多様性ある森づくりの紹介
脱炭素の流れから植樹活動が再び盛り上がりを見せています。循環型林業のための針葉樹の植樹が多いですが、今日は北海道の自然の森(針広混交林)に回復させる近自然森づくりのお話です。
弊社役員は以前より、森づくり活動に関わっています。皆伐跡地へのトドマツ・カラマツなど針葉樹の植樹のほか、牧場跡地や建物周辺で地域に自生する樹木の植樹を行なってきました。針葉樹の植樹では将来的な木材利用を期待しますし、地域に自生する樹木の植樹では100年前にあったような生物多様性ある自然の森への復元を期待します。
近自然森づくりでは、針葉樹の人工林も自然の森へと誘導することで人と森林が共存共栄するシステムづくりを目指しています。今日は、近自然森づくりを進める北海道科学大学名誉教授の岡村俊邦さんと見た森づくりの現場をお伝えします。
■生態学的混播・混植法
ゴルフ場や牧場、河川やダムの工事跡地など開発された土地では、なかなか自然には森は回復しません。芝生や牧草、砂利や土石が樹木の発芽を許さないようです。こうした土地でも木が育つよう工夫した植樹方法が「生態学的混播・混植法」です。
この方法では、八角形の防草シートの中に8種類ほどの北海道に自生する実生(樹の苗)を植え、成長を記録します。防草シートで芝生や牧草、雑草の成長を抑え、植樹した実生の成長を助けます。防草シートが下草刈りのコストが削減し、複数の実生を競争させることでその地に適した樹木が育つのです。
植樹する人にとっては、成長記録をとることで植えた木々に愛着が湧きますし、毎年観察することで木の成長の様子を学びます。木も人もともに成長していく方法と言えます。
針葉樹の植樹では当たり前の下草刈りや殺鼠剤の散布などせずとも、木々は元気に育ち20年もすればパッと見は天然林そのもの。立派な針広混交林に育ちます。生態学的混播・混植法は、ダムや河川開発の作業跡地などで、もう30年以上も前から活躍しています。定山渓ダムや十勝川の札内周辺流域、永山新川や石狩川の下流域など、みなさんの周りでも実は近自然の森が広がっているのです。
10年もすると樹冠で日光が遮られ、林床には雑草が育ちにくくなります。「生態学的混播・混植法」のユニットが点在する地面は、散歩するのに快適な状況が広がります。
■実生銀行
生態学的混播・混植法で植える実生は、近隣で採取した種から育てます。地元の天然林から樹木の種を採り播いて、小さな実生を育てることも大切な作業です。多くの広葉樹の苗は市場では扱われていないためです。近自然森づくりに取り組む岡村さん達は「実生銀行」という北海道に自生する樹木の実生を育てる取り組みも行なっています。
森に行くたび、その時期の種を採取し、栄養の少ない軽石を中心とした培土で小さく育てます。自然環境に似た栄養の少ない環境に置くことで微生物と共生する力をつけ、小さな実生で維持することで限られた面積でも多数の苗を育てることができます。小さな苗でも、植樹後は大きく育ちます。まるで、競争の激しい森の林床でたまたま生まれた空間で光を浴びた実生が大きく育つようなイメージです。
実生の管理は、日々の水やりなど手間がかかるため、全道各地の植樹地近くから採取した種の多くは、岡村さんのご自宅近くの敷地にある実生銀行・本部で育てます。その他、管理できる条件が整っているいくつかの地区には、実生銀行・支部があるそうです。
■近自然森づくりの目指す恒続林
日本で一般的な林業では、杉やヒノキ、トドマツやカラマツなど針葉樹を単一樹種で一斉に育て、一度に伐採(皆伐)する方法が主流です。伐採後は、単一樹種の苗木を一面に植え次の伐採まで育てるサイクルを繰り返すことから、循環型林業とも呼ばれています。大規模一様な作業のために大型機械による効率化ができる一方、生物多様性の減少や根張りが弱い土壌による土砂災害、土壌流出による流域の汚染など各種の問題も指摘されています。そして、経済的にも成り立ちにくく政府の補助金で支えられているのが実情です。
一方、スイスで開発された近自然森づくりでは、環境と経済の両立を可能にする恒続林に学び、単純な森を多様な森に変え経済的に劣化した森の価値を高めます。様々な大きさの様々な樹種が混ざり、明るくて気持ちの良い森を目指すのです。張り巡らされた根が地面をつかみ土壌流出を抑えることで環境を健全に保ち、様々な商品をいつも在庫としてストックすることで経済的にも安定します。世界的にも持続可能な林業だと考えられています。
二酸化炭素を吸収し成長していく木々は、脱炭素を進める上で非常に重要な存在です。森林の多面的価値としては、このほかに、水源の涵養、人々が暮らしやすい快適な環境の形成、土砂災害の防止、神社仏閣や山岳信仰などの歴史文化、家具や建材などの物質生産、そして生物多様性の保全など多様なものがあります。そんな貴重な森林資源ですから、利用するときも「育った年数以上に永く大切に使い続けたい」ものです。
■熱化学還元処理(TCR処理)
現状、北海道で伐られた木々の利用先は、長年使われる家具や建材となる割合は少なく、数回の利用で廃棄される梱包材(機械の輸送に使う箱)やパレット、紙になるパルプや木質バイオマス発電の燃料として燃やされるチップが多いそうです。歴史的に木造建築が多い日本ですが、建造物に使われる木材の多くは外国産ということです。地元の木をもっともっと活用して大切に使い続けたいものですね。
そんな想いを実現すべく岡村さん達は、木材の乾燥技術の発展に取り組み始めました。永く使える木の利用技術が普及すれば、「植えて育てて大切に使う」という近自然森づくりの全体像が完成するからです。注目する乾燥技術は、滋賀県在住の研究者(野村隆哉氏)が開発してきた「熱化学還元処理(TCR処理)」というものです。
木材から水分を抜くこれまでの「乾燥」とは異なり、還元状態の燻煙処理で木材を変質させる方法で、短期間に処理でき、処理後は、変形が抑えられ、水に強く、シロアリの食害、また、菌による腐朽にも強くなるそうです。
今年はまず、北海道産の木材を滋賀県のTCR処理炉に持ち込み、一連の熱化学還元処理の過程を野村隆哉氏の指導のもとに習得するのだそうです。そして、処理された木材を持ち帰り、熱化学還元処理の効果を検証する。クラウドファンディングで支援を呼びかけた本プロジェクトは見事に目標金額に達成し、実行に移ることになりました。今後に期待です。