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メイキング|村焼き(仮題) #7 執筆:承【3】

 さて街に入り、宿を取ったら買い出しに行きます。魔法使いの増加とその裏事情については買い物中に行いましょう。

 トンネルのように長い壁の内側は昼間なのに真っ暗だった。松明は焚かれているけど手元が見えるほど明るくはないし。がらがら、ごろごろ、と車輪の回る音が反響している。嵐の夜にひとりぼっちになってしまったような心細さがあった。
 向こうに見える光が大きくなり、やがて視界を塗りつぶしていく。目を細めてその刺激を緩和させ、ゆっくりと瞼を上げた。
「わあ……!」
 眼前に広がる街はとても活気付いていた。人も多い。私のように馬車に乗って来ている人もいるようだった。道も広く整備されていて、車体同士も難なくすれ違える。こんなに発展している街は他にないだろう。
 私は馬車から降りて商店街を歩く。近くのお店で、お客さんとの会話が終わったところを見計らって店主へ声をかけて宿の位置を確認した。壁沿いに東へ行くと何軒かあるらしい。感謝を伝えて言われた方へと進む。
 せっかくだから自分の足で歩くことにした。護衛はすぐ後ろに付かせて、追従するように御者へ指示する。路地をしばらく行くと、聞いていたようにいくつもの宿が密集している場所に辿り着いた。馬車を停めておける場所がいいな。道端にずっと待たせるわけにもいかないし。いくら結界を張って他者からの干渉を防いだとして、物理的に邪魔になってしまうのは避けたいところ。良さそうなところに何軒か声をかけてはみるけど、やはり荷物のことを話すと首を横に振られてしまった。肩を落としてカウンターを離れる私に宿屋は声をかけてくれる。
「でも、ここから三本向こうの通りに話を聞いてくれるところがあるかも。大きな倉庫を持ってるお爺さんが余ってる部屋を貸してるって言ってたから、そこへ行ってみたら?」
「ありがとう」
 私の笑みを見て彼女は苦笑する。よっぽど惨めに映っていたのだろうか。
「教えておいてこんなことを言うのは変かもしれないけど……。その家、こう、雰囲気のある外見だけど、驚かないでね。お爺さんも悪い人ではないし、貴女に危害を加えるようなことは、まず無いと思うけど……」
「教えてくれてありがとう。気をつけるわ」
 ハズレの物件を紹介されたと思われたくなかったのだろう。私は笑顔を崩さずにもう一度お礼を言って宿を出る。ああは言っているけれど、これだけ発展している場所だもの。街並みも綺麗だし、きっと少し前に建てられているから植物が巻き付いていたり、ちょっと塗装が剥がれていたりする程度なのだろうな。私だって長く生きているもの、そう簡単には驚かないわよ。
「────────」
 目的地に辿り着いて絶句した。宿屋は嘘はついていなかったけど、本当のことも言っていない気がする。その場所だけ天気が違うかのように暗く、建物自体は他より数倍大きくて立派だけど、各所に時間の経過を窺わせる様子があった。蔦が、とか塗装が、とかのレベルでは無い。もう役目を終えて風化するのを待つ死人のようだった。本当にこんなところに人が住んでいるのだろうか。
 魔法を使って中を確認しようとした時、玄関の戸が開いた。中から大柄の男性が出てくる。体付きはしっかりしているけど肌にハリはない。髪も全て剃っていて、顔には皺が深く刻み込まれていた。小さな眼鏡を鼻の上にちょこんと載せていて、身体とのサイズ差に思わず笑いそうになってしまう。
 彼と目があった。私の身体とその周りを凝視し、後ろに控えさせている護衛と馬車へと視線を移す。もしかしてこの人、守衛と同じように魔力を見ているのだろうか。
「魔法使いが何の用だ」
 嗄れた低い声が響く。威圧的ではあるけど敵意は感じない。確かに悪い人ではないようだけど、あまり友好的というわけでもなさそうだった。
「買い物をしにこの街へ来たんです。しばらく泊まれる場所を探しているのですが、旅をしていて荷物も多く、それを停めておける場所がなくて。向こうの通りの宿屋にあなたのことを聞いて来ました。もしかしたらここなら馬車を停めて滞在できるかも、と」
 私の話を聞いて彼は大きくため息をついた。概ね予想していた通り、と言うことなのだろう。小声で悪態をついて踵を返す。
「……馬車は裏の倉庫に入れておけ。そいつら、食事は要らないんだろう?」
「えっ、いいんですか?」
「お前が部屋を貸して欲しいと言ったんだろう。嫌なら他を当たってくれ」
 そう言い残して戸を閉めてしまった。一人取り残されてしまう。それにしても眼鏡を使った魔力測定はもう一般的なのかな。見たところあのお爺さんも魔力は生成していなさそうだったし、魔法使いではないと思うけど。私が村に篭っている間にいろんなことが変わっていそうだな。買い物に行くのが楽しみになってきた。
 彼に言われた通り馬車を移動させる。倉庫の位置はここから視認できているけど、人がすれ違うのも苦労するくらい狭い隙間しかなかったから、路地をぐるっと回らせた。私はその間にその小道を通って先に倉庫へと行き、ばっくりと開いた南京錠を外しておく。先に荷物の方を入れ、そのあとに馬車を誘導した。御者はそのまま席に座らせ、護衛は扉の前に立たせておく。生活に必要なものと貴重品類を取り出して魔術書に手を載せる。
「■■■■■■■■■■■■■■■」
 倉庫に干渉しないよう、必要最小限の範囲にだけ結界を張った。扉を閉めて鍵を引っ掛けてぶら下げる。ちゃんと閉めようとも思ったけど、上の金具が曲がっていて差し込めなかった。
 使い魔には引き続き身の回りの監視のためにもう一つの目になってもらう。生命維持のために何かしらを食べさせなくてはいけないけど、そこら辺の虫でも摘ませていればいいだろう。

