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メイキング|村焼き(仮題) #8 執筆:承【4】

2.2.2.3

 さて、主目的である魔導書の紙を買いに行きます。今いる商店街でもよかったのですが、場面を変えたかったので城下町の方にしました。
 店主に教えてもらった魔導具を売るお店については、[私]が泊まっているお家のお爺さんの弟がやっているお店にしましょうか。せっかく出てきたお爺さんですし、魔法についてのまた別の視点を組み込みたいので。『古い魔法使いではあるけど認識が新しい』という立場ですね。まずはそのお店に行き、弟と話をしたのちに新しい魔法使いには登場してもらいます。

 教えてもらった通りに公園を目指す。城郭に突然緑地が現れるのが不思議ではあったけど、この街の大きさとその壁の歪な形から拡張していることが推測された。だから多分、この公園はもともと城壁の外だったのだろう。それが街の発展とともに整備されて、その名残として住人の憩いの場になっている。
 遊歩道では小さな子供から老人まで、さまざまな年代の人間が散歩していた。芝生に寝転んだり、布を敷いて軽食を摂っている人もいる。少しお腹空いてきたな。魔法用紙を買ったら荷物を置いてご飯を食べに行こう。
 公園を抜けて市街に入ると空気が変わった。先ほどよりも大気中の魔力が濃い。魔法使いには全く苦にならない濃度だけど、人間には少しキツイんじゃないかな。

 街の成り立ちについては[私]を通してちょっとした考察を。大気中の魔力濃度については装飾品の製造や日常的な魔法の行使によるものです。明確な害があるわけではないけど蓄積して何かしらの疾患をもたらすことは容易に想像できますね。きっと数十年後には規制が入るなて魔力生産量の調整や防護技術の向上があるのでしょうが、本筋ではないためこのお話では語りません。この街の人間が早死にしようが知ったことではないので。

 でもすれ違う人々は特に変わった様子もなく、黒ずくめで膨れ上がったトランクを提げた女を見ても何も言わなかった。ただどこか気品があるというか、先ほどの商店街のような賑やかさはない。活気はあるけどガラス越しの炎を見ているようだった。
「(ここね)」
 彼に教えてもらったお店に到着する。店構えとしては書店のような、いまいちパッとしない外見だったけどここで間違いないだろう。正面に嵌められた窓からは魔導書の外装や杖の苗床が見える。魔法使いしか使わないものばかりだ。誰もいないようだけど、やっているのだろうか。
「こんにちはー……」
 扉が開くと同時に上で鈴が鳴る。薄暗かった店内に明かりが灯り、カウンターにはいつの間にか小柄な男性が座っていた。ただかなり年老いていて温和な印象はあるものの顔は皺くちゃ。サイズの合っていない大きな眼鏡をかけていて、直ぐずり落ちてきてしまうのを何度も両手で持ち上げて直している。

 せっかく兄弟の設定にしたので、お兄さんの真逆の形にしました。大きな眼鏡は屋敷のお爺さんが使っていたもので、魔力をより認識できるようにするものです。兄弟共に魔力の生成能力は一緒ですが体格が大きく異なるために不足/過剰となってしまったため、それを補い調整する目的で眼鏡をつけてました。いまでは魔法を使いたがらない兄は小さい眼鏡を、魔法をより使いたい弟は大きい眼鏡をかけています。
 兄弟については特に名前はつけなくてもいいですが、買い物中に出会う魔法使いの名前は考えなくてはいけませんね。エレナ(Elena)なんてどうでしょう。ギリシャ語由来ではありますが、光や松明といった意味を持っているようです。かっこいいですね。

