上手くいくのかな。
「食べたよ」
『偉いですわ! そしたらそれを飲み込んで、お腹の中にきらきらした魔力が積もる想像をしてください。お水を飲んでもいいですわよ』
 素直に指示された動作を行なって、キッチンに走って水を飲む。帰ってきたと思ったら目に少し元気が戻っていた。
「……すごい、身体がぽかぽかしてきたかも」
 半信半疑でルカの身体を見てみるけど、確かに少しだけ魔力が増えているように思える。でも留まっているというよりは、なんだろう、たまたまルカの身体があるところに魔力の淀みができている、というのだろうか。魔力を留める、とはまた違う。
『ばっちりですわ。そしたら最初にやってたように魔法を使ってみましょう。お腹の中の魔力が胸に上がって、腕を通って、指の先に集まって──』
「──できた!」
 ぱちっ、と静電気のような音と同時にルカの指先から火花が散る。一連の流れを見ていたけど、ルカの身体の中に集めた魔力で魔法を使ったとは言い切れないように思う。確かに魔力の流れはその通りだったけど、たまたま位置が重なっただけのようだし。
『上手ですわ〜〜! アリス。ルカくん、ちゃんと出来ましたわよ!』
 エレナは目を細めて尻尾を大きく揺らしていた。私がお礼を言うと尻尾がさらにぼわぼわになる。嬉しいのかな。
「じゃあ、来週までこのやり方で魔法を使ってみて。身体の中に魔力を留めるイメージでね」
「はーい!」
 元気に返事をした後、エレナの頭をそっと撫でてルカは出ていった。そのまま家の戸を開く音が聞こえるから、大人たちのところへ遊びにいったのだろう。膝の上で開いたままの魔導書を閉じて机へと置く。
「エレナ、ありがとね。助かった」
 頭を撫でて顎下を掻くとまた気持ちよさそうに目を細めた。すり抜けるようにして腕にまとわりつき、そのまま膝へと移動する。くるりと丸まって本物の猫のよう。
『こちらこそ、急に出てきて失礼しましたわ。やりとりを聞いてて、つい気になってしまって』
「でもさっきのやり方、あんまり正しくはないよね?」
 私の言葉に尻尾が下がる。
『まあ、そうですわね……。実際には魔力の位置をただ身体と同じ座標にしただけで、身体に取り込んだわけではないですし』
「やっぱりそうだよね。そしたら──」
『でもこれを繰り返していくと、そのたまたま魔力と重なった身体が、環境に適応するように魔力に馴染むと思ったんです。経路がどうあれ、期待する結果に辿り着けばいいのですから』
 撫でを催促するように頭を擦り付けてくる。言われた通りに頭と身体をゆっくりと撫でてあげた。
「そういうものかしら」
『そういうものですわ』