 宿に泊まるとは言いましたけど、こんな変なところに行くとは思っても見ませんでした。それに予定していないお爺さんが出てくるし、ちょっと意味ありげな感じだし。せっかく出てきたからにはちゃんと活かしますけど、今の魔法業界の趨勢については当初の予定通り買い物中に出会った魔法使いにしてもらいます。この人はそうですね、昔の魔法使いで、もう魔法はやめていて、ちょっと怪しい感じ。眼鏡については魔力を見るためのものではなく過剰な魔力をカットするもの。結果として得られる視界は同じですが、お爺さんの方は特定の情報だけ除外しています。ブルーライトカットみたいですね。そういう、魔導具の作成に関わらせてもいいかもしれないです。
 オンボロのお家ツアーをした後、荷物を整理して買い出しに行きます。

「お邪魔しまーす……」
 玄関の戸を開けて隙間から声をかけるも、応答はなかった。中も薄暗く、埃が被ってかび臭い。吹き抜けになっているロビーの中央には二階へと繋がる階段が伸びており、左右に分かれて各部屋に通じていた。ぐるりと見回してみると、右手にはキッチンとダイニング、左手にはリビングらしきものがある。そうであると断定できないのは、管理が行き届いていなくて汚れ切っているからだった。
「(これじゃあ幽霊屋敷ね)」
 村の子供だったらきっと怖がるだろうな。私がちょっとした悪戯で泣かせてしまったのを思い出す。懐かしさと寂しさが胸の奥にじんわりと沁みた。
 どうしたものかとリビングを眺めていると、後ろに気配があった。
「部屋は二階の左奥だ。浴室はこの廊下の先にある。一階は好きに過ごしてもらって構わないが、二階は自分の部屋以外立ち入るなよ」
「分かりました。ご親切にありがとう」
 対人間の笑顔を作ると、彼は心底嫌そうな顔をしてため息をついた。
「そういう気持ち悪いことは止めてくれ。そもそも魔法使いが人間に対して媚びる必要はないだろう」
「それは、まあ、そうですね。でも良いことをしてもらったらその気持ちを表現した方がよくないですか?」
「ふん、勝手にしろ」
 そう言い捨てて二階の自室へと登っていく。何か魔法使いに嫌なことをされたのだろうか。またお爺さんが話してくれそうならいろいろ聞いてみようかな。下手に刺激をすると追い出されてしまうかもしれないし。
 私も後を追うように階段を上がり、突き当たりの廊下を左に曲がってさらに進む。壁には立派な額が飾られていたけど、中は何もなかった。縁には蜘蛛が巣を作っている。表面のガラスも埃で曇っていた。肖像画や風景画が映えそうなのに、勿体無いなぁ。
 いくつか部屋を見送って目的の扉を見つけた。ノブを回して押すと、悲鳴のような軋む音が響いて澱んだ空気が廊下へ流れ込んでくる。思わず咳き込み、口元を袖で押さえて小走りで部屋を横切って窓を開けた。新鮮な空気が入って少しだけ息がしやすくなる。ここも一階と同じで、手入れが行き届いていなくて汚かった。こんなことではゆっくり休息もできない。仕方がないので掃除をすることにした。ベッドシーツは剥がして叩き、デスクとチェストの埃は丁寧に拭く。天井とランプについた蜘蛛の巣は巻き取って、床に積もった埃も全て集めた。纏まったごみは小さな炎で焼く。簡易的な魔法だから対象以外を燃やすほどの火力はない。
「さて、お買い物行きますか」
 大きく伸びをして背中の骨を鳴らし、トランクに魔導書を入れて家を出た。

 お爺さんには『古い昔の魔法使いとして現状への不満を言う人』になってもらいます。買い物中に会う魔法使いは比較的柔軟なので今の人間が魔法を使う事への忌避感はあまりないですが、お爺さんはそうでもなさそうだね、と言うところで対比を書きたいですね。
 ようやくお買い物です。魔導書の紙を買おうとして、立ち寄った先でたくさんの魅力的な魔導具と出会ってしまい買いすぎてしまう、というような流れでいきましょう。魔力計は後々ギミックとして使うので買わせます。ストームグラスみたいなオシャレなやつがいいですね。

 来た道を引き返して入り口へと戻る。この通りから街の中央にかけてが一番大きな商店街のようだった。小鳥の目を使って全体像を把握する。最奥部には大きなお城のような建物があって、そこから扇状に道が伸びている。中心部分には広い公園があってたくさんの人が寛いでいた。それを境に網目の様式も変わり、格子状の規則正しい配列になっていた。私の泊まっている場所も格子のところ。

 あまりこの時代に明るくないのでなんとか上手く進めたいのですが、途中で街の様子が変わるのは領土が広がったからです。初めはお城中心で町が作られていて、そこから発展して大きな街になった、というような感じです。

 賑やかな道を歩く。いろんなところとの交易があるのだろう、私もあまり見かけないような土地のものがたくさんあった。植物を売っているお店を見つけてふらりと立ち寄る。簡易的な温室には見た事ない葉や実をつけるものがぎっしりと並べられていた。魔力を帯びているものもあるから、一部は薬用に使えるかもしれない。葉の形と茎の伸び方、鉢に絡む根の様式を確認しておおよそのルーツを推測する。でもこの成長途中の子たちを持ち帰るわけにもいかないので、店主に相談してその一部を分けてもらうことにした。事情を説明すると快く引き受けてくれる。いくつかの種と苗を、それから普通の野菜の種もおまけでつけてくれる。いい人だった。
 その次に見つけたのは魔導具を扱うお店。店前にはそれこそ見たことないようなものがたくさん並べられている。そこに集まる人々に目をやると、そのほとんどが人間だった。
「(魔法使いでもないのになぜ人間が魔導具を……?)」
 守衛やお爺さんのように普通の人間でも魔法の力を使えるようになったのだろうか。俄然興味が湧いてきて、人並みを縫うようにしてお店へと入る。
「いらっしゃ──いませ」
 店主と思しき男性は私を見て声を詰まらせていた。目もとには片眼鏡を嵌めているから、おそらくは魔力を見ての反応なのだけれど。守衛はこの街によく魔法使いが来るって言ってたけど、みんなあんまりこういう店には立ち寄らないのかな。

 魔法使いの総数が多くないという[私]の認識を提示しつつ、それを覆すために魔導具屋さんに入りました。びっくりしてるのは本物が来たからではなくて魔力が濃いからです。でも会う人全員に指摘させてはくどいので、これ以降はスルーします。

 陳列された商品を眺める。どれも丁寧に作られたものばかりだった。アクセサリーが多いのはこの街の流行なのだろうか。じっくり見てみると簡素な魔法が込められているようだった。火を出すもの、鉄を引き寄せるもの、水をもたらすもの、力を漲らせるもの、熱に耐えうるもの、穢れを祓うもの……。指輪のように小さなものから腕輪、ネックレスなど形状は多岐に渡る。魔法も個性がいろいろあった。体に触れる部分に文字が刻まれているから、そこが魔法の起点なのだろう。もともと魔力を蓄えない人間でも、刻まれた魔法と大気中の魔力を利用すればこれくらいのシンプルな魔法を実行できるのか。すごいな。
「こういうの見るのは初めてですか?」
 よっぽど珍しそうに眺めていたからなのか、店主が声をかけてきた。その目には今まで出会った畏怖や緊張がなく、好奇心で満たされている。
「そうね。こんなに魔法が身近になってるなんて思わなかったわ」
「そうなんですよ! ほんとここ五、六年の間にこういうことができるようになって」
「すごいわね。あなたの掛けている眼鏡もそう?」
「はい! とはいえ見張りの人たちのように魔法使いかどうかを見分ける必要はあまりないので、ちゃんと魔法が記述されているかをチェックするだけなんですけどね」
 そう言って彼は少年のように笑う。なるほど、機能もかなり細分化されているようだった。確かに魔法が実行可能かどうかもその魔力量で測ることはできるし、それはただの人間ができることではないし。
 しかし一体誰がこんなことを始めたのだろう。魔法が身近になることはいいことだけど、それによって私たち魔法使いに利益があるわけではないし。あ、でも個人に限ればそれによって収入を得て生活ができるからいいのか。私が薬を売るようなものだな。理解はできるけど、こうやってむやみに広めるのは無責任な気がする。
「でもこれ、本物ほど力は出ないんですよね。回数も決まってるし。だから買いにくるほとんどの人はアクセサリーとして身につけてて、プラスアルファで何かをしたい時とか、あとは魔法を体験してみたい時とか、そういう時に魔法を使ってるんですよ」
 ため息混じりに彼は教えてくれた。作者もある程度考えて卸しているんだな。魔力の経路を持たない人間には通常の出力だと耐えられないだろうし。
「大変なのね」
「まあ、人間として生まれてしまったから仕方ないですよね」
 店に並ぶ商品を寂しそうに眺めている。私にはどうにもしてあげられないし、関係のないことだから何も言わない。
 別の棚へ目をやると、ひとつだけ目を引くものがあった。透明な容器に雲のような結晶が浮かぶもの。手に取るとその結晶が広がって中が濁ってしまった。さっきまで綺麗だったのに。元の場所に戻して少しすると、結晶は元の大きさに変化していた。なんだろう。
「それ、いいですよね。大気中の魔力に反応するんですよ。普段は何もないただの液体なんですけど、魔力の量とか流れに合わせて結晶の形が変わったりするんです」
「そう」
 だから私が持った時に濁ってしまったのか。魔力が強すぎたということなのだろう。人間のスケールで作られているから仕方ないとはいえ、ちょっとした魔力の変化に対応するなら活用できるかもしれない。植物室に置いておけば、簡単なチェックになるかも。
「そしたらこれをひとつお願い」
「ありがとうございます!」
 その他にも参考程度にアクセサリーや雑貨を購入する。私はこんなものを使わなくても全然いいのだけれど、仕組みとやり方が分かれば次に暮らす村でも役立つかもしれないし。とはいえ流石に買いすぎたかもな。トランクの留め具が限界に近い。それにここに来た目的のものを買えていないし。魔法用紙を売っている場所があるか聞くと、彼は少しだけ気まずそうに頬を掻いた。
「魔法使いが使うものって、こっちにはないんですよね。ここ出てしばらく行くと公園があるんですけど、その向こうにいろいろ売ってるところはあります」
 本当は自分でも取り扱いたいんだろうな。でも人間には過ぎたものだし、流通を規制するのも分かる。
「ありがとう」
 私は一言お礼を伝えて店を出た。

 うっかり魔道具を買い過ぎましたね。魔力計のイメージはストームグラスです。もう少し魔導具について、装飾品以外のものも提示したかったのですが、本筋ではないのでここでは書きませんでした。あまり思いつかなかったのもあります。なので次の村で荷解きをするまでに何か思いついたら、そこで展開させましょう。




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