「いらっしゃい。見かけない顔だけど、旅の途中かな?」
 少し高い声は押し潰れていて、老人そのものだった。魔力が流れているからこの人は魔法使いだろう。久しぶりに私以外の魔法使いに会ったな。
「ええ。魔法用紙が少なくなってきたので買い足しに。向こうの商店街で聞いたらここを案内してもらって」
「あの小僧のところか。あそこの商品は俺が卸してるんだ。いい品ばかりだろう」
「あら、あなたの作品だったの」
 もしかして、とは思っていたけどやはりそうだった。いくつか購入したことを伝えると満足げに頷く。落ちそうになった眼鏡をすかさず押さえていた。
「もともとは個人的な利用のために作ってたんだけどな。街が広がって住んでた家も取り込まれてからは人間と接することも多くなって、仲良くなった奴らにせがまれてよ。あまり人間に魔法を使わせるのも良くないとは思ったんだが、ほら、俺たち魔法使いはそう多くないだろう? いつ産まれるかも分からないし、その間に魔法が廃れるのも嫌だからさ」
「そう」
 よく喋るお爺さんだった。私は話半分で商品を眺める。どのくらい買って帰ろうかな。新しい住処がどこになるかは分からないけど、おそらくこうやって買い出しに来るのは難しいだろうし。かと言ってたくさん購入しても置き場所に困るし。でも結構いい紙揃ってるんだよなぁ。買い逃すのなもったいないものばかり。
 彼は私が聞き流していることも知らずにずっと話している。最近の昔頼まれて困ったこととか、街でのトレンドとか、大柄で無口な兄の愚痴とか。生返事で遇らう中でひとつ気になる話題があって顔を上げる。
「あの、さっきの──」
「御免下さい」
 私の言葉を遮るようにお店の扉が開く。入ってきたのは私と同じように暗めの服を纏って大きな帽子を被った女性だった。豊満な身体は魔力に満ちている。魔法使いだ。
「おお、エレナさん。頼まれていたものは届いてるよ」
「助かりますわ。おじさま、今日はこちらにいらしていたのね」
「はは、確かにここ最近は工房に篭りっきりだったけど、ついさっきお客さんが来てくれたんで」
「お客様?」
 ようやく私の存在に気づいたのか、彼女は目を丸くしてこちらを見る。驚いた表情はやがて解れ、満面の笑みへと変わっていった。
「まあ! あなた魔法使いね。お名前は? どこからいらしたの? この街は初めて?」
「えっと……?」
 突進されるように近づかれて手を握られる。その距離感と質問の多さにたじろいでいると、彼女は手を離して口元を覆った。
「あら嫌だわ、わたしったら端なかったわよね。御免遊ばせ」
 きらきらと輝かせていた目を閉じて咳払いをひとつして、改めて話し始めた。
「初めまして。わたしはエレナ。ここ数年はこの街に滞在しているけど、普段は各地を回って治療や祈祷をしているの」
「そう。私はアリシア。よろしくね」
「ええ! こちらこそ、よろしくお願いしますね」

 【承】でメインとなる新たな魔法使いをやっと登場させられました。ふたりとも女性で年齢に大きな差はなく、一人称も被るとなると会話が分かりづらくなってしまうのでお嬢様になってもらいました。でも見た目は普通のお姉さんです。『豊満な身体』と書いたのは治癒・治療が得意な魔法使いなら生命力に満ちているだろうから。セクシーなわけではないです。
 そしてなんと、ここの時点で30,000文字を超えました。最初の想定ではこのくらいの文字数で終わると思ったのですが、まだまだ話は中盤ですので、もうしばらくお付き合い下さい。

 握手をした時に少し魔力に触れられたような気がしたけど、彼女からは敵意を感じなかったから何も言わなかった。魔力の流れを見ても言っている通り治癒に特化しているようだし。
「アリシアは何を買いに?」
「魔法用紙が少なくなったから。エレナは何か頼んでたの?」
 思い出したように眉を上げた。小走りでカウンターへと向かう。表情が豊かで可愛らしいな。細かな年齢は分からないけど、きっと数十年くらいしか差はないと思う。気づくと彼女は店主と話して会計を済ませていた。
「魔法用紙だったらこの種類がおすすめですわ。何より魔力の乗りが良くて全く抵抗が無いの。質も高くて劣化もしにくいから、しばらくは現役で使えると思いますわ」
「まあ──そうだろうねぇ」
 エレナが提案してくれた用紙はかなり高価なものだった。機能に合った値段ということなのだろう。でも流石にこの金額は消耗品に出せないな。無駄にできないから毎回記録するたびに緊張してしまいそう。
「でも使い慣れている物が一番です。普段はどんなものをお使いなの?」
 彼女なりに寄り添ってくれているのだろう。今使っているものの型番を伝えると黙り込んでしまう。緩く握った拳を口元に当てていて、何かを考えているようだった。見かねた店主が後ろから声を掛けてくる。
「その紙はもう廃盤だな。随分と古いもの使ってるじゃないか」
「えっ、あれもうないんですか?」
「俺が知ってる限りじゃ、もう二十年以上も前に製造は終わってたと思うぞ」
「そんなぁ」
 結構好きな書き心地だったのに。道理で棚をくまなく探しても見つけられないわけだ。どうしようかなぁ。一枚ずつ買って試し書きをしてみるか……?
「それなら──」
「それなら、こちらがおすすめですわ!」
 お爺さんの声を掻き消すようにエレナが指をさす。それは値段も程よい感じで、手に取ってみると軽くて表面のざらつきが好みのものだった。確かに、今使っているのにだいぶ近い気がする。彼女の顔を見るととても得意げだった。
「さすがエレナさん、よく分かってる。その紙は後継的な立ち位置のやつだよ。魔力の伸びも申し分ないし、品質も確かだからそうすぐにダメにはならないんじゃないかな」
 二人の専門家からの期待のこもった眼差しに耐えられず、私は購入を決意する。予算の範囲内だし、せっかく彼女が考えてくれたのだからそれを無碍にはしたくない。
「そしたら、これをお願いしようかな」
「どうも。サンプルでいくつか好きそうな用紙をつけとくから、もし気に入った物があればここを発つ前に寄ってくれよな」
「あら、ありがとう」
 対価を支払って紙を受け取る。結局、ある程度の量をまとめて買うことにしたのだった。また廃盤になって手に入らなくなっても困るし。しかしこれは宿に持って帰るの大変だな。倉庫前に待機させている護衛を呼ぶか。