 細かい話をしたいのになかなか始まらないですね。ルカに教える形にしようと思いましたけど、ちょっと形を変えてサラッと入れましょうか。

 しばらくして満足したのか、エレナは机へと飛び乗って伸びをしていた。大きく欠伸をして行儀良く座る。
『実際、魔力は目に見えない極小の粒子みたいなものですし、もっと言ってしまえば複数の魔素の組み合わせなのですから、それそのものを知覚することは出来ませんわ。わたしたちは日々の生活を繰り返す中である程度意識して魔力の流れを制御していますけれど、体内での生合成は心臓の鼓動と同じで止められないですし。なにより、その魔力が自然からもたらされたものなのか体内で合成されたものかを、わたしたちの身体で判別することは不可能です』
 エレナの言うことは正しい。大気中に漂う魔力もいろんな種類があるし、それがどこから合成されたものなのかは私たちが知る由もない。呼吸して吐き出された二酸化炭素と薪を燃やして発生した二酸化炭素は、その経過を見ている私たちによって由来を判別できるけど感覚器官によってそれらを識別することはできない。それは確かにそうなのだけれど、魔力を生成できないルカに体内に魔力を取り込んでそれをストックできるようにしてあげたかったんだけどな。その一助としての魔力を留めて魔法を実行、と言うトレーニングだったのだけれど。
「まあ、そうだけど……」
 私が納得していないことを察したのか、エレナは少し黙った後に改めて口を開いた。
『わたしが言いたかったのは、由来はなんであれ魔力の流れを思う通りに制御できれば、自ずと対応できるようになる、ってことですわ』
「……そう」
『ま、まだ納得できませんの?』
「いや、うーん…………そうね。でも多分これは、私の中でうまく処理しきれていないだけだと思うから。エレナは気にしなくていいわよ」
 そうですか、と少し寂しそうに耳を下げる。そんな黒猫の頭を撫でてあげて籠へと運んだ。今日はこれでお終い、と半ば追い出すようにして会話を断つ。エレナもこちらの気持ちを汲み取ってくれたのか、大人しく従ったくれた。

 多分[私]が不機嫌なのは、自分にできなかったことをエレナが達成した嫉妬と、自分の考えをそれとなく否定されたことに対する不満と、エレナに気を使わせてしまった罪悪感とが入り混じっているからだと思います。めんどくさいですね。
 でもこれでひとまずの話はできました。あとは腕輪作りですね。副生成物の蓄積については、あんまり詳しく書いている暇が無さそうなので『考えてみたらそれも原因の一つだったかもね』くらいの立ち位置でサラッと流しましょう。

