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小説|難しい話。

【注意】
物語の演出上、同性愛について一部否定的な表現があります。ご自身の判断でお読みください。


「あなたは同性愛についてどう思う?」
 食べかけのアイスクリームを口にくわえながらそういった。しかしなんたって同性愛なのだろうか。もしかして、彼女にその気があるのだろうか。私は少しだけ彼女から距離を置いた。急に襲われてもいいように、ガードを固くする。
 それを見た彼女が、大きく笑い飛ばした。快活な声が通学路に響き渡る。どこかの犬がつられて吠えた。
「あははっ。別にあたしが同性愛者ってわけじゃないよ。たぶん、ふつうに男の人を好きになるから。でも、最近いろんな人がいるじゃない? おんなじ女の子の中にも、男の子同士の恋愛が好きな人もいるみたいだし、本当の男の子同士でもそういうことが起きてるかもしれない。けれど、空想の中ではまぁいいとして、実際にそういうことが起きたとしたらどうなんだろうって思ってさ。一番近くにいるあなたに聞いてみたの」
 融けだしたアイスが焼けたアスファルトに落ちて焦げる。じわりと嫌な音を立ててそれは砂糖の塊となった。どこからともなく蟻が現れ、それらを持って行ってしまう。
 同性愛者についてどう思うか、か。そんなこと考えもしなかった。同じ性別の人間を好きになるだなんて、私の人生の中には全くない経験だったし、身近な人間にもそういう人はいなかった。彼女の言う通り、男の子同士の恋愛が描かれた本を持っている人がいるということは知っていたけれど、それも遠いグループの人だったし、私に同性愛のことを考えさせるきっかけとなるようなことは、少なくとも私の日常生活の中にはなかった。
 いい機会だからと、考えてみる。
 正直なところ、いい気分がしなかった。言葉は悪いけれど、気持ちが悪い。別に、それらが好きな人たちはとことん極めていってほしいしそれらの人が気持ち悪いということではないのだが、私がもしおんなじ性別の人を好きになるとしたら、その自分のことは嫌いになってしまうかもしれない。これは、好きという言葉が表す言葉の意味合いによっても違うのかもしれなかった。お気に入りのお菓子のことを好きなお菓子というかもしれないし、お気に入りの曲のことを好きな曲というかもしれない。特に仲良くしている後輩のことを、好きな後輩ということもできるあろう。ほんの軽い、子供じみた自分の好みでしかないこの好きは、恐らく彼女が考えている『すき』とは違うのだろうな。逆に、この好きという考え方ならわたしは賛同できる。好きな同姓の後輩はたくさんいる。部活がら上下関係が希薄になりがちだから余計にそうだ。特に仲良くしている子たちもいる。そういう子に対しては、私は好きという言葉を使うだろう。
 けれどそれは、愛ではない。愛するという意味の込められた好きではない。けれど、次に疑問となるのがその愛だ。愛ってなんだろう。愛と平和。ラブアンドピースと、良く使われる言葉だ。けれどもその言葉があまりにも形式的過ぎて、綺麗事のようにしか見えなくて、好感は持てなかったけれど。でも、おんなじ文字だ。それに、恋愛ドラマでは最後の最後でよく出てくる。カッコイイ俳優さんが、カワイイ女優さんにこう言うのだ。愛しているよ、と。一部のファンたちにはたまらない言葉だろうが、これもただの台詞でしかない。実際に言われたとしても、それは自分の好みの人間が自分の理想の言葉を口にしただけであって、愛の欠片なんてほんの少しもない。
 何なのだろう。
「ねぇ、愛ってなんだと思う?」
 私は我慢ができなくなって彼女に聞いてみた。私よりも恋愛経験が豊富であろう彼女なら、少しは知っているかもしれない。私の読みは当たっていたようで、少し自慢げに彼女は答えてくれた。
「愛っていうのはね、好きの一つ上の言葉なんだよ。誰にでも使うことはできるけれど、本当に使うことができる人はほんの一握りしかいない言葉。その意味を知らない人間は、ただの台詞にしかならないガラスみたいなものだよ。あたしはもう知ってるけどね」
 上手いことを言ったように胸を張っているが、まったく答えになっていない。私が聞きたかったのは愛という言葉の性質ではないのだ。その意味。その中身。
 私の反応がよくないことを感じ取ったのか、彼女は小さくため息をついた。そして、言葉を続ける。
「……愛っていうのはね、大人たちがよく連発する言葉だけれど、私が思うに、それは鎖だと思うのよ。相手を縛り付ける強力な拘束具。それによって二人はがんじがらめにされて、身動きが取れなくなる。依存っていってもいいのかな。もしくは犠牲。私はあなたのためになら死ぬことができます、みたいな覚悟かも知れない。愛って言葉は、いろんな意味があるんだと思う。その使う場面によって大きく変わってくるんじゃないかな。どれにも共通しているのが、自分の心の中にある大きなエネルギーが、それにまっすぐ注がれているということ。善いエネルギーか悪いエネルギーかは、分からないけれどね」
 彼女は肩竦める。
 しかし、そんな壮大なことは彼女は経験したことがあったのだろうか。ただ受け売りの言葉を発したにしては、あまりにも熱がこもりすぎている。
 けれど。
 改めて彼女の同性愛についての事を考えてみる。
 私も、胸の奥底からあふれ出るエネルギーが同姓の人間に向けられたとき、その人間を愛してしまうのだろうか。そしてそのことに嫌悪感を示すことなく、幸せな気持ちになれるのだろうか。全く想像ができないからわからないけれど、そういうことを好きだと言える人たちのことが、なんだか羨ましくもあった。自分たちの中にあるエネルギーの向き先が、はっきりとしている。私みたいにわけもわからず分散しているのとは、わけが違う。
 とても難しかった。
 私には到底理解できないものなのかもしれない。
「……わからないなぁ」
 砂糖水になったチューペットを、私は静かに啜った。

【情報】
お題:難しい同性愛(制限時間:1時間)

2012.11.08 00:33 作成
2023.12.22 13:42

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