 目的のものは買えました。エレナは文房具が好きな人です。一言どこかでそのことについて言及したかったのですがこの場ではできなかったので、この後の食事シーンで挟みたいと思います。

 さて程よい時間なのでここを出てご飯に行きたいのですが、荷物がネックなのでそれを解決したいです。宿に届ける話からお爺さんたちの話に繋げましょう。

でもこの距離で呼ぶのは少し苦労しそうだな。
「アリシア」
 名前を呼ばれて顔を上げる。エレナが目を輝かせていた。なんだろう。
「もしよかったら、この後お食事に行きませんか? せっかく魔法使い同士出会えたんですもの。わたし、あなたともっとお話がしたいです」
「あー、そのことなんだけど……」
 お腹は空いたし行きたいのは山々なんだけど、この荷物だし。流石に持って歩き回ることはしたくない。
「ちょっと荷物が多いから、宿に置きたくて。人形を呼ぶから待っててもらえる? ちょっと時間がかかるかもしれないけど……」
「それもそうですわね。あなたは使い魔ではなくて人形を使役していますの?」
「今回だけね。目の代わりの使い魔はいるけど、あくまで一時的なものだし。人型のものを何体も同時に使役してもいいけど、長期間ずっとは疲れちゃうでしょ」
「確かに、人形でしたら一つ命じれば素直に聞いてくれますものね。生命維持のための魔力補給も要りませんし」
「ええ」
 話しながら控えさせている人形へと意識を向ける。でも距離があるしこの近くの魔力が濃くてなかなか接続できない。公園くらいまで戻らなくちゃいけないかな。エレナには悪いけど、先にお店に向かってもらおうか。でもそうすると土地勘のない私は迷子になってしまうかもしれない。まあ小鳥を連れて行ってもらえればそれも大丈夫だと思うけど。
 思考と魔法が綯い交ぜになって纏まらない。彼女に一言断って公園まで移動しようとした時、思い出したようにお爺さんが口を開く。
「なら、うちが配達しようか?」
「それは願ってもないけど……。流石に悪いです」
「いやいいんだよ。どちらにしても商品を卸に向こうには行くつもりだったし」
 椅子から降りてカウンターから出てくる。背は私たちの腰ほどまでしかなかった。子供の老人みたい。益々、この大量の荷物を預けるのは気が引ける。そんな考えを読んだのだろうか、彼は笑って付け加えた。
「なに、実際に持っていくのはうちの連中だよ。俺はただ監督するだけだからよ。泊まっているのは宿場街だろ。どの店なんだ?」
「そしたら、お言葉に甘えますね。でも私、荷物が多かったから宿場街の人たちから断られてしまって、少し離れた所を紹介してもらったんです。大きくて立派なんですけど、ちょっと雰囲気があるというか──」
 私の言葉にだんだんと血の気が引いていく彼。やはりあの幽霊屋敷は皆の知るところなのだろうか。断られるとまずいので補足をする。
「あ、でもそこの主人は悪い人ではないんです。とても身体が大きいんですけど、鼻の上に載せている眼鏡が小さくて可愛らしくて。無口ではあるけど…………あれ?」
 そういえば、お爺さんが話していたものの中でひとつ気になる話題があったのだった。ちょうどエレナが来て遮られてしまっていた。自分で話していて思ったのだけれど、もしかして?
「それは俺の兄貴だよ。そして元俺の家」
 聞いたことがないくらい低い声が響いて身が竦む。これは、より状況を悪くしてしまったかもしれない。慌てて話を無かったことにする。
「あっ、ごめんなさい。そしたら私、自分で持っていくから大丈夫です。ごめんねエレナ、ちょっと時間をもらってもいい?」
「え、ええ。そしたらわたしはもう少しお店を回って──」
「いいよ、あんた達が気を使う必要はないし、こっちの話だからな。どちらかというと兄貴が悪いんだよ。魔法を発展させるためにやっていることを、人間に媚びる必要はないって言い張って。そうじゃないと何度も言ったけど聞き入れてもらえなかったから家を出たんだよ」
 それでこっち側で工房を作ったんだ、と彼は呟く。お兄さん──屋敷のお爺さんは魔法使いだったのか。全く魔力を感じなかったのはどうしてだろう。でも人間に対して距離があるのは今も昔も変わらないようだった。そんな軋轢がある中でこんな依頼をしてもいいのだろうか。
「まあ、魔法使い同士の話なら兄貴も拒絶はしないからさ。直接渡しに行くと多分扉を開けてもらえないから、裏の倉庫にでも置いておくよ。それでいいか?」
 ため息混じりに彼は話す。元の温和な声色に戻っていた。
「ありがとう。護衛を二体置いているから、渡しておいてもらえれば大丈夫よ。使い魔も近くにいると思うし、状況は私も把握できるから」
 そう伝えて荷物を渡した。流石に魔導書は手放せないので脇に抱える。視界を切り替えて小鳥を護衛の肩の上へと移動させた。
「それではおじさま、また来ますね」
「荷物、よろしくお願いします」
 任せときな、という元気な声を背中に受けて店を出た。

 おじいさん達の話もしつつ、メインの魔法用紙の購入ができましたね。あとはエレナとの会話を通して最近の魔法使い事情と共に村焼きの話し、[私]の過剰な魔力生成について言及します。まずはご飯屋さんに移動するところから。

 太陽は少し高度を下げ、透明な月が向こう側から夜の支度を始めている。遅めのお昼になってしまったな。
「アリシアは何を食べたい?」
 エレナは嬉しそうに横を歩いていた。私も釣られて気が緩んでしまう。
「アリスでいいよ。私はこの街初めてだから、エレナが行きたいところがいいな」
「あら嬉しいわ。そしたらアリス、とっておきの美味しいお店にご案内しますわね」
 着いてきて、と手を握られる。その子供のような無邪気さに心が温かくなった。道すがら、改めて自己紹介とこれまでの話をする。エレナはここから何千キロも離れた北東の国の出身だった。年齢は思ったより幼く、私と八十も離れていた。子供のような言動に納得しつつ、その生命力の溢れる身体つきとの差に驚く。彼女曰く、相手を治療するために必要な魔力を全身に貯蓄しているからとのことだった。だから大きな魔法を使うと、元の姿に近づいてしまうらしい。その頃の画を見せてもらうと、今よりもひとまわり小さな彼女がいた。小動物のようで可愛らしい。
「でもこの身体、効率はいいのですけど胸やお尻が強調されてしまって」
「あー、確かに。魔力の塊だし、人間から見たらちょっと怖いかもなぁ」
「いえ、どちらかというと逆で。魅力的に映ってしまうみたいなんです。だから行く先々で言い寄られてしまって」
「なるほど……?」
 人間の考えることは分からないな。でもそうか、魔力は認識できないから、ただの脂肪の塊として見ているのかもしれないのか。そこに動物的な魅力を感じているのかも。理由を推測できたとしても、なかなか理解できるものではなかった。子孫を残すための意欲が極端に薄いからかな。多分私に限ったことではないけど、魔法使いは大体そうだと思う。
 彼女の話を聞いているうちにお店に着いたようだった。街の外れの方にあるところで、少し寂しい印象があるけど窓から漏れる光はとても温かかった。立てかけられている看板には各種メニューが書かれている。知らないものが多すぎて名前からはあんまり想像ができないな。

 魔導具屋からお店に移動するまでを全部書いていると多くなりすぎてしまうので、ぎゅっとまとめました。でもまとめすぎるとこの後[私]の話をする必要がなくなってしまうので、あくまでエレナの話だけ。その身体つきの理由についてと、実際の年齢についても提示しておきます。
 ちなみに、魔法使いは800〜900歳ぐらいで活動を終えます。1,000歳まで行くことはほとんど稀ですね。私たちの尺度で考えると80〜90歳、100歳なら大往生といった感じです。アリシアは大体300歳後半、エレナは200歳前半でアラフォーと新卒くらいの年齢差があります。




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