上下関係ベースの人間関係は希薄だ
黄金像事件の動画上げました!
なんとかアップロードにこぎつけたぜ…
現在の職場での勤務が終了!
お疲れさまでした!
丸4ヶ月間、現在の旅館で働いた
フロントだった
明日は「13時まで」という指定で集荷を頼んである
13時までって、幅が広過ぎて困るな
朝になってから梱包を完了するので、いつまでに終わらせればいいのかよくわからない
10時くらいでいいか?
掃除も含め、13時には終わるだろう
そのまま出れば、夕食の時間までには実家に着ける
いやはや
4ヶ月やってみてたくさんのことが得られた
得たものは都度書いてきたので、改めてまとめはしないけども
いい経験になったな
上下関係ベースの人間関係はやはり希薄だな
これが残念すぎる
敬語がなければもっと友達のようになれるはずなのに
結局敬語が欠かせないので、いつまで経っても先輩と後輩である
これが本当に惜しい
これが理由で、私は日本での生活に向かない
一生こんな希薄な人間関係でやっていくのは勿体なすぎる
「教える」というのはやはり万人のスキルではないのだなぁ
うーむ
私は教えることが得意なようだ
自分にとっては普通のことなのだが、どうもすべての人にとってそうではないらしい
「教えるのが上手でない」というのはどういうことなのだろう
これを考えるには、まず「教える」というのはどういうことなのかを定義する必要がある
教えるというのは、相手が今いる段階の一つ上に進む手伝いをすることだ、と私は考える
人の成長プロセスは階段状だと思う
つまり、成長は1段ずつしか起こらず、段を飛ばして成長することはできない、ということだ
「教える」というのは、相手が今いる段階を把握した上で、その一つ上の段階が何かを伝え、そこに上がるための方法を伝え、習得させることである
…ということを踏まえて、「教えるのが得意でない」とはどういうことが
これにはいくつかのケースが考えられる
成長が階段状であることを知らない(=いきなり最上段に行けると思っている)
相手が今どこの段階にいるかが理解できない
相手いる段階の一つ上が何かわからない
上の段に上がる方法を説明できない
要は「教える」ということのどこかのステップで躓いている、ということだ
これらのどこかで躓く人が多く、結果的に教えるのが上手でなくなっているようだ
「教える」という行為が不足している環境では、人は自身の試行錯誤によってしか成長できない
試行錯誤は必要だが、すでに成長の段階が明らかになっていることまで試行錯誤で発見するのは非効率だ
教えるとは、相手を「巨人の肩に乗せる」行為である
さすがにそれはやらないと機会損失が大きい
「教える」ということについてもっと理解が深まっていったらいいね
それによって組織の生産性はぐんぐん上がると思う
じゃまたね
読んでくれてありがとう
(なんでも送ってね)