 リフレッシュがてら私も家を出て湖の辺りを散歩する。陽が傾き始めて水面が橙色に染まっていた。まるで火が揺らめいているよう。これだけ水があれば火事になることはないよな。そういう意味ではこの村に移住して正解だったかもしれない。防衛もばっちり、環境も万全、私への嫌がらせもきっと怒らないだろう。
 湖から無機魔法を一つ採取して持ち帰る。中の空間にまつわる魔法は容器に移し、表面の膜はナイフで丁寧に剥いで、骨格は分解した。街で買った腕輪を参考にしながら再構築する。一定の魔力量を超えたら湖に流し込むよう魔法を刻みつつ、中は空洞にしておいて魔法を流し込めるようにしておいた。中身が漏れ出ないよう私の魔力でコーティングして、ちょっと装飾を施せば完成。
「(あとは中に空間の魔法を入れて湖に接続するだけ……)」
 溢さないように慎重に中に注ぎ込む。八割ほど入ったところで栓をして結合させた。腕に通し、再構成によってサイズを微調整する。ちょうどうまく収まったところで再び湖へと出向き、腕輪と湖を私の魔力で繋ぐ。湖全体を私の魔力で満たすことはできないから、ある一部分だけを囲って接続してそこから拡散するように設定する。
「おや?」
 試しに少し魔力を放出したら、乾いた土に水が染み込むように手元からなくなった。その後も血を吸われるように身体から魔力が引き抜かれていく。これは設定を間違えたかな。このまま魔力が抜けていったら干からびてしまう。
 立っていられなくなってその場にしゃがみ込む。腕輪を外そうと思ったけど、ちょうどぴったりで作ってしまったから抜けない。割ることもできるだろうけど、中の無機魔法を直に浴びてしまったら火傷どころでは済まなそうだ。そもそも壊すほどの余力も残っていないのだけれど。
「(ここで死ぬのか……?)」
 自分の馬鹿らしい不注意で惨めに命を終えるのか。枯れ木みたいに皺くちゃになって、ちょっとした風で折れてしまうのだろう。せめて設定を変えられるように魔法を外側に書いておくんだったな。内側に記述してしまったからもう手が出せない。
「先生?」
 起きていられず横になって目を閉じたところで、聞き慣れた声が降ってきた。ルカが心配そうに覗き込んでいる。手にはいっぱいの果物を持っていた。
「お休みしてるの?」
 冗談ではなく本当にそう思って聞いているのだろうけど、返事をするだけの力が出ない。辛うじて首を横に振ったけど、伝わったかどうかは怪しい。
 ルカは私の様子が変だと思い至ったのか、手に持っていた果物の一つを私の口に押し当てた。食べろということなのだろうけど、皮のままは食べられないよ。口もそんなに開けられないし。
「待ってて!」
 そう言い残して全速力で集落へと走って、程なくして若頭を連れてくる。果物を食べさせたい旨を伝えてその場で剥いてもらった。実をほぐして口の中に押し込まれる。酸味のある果汁が口いっぱいに広がって唾液が溢れた。なんとか飲み込むけど、あんまり回復した感じがしない。
「魔法使いさん、大丈夫なのか……?」
「分かんない。お腹空いてるんじゃないのかあ」
 二人して首を捻っているけど、そんな暇があるなら私に魔力を分けてくれ。もしくはこの腕輪を破壊してほしい。どうにかして伝えたいのに、口が動かないからもう何もできない。諦めて目を閉じた。
「先生、キラキラしてない……あっ!」
 思い立ったようにルカが叫び、若頭に新しい果物をむいてもらっていた。少し間があったあと、口を無理矢理開けて何かを捻じ込まれる。果汁だけでもと思ってゆっくり咀嚼すると、じんわりと身体に沁みた。奥の方から力が湧いてくるような気がしてくる。
「……ルカ、もうひとつ、ちょうだい」
 声を出せるまでになったのでもう一切れ食べさせてもらう。噛んで飲み込むと、全身に活力が巡っていくようだった。起き上がってその果物を受け取る。見た目は普通だったけど、ほんのり魔力を帯びていた。これは薬草の類ではないから自然には宿らないはずだけど。もしかして、ルカがやったのか?
「ありがとう、落ち着いたわ」
「よかった!」
 笑顔で新しい果実を手に取るけど、もう自分で動けるから断った。まだ全快とはいかないけど、ちょっと元気になる。腕輪からの魔力転移も弱まっていたし、心なしか身体が軽かった。さっきのはなんだったんだろうな。
「若頭さんもごめんなさい。急に呼び立ててしまって」
 果物を齧って湖を眺めている彼に謝罪した。口を拭って「いいんだよ」と返してくれる。
「それにしても、何があったんです? 魔法使いさんが対処できないような大変なことが……?」
「いえ、ちょっと。貧血みたいなものですかね」
「そうなんですか。あんまり無理はしないようにしてくださいね。あなたが倒れてしまうと村が困ってしまいますので」
「ええ、ゆっくり休みます」
 その後も二、三話をして別れる。帰り道、ルカは残った果物を抱えてじっと見つめていた。たまに躓いて転びそうになるけどなんとか踏みとどまる。何をしているのかと様子を見ていると、どうやら果物に魔力を込めようとしているらしい。
「さっきの果物、魔力が篭ってたわね」
 私の呟きにルカは顔を上げた。自慢げに鼻の穴を大きく開いている。
「エレナお姉さんに教えてもらったみたいにしたんだ。果物はお水が必要だから、魔力をお水みたいにしてかけてあげたの」
「そう、すごいわね」
 ルカはちゃんと学んでいるようだった。魔力を何かに付与する、という考え方で魔力を留められるようになっている。このままいけば、すぐに身体の中に魔力を維持できるようになるだろう。
 しばらくは休養するとして、ルカの鍛錬を見守ることにしようかな。どこまで成長するのか楽しみだ。

 [私]が倒れたのは低血糖みたいなものですね。薬の飲み始めに想像以上に血糖が下がり過ぎてしまうことによって低血糖は起こりますが、それと似た機序で魔力が下がり過ぎて死にそうになってました。低血糖は糖分摂取で回復するので、魔力を帯びた食べ物で魔力を回復させています。


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