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小説|幽霊の図書館
図書館に幽霊が出るという噂を聞くようになったのはいつごろからだろうか。大体見当はついている。夏休みが目前と迫った期末テスト終わりだろう。みな残された授業の事なんか気にせずにこれから始まる夏休みに想いを馳せていたはずだ。海に行こうか、プールに行こうか。花火をしようか、肝試しをしようか。プランをいくつか考えているところで、誰かがふとしゃべり始めたのだろう。夏といえば怪談、だなんて誰が考えたかわからないけれど、学校の七不思議を怪談風に語ったのがたぶんはじめだ。そこからいろんな尾ひれがくっついて、生徒の間を駆け巡った。おかげでこの図書館には好奇心だけで忍び込む生徒が増えたし、私自身、彼らを驚かせなくてはいけないから困る。幽霊なんていなかった、ということにしてもいいのだけれど、それだと子供たちがかわいそうな気がして、私ができなかった青春をせめて彼らに経験してほしくて、本を落としたり息を吹きかけたりするのだ。
私は、図書館に住む幽霊だ。
□
私がこの姿になったのはそう昔の話ではない、と思う。幽霊になってから記憶がごちゃごちゃになってきてしまっている。体内時計というものが機能していないからかもしれないし、睡眠を必要としないからかもしれない。だって、身体がないんだもの。
なぜこんなことになってしまったのか、どうすれば成仏できるのかがわからずに図書館に住み着くこと早何年か。何十年か。現状維持の状態がずっと続き、何の変化も現れないまま本棚の上に寝転んで利用する生徒たちを眺めていた。机があるところでは勉強し、本棚のそばでは読書をしている。夏になると扇風機の近くに群がり、冬になればヒーターの前に集まる。いくつもの季節を通り越して、見知った顔が学校を巣立っていく中で、私は一人の少年とであった。
彼はいつも図書館にいた。始業のベルが鳴っても本棚から離れようとしない。司書の先生は彼がいることに気づいていないのか、まったく注意しないしまるで興味がないようだった。でも特別騒ぐわけでもないから、私としても彼がいることに何の苦痛も感じてなかった。はらり、と時折聞こえるページをめくる音が、耳に心地よく響く。そういえば、図書館にいるのに私は本を読んだことがなかった。しかしどんな本があるのかも知らないし探し回るのも億劫だったので、彼が読んでいる本を覗き見することにした。彼のいる本棚に移り、ふわりと浮かんで彼の隣に座り込む。そして、文字を追いかけた。
「…………あのさ」
唐突に、彼がつぶやいた。誰かが来たのかと思って少しはなれ、周りを見回してみる。しかし、新しい人はいなかった。まさかとは思うが、私のことなのだろうか。
「そう、きみのこと。この本、もう一冊あるからそれ読めばいいんじゃない?」
それだけいうと、彼はまた読書を再開してしまった。私は今何が起こったのかわからずに、その場に固まってしまう。
彼には、私のことが見えるのだろうか。いや、見えてなければ私に対して話しかけなどしないだろう。そもそも、普通の人なら気づかないはずだ。なんでもなかったかのように通り過ぎていく。でも彼は私と会話をした。彼には、私が見えている。私のことを認識している!
それは私が始まって以来最高の興奮となった。今までこんなにドキドキしたことはないといっても過言ではないだろう。少なくとも、生きていたころはこんな気持ちを味わったことはない。ドキドキするための心臓はないけれど、それでも似たような気持ちは感じることができた。
「あのさ、もうちょっと静かにしてくれないかな」
「え?」
「さっきから。そんなに大声で騒がれると迷惑なんだけど」
「え、も、もしかして、声に出てた?」
「……心の中で叫んでるつもりだったの?」
「え、そ、ご、ごめん! ほんとごめん!」
「はぁ……。まぁ、いいよ。僕が話しかけたからそうなったんだしね。もうちょっとお話しようか」
彼は読んでいた本を閉じると、そばに置いてしまった。そして、あいているほうの床を小さくたたき、ここに座ってと合図する。私は先ほど自分がしたことが恥ずかしくて死にそうだったが、どうにかして彼の隣に座ることができた。死にそう、とはいってもこれ以上死ぬことはできないのだけれど。
それでさ、と彼は話を始めた。
「きみはいつからここにいるの?」
「うーん、覚えてない」
「それくらい昔ってことなんだ」
「いや……、昔だったかどうかもわからないの。たくさんの記憶が同時に頭の中に浮かんで、再生されてる状態がずっと続いているから、どのくらいの時間がたったのか、とかそういう感覚が狂っちゃったの。というか、身体がない以上人間のように生きることはできないかもね」
私はごまかすように笑ったが、彼はじっと私の顔を見るだけだった。その、心を見透かされているような鋭いまなざしに、私の笑みは途切れてしまう。
彼は大きく息を吐いた。
「まぁ、きみがどう考えようと僕には関係のないことだけど、ひとつだけ言っておくね。
きみは幽霊なんだ。幽霊にも身体はあるし、考える力も制御する能力もある。人間とは種族が違うだけなんだよ。似たような形をしているけど、まったく違うもの。過去に人間だったけど、まったく違うもの。だから、人間と同じように考えることは、きみの言ったとおりできない。でも、だからといって幽霊の生き方を捨てちゃだめだと思うんだ。きみは過去のことに縛られすぎだ。人間のように暮らそうとするから、人間の中で違いを嘆いているから、いろんなものが狂ってくる。きみが今しなくちゃいけないのは、人間との違いを探して心を暗くすることではなく、幽霊としての自分をしっかりと認識して、そして幽霊としてしっかりと生きていくことなんだよ」
彼はゆっくりと、物語を聞かせているかのように私に語りかけた。内容が少し抽象的で、何を言っているのかほとんど理解できなかった。このままでは彼に一方的に意見を押し付けられているような構図になってしまうけれど、かといって私には反論できるほどの材料が頭の中になかった。
「……あなた、いったい何者?」
ようやく搾り出した言葉に、彼は弱々しく笑う。
「クラスになじめなかった幽霊と話すことのできる死に損ないだよ」
終業の鐘が鳴った。
【情報】
お題:幽霊、図書館、超能力
2012.07.27 14:51 作成
2023.10.20